汐坊 VS ユッP
生ドラマ 『めんちゃも屋』 のオンエアは順調で、
オーバータイムもアンダータイムもなく、
予定どおりに進んでいた。
汐・・入魂の演技は、
リスナーを突き動かさずにはおかなかった。
ツイッターによるつぶやき、
ネット掲示板への書き込みは、
それぞれ、
肯定熱のこもった言葉で溢れんばかり。
初回の、CM(ドラマ枠の)をはさんで、
お待ちかね、
ゆず季扮する、
女子高生の登場!
<待ってました♪>の、
ワンワードを皮切りに、
つぶやきや、
書き込みは、
倍増した!
しかし・・
かき氷の 売 担当、
女子高生の第一声を耳にしたとたん・・
時間はダイナミックに停止した!
Gスタ副調整室の面々、
キャスト及びスタッフ、
なによりも、
主演の汐は・・
冷水を浴びせかけられた気分を味わった!
ゆず季 演じる 女子高生が、
ヒステリックなまでにギスギスしていたからだ。
感情移入の余地など一片すらなかった!
よくぞここまで・・
イヤミなキャラ造形できたもんだ。
それは・・
リスナーの拒絶反応 (微量のエールも混在) をまともに食らった!
速攻如実に・・
ラジオ局へのクレーム電話、
ツイートや書き込みに表れた。
<ユッP・・黒歴史の始まり!>
<ユッP・・汐坊のキャリアにトドメを刺す!>
<ユッP・・性格(&顔)悪し!>
<ユッP・・『哉カナ』クラッシャー!>
<ユッP・・もっと、黒く塗りたくれ!>
<やったぜ、ユッP!・・吐き気を催す役作り>
<みなさま、御静粛に! ユッPさまのお通りです!>
その他・・その他・・
炎上街道まっしぐら!
汐は、
またたく間に・・
トランス状態から現実に引き戻された。
ゆず季を、キッと、睨みつける!
ノン・リアクションの、ユッP。
副調整室から、
ゆず季のレシーバーに、
「役作りを元に戻せ!」と、
酸っぱい指示をガナリ続ける乙骨P。
AD二名が、
懇願するように、
カンぺで注意を促している。
けれど・・
ゆず季は鉄壁の意志を従え、
聴覚と視覚をふさいだ!
無力感でいっぱいの・・汐。
実力派の・・ゆず季に、
こうまで・・本気を出されては、
汐の演技力をもってしても、
切り込むのは・・ムズカシイ!
てか・・不可能!?
ユッPのやつ・・マジで・・この私を喰う気でいる!
でも・・なぜ?
放送を台無しにしてまで・・箔をつけたいの?
「プロ意識」と「エゴ」は同義ではないはずよ・・ユッP!
副調整室内・・
乙骨Pの剣幕は頂点に達していた。
スタッフは三猿モード (見ざる、言わざる、聞かざる) で本番対応する。
老監督は面白がって、
(煙モクモク)
観戦中!
左近マネは、
意味深な表情で、
成り行きを見守っていたが、
乙骨がスタジオに降りようとしたので、
立ちはだかるように・・制止した。
「乙骨さん、
軌道修正は無しで、
このままオンエアを続けて下さい。
いまの状況を招いたのは、
安易な場所に着地点を求めてしまった、
笹森 自身の責任だ!
蓬莱 ゆず季の、
妥協を許さない、
突破精神に賭けてみようじゃありませんか」
乙骨Pの右手を取り、
力を込めて握りしめると、
穏やかに付け加えた。
「責任は、すべて、私と聖林プロ がとりますから」
歯噛みをする・・汐。
苦い液体が、口内に、せり上がってくる。
ゆず季との絡みのシーンが刻々と近づいてきている。
頻発する歪んだ時計のイメージ。
跳ねあがっていく悪心係数。
鳴りやまない幻聴サイレン。
止めどない冷や汗。
SOS・・
誰か助けて・・
涼にいちゃん・・ヘルプミー!
問答無用で、
無敵化を果たした、
ゆず季との、
バトルのシーンの土俵へ押し流されてゆく!
━ 「あんたァアア!・・私のショーツ!・・見たでしょう?」 ━
強烈も!強烈!
もの凄いブレス(発声)プレス(圧力)で、
セリフをぶっつけてきた!
なんともならん・・暗黒濃度!
困ってしまって・・
犬のお巡りさん状態。
まったく歯が立たない。
ムリ押しすると上滑りしちゃう。
ユッPの思うツボ。
負けちゃう。
このままじゃ。
どーしよう?
どーする?
得意なはずの演技で・・
完膚無きまでの敗北・・
現状打破不可能・・
足元ズリズリ崖っぷち・・
遥か下・・
見える景色・・
寄せる波・・
(二時間サスペンスの定番)
めまい・・
遠近感のデフォルメ・・
脱力・・
粘れない・・
無抵抗・・
落下寸前・・
もう・・ダメ・・
ああ・・神様・・
万事休す!
汐の華奢な身体は、
背面ダイブするように浮きあがった。
目を・・閉じる・・
余儀なくされる・・自死・・
落下・・してゆく・・
/それを
押し止どめる 手が 伸び、
汐の背中をガッシリ支えた!/
/力強い手 /
その持ち主が、
誰であるか、
瞬時、
本能で、
理解できた!
一度も会ったことのない・・/お父さん!/
温かくて大きくて・・/頼もしい 手!/
顔の見えないお父さん・・
その背後には、
お母さん、
涼にいちゃん、
ビジネスホテル『設楽』の人々、
乙骨P、
左近さん、
昼行燈、
『哉カナ』のスタッフ、
私のガブリ寄りに、
呆れたような顔で、
『小さな太陽』の音声を引き受けてくれた・・(大好きな)久世の瞬さん。
ギドと老監督。
無数のリスナーと、
中邑 冴子の姿までが、
存在している!
みんなの応援波動が、
汐を、
後押ししていた!
幻視上の・・
みんなの応援が、
汐を、
地上へと、
押し戻してくれる。
崖の上にすっくと立ち上がり、
バランスを整える・・汐。
彼女の意識の暗幕は失せた。
クリアされたモニターに、
快を伴い ━ドン!━ 観念イメージが顕現。
∴ 大学女子バスケットボール、
(赤いフレームのメガネをかけた)
選手が魅せた驚異のパス受け+アドバイスのワード ∴
∴ 70年代刑事ドラマ
(黒髪の方の刑事の)
シームレスなアクションとリアクション ∴
∴ ユッPとの二週間に渡った訓練 ∴
∴ 「自然体憑依型」・・自分の演技スタイル ∴
∴ いくつもの・・「気づき!」 ∴
それらideaの集合体が・・
灼熱を放ち、
凄ざまじい力で圧搾され、
密度を高め、
グ━ンと小型化してゆく。
行きつくところまで圧縮された、
<メタル>は、
汐の中で磁力を放ち始めた!
求めていた・・『感覚』・・が引き寄せられてくる!
汐は、
センターマイクへ直進した!
━ 「ち、ち、違うって!
落っこちて転がった釣銭を・・
探してただけだよ!」 ━
ゆず季の漲る演技パワーを、
極限越えのスウェーバックでディフェンス!
(同時進行させ)
シームレス リアクトでオフェンス!
受けと攻めの 渾然一体!
〈リターンエース奪取!〉
汐の演技に、
待ち望んでいた背骨、
・・『左の感覚』・・
が組み込まれた。
副調整室に、
どよめきが起こった!
共演者たちは・・ボー然・・ボー立ち!
老監督は煙を吐き、
拍手して、言った。
「お嬢ちゃんの、演技開眼じゃて!」
汐のリアクトに、
ガクンと首を折り曲げた ゆず季は、
髄液を吸い上げるような、
渾身の演技で、
テスト時の「役作り」に逆シフト!
操縦桿を強引に操り、
魅力ある女子高生へと不時着飛行させ、
ギリギリの精度で・・着地してみせた。
それは・・
文字どおり・・骨身を削るよな・・離れ業であった。
難易度の高すぎるスキルの応酬、
『汐坊 VS ユッP』のスーパーファイトに、
副調整室の体温はロケット上昇した。
拍手!口笛!ガッツポーズ!
汐の開眼した演技を、
まわりの声優陣が懸命に盛り立ててゆく。
子供たちとの絡みも上々。
先輩へのライバル心、
彼に魅かれつつも反撥を繰り返し、
どうしょうもなく燃えあがっていくていく乙女心・恋心も、
見事なまでに表現されていた。
いよいよ、クライマックス!
エレキギター演奏の場面に差しかかった。
生ドラマのエンディングまで、残り5分(3分押し)。
そのとき・・
副調整室に、
血相を変えたADが飛び込んできた・・
「た、た、た、たいへんです!
ゆず季さんが、
破水しました!!」
生ドラマ『めんちゃも屋』をオンエア中である、
ラジオ局の受付に、
U警察署の刑事が二人・・ 姿を見せた。




