本ボシは誰だ? ━ 弓削さん刺殺事件 ━
━ CMタイム ━
『哉イチ』
(哉カナ1号機の略デス)
と名付けられた、
自転車のペダルを力いっぱい漕ぎ、
ライブ・ドラマの発信基地、
Gスタジオへ走り込む・・汐。
盆踊り会場は、
リハーサルのときよりも、
精緻に再現されていた。
横倒しにされた、
『哉イチ』の車輪が、
勢いよく回転している。
共演者は、
法被にハチマキの露天商やら、
浴衣にうちわの盆踊り客など、
それぞれ、
役に見合った衣裳を身に付け、
準備を終えていた。
夏の雰囲気を大いに盛り上げるべく、
エアコンは高温に設定。
蚊取り線香が焚かれ・・
露天屋台の軒には、
ハエ取り紙まで吊るされている。
BGMは、
『東京 音頭』♪
遠くに聴こえる花火の音!
ボイスの現場なのに、エキストラ’Sも雇われていた。
局の新人社員を、片っ端から、駆り出したのだ。
時間外賃金を要求した勇者は、一人として、いなかった!
汐は、
小走りで、
ADから渡された、
法被を羽織り、
息を切らせ、
台本を片手に、
メイン・マイクの前に立った。
食欲を誘うイイ匂いに、
鼻をヒクヒクさせ・・
頭の中の、
ハザードランプを点灯・・
『生ドラマオンリー!』のブリンカーをはずした。
興奮を維持しつつ・・平常心へ・・シフトしてゆく。
香りの源に探りを入れる。
源は・・屋台に有り!
演者たちに交じって、
本職のテキ屋さんが、
真剣楽しや、
○丸み愛しき・・「タコ焼き」くん
○軽ミディアムの貴公子・・「フランクフルト」
○甘く香し・・「クレープ」嬢
○嗅覚胃袋ストライク・・「ソース焼きソバ」師を、
調理の真っ最中であった。
どーゆーわけか?
頼んでもいない・・
「型抜き屋」まで出店していた。
フリートークで潮が満ちた、
感情の昂ぶりは、
汐の内面で、
リバウンドを起こすことなく、
うまい具合に引いてくれていた。
スタジオ内から、
遙か見上げる位置にある副調整室。
そこには、
乙骨P 以下ディレクターやスタッフの姿が見える。
タバコをくわえた老監督もいた。
主演女優と目が合うと、
ニコッと笑い、
親指を立てた!
汐も、
親指を立て、
返礼!
副調へ、
60年代GSブームもどきのヘアスタイルをした、
(欠くコトのできない存在)
左近マネージャーが、
隙のないスーツの着こなしぶりで、到着した。
・・ 以前は三流マネージャー。
・・ いまでは『聖林プロ』の幹部である。
自信と地位は人を変えるのだ・・正しく!
縁起良さげな福笑いを思わせる、
タレ目顔を、
こちらへ向け、無言の挨拶をした。
「ワオ!」
胸元のネクタイには、
見覚えがあった。
『甘味処』で食べ放題の出世祝い。
その席で、
汐からの贈り物であった。
ブランド物を好まない左近さんには、
ドンピシャでないお祝いだったと、
後悔していたいたゆえ、
マネのさりげない演出には・・グッと来た!
アドレナリンが
主演 女優の全身を、
素晴らしい勢いで駆け巡る!
乙骨Pは、
ディレクターへ視線を送り、
「よっしゃ!」と、
合図を出した。
アシスタントディレクターに導かれて、
浴衣姿の子役数名が、
元気いっぱい!スタジオ入りする。
主演女優を、
笑顔で取り囲んだ。
「?」
きょとんとする、汐。
「汐 坊、受けてくれ!
オレからのサプライズ!
子役たちは、
別の場所で、
綿密にリハを積んでいるから心配無用だ。
温もりのある、
リアルな、
演技を期待してるぜ!」
「・・ああ・・わたし・・
・・こういうの・・苦手・・
・・もうダメ・・
・・涙が・・」
『密室殺人』のトリックと
犯行に至る動機を知らされた、
オーナー始め『設楽』の関係者は、
信じられないといった表情で、
アルコールやソフトドリンクでのどを湿らせて・・気持ちを整えた。
インターミッションを終えた出席者は、
もう一つ謎・・
━┃刺殺事件┃━
の真相を聞こうと、探偵に注意を向けた。
(いったい・・)(犯人は・・)(・・誰!?)
「さて・・
次に、
弓削 敦子 殺害の一件。
こちらの方は、
一見したところ・・不可解だが、
実にシンプルな構造を持った事件だといえます。
タイミングと度胸の一発勝負!!」
興梠警部は、
無線を操作し、
警察車両に待機している、
U署の刑事に指示を送った。
冷水で、
のどを潤した里見は、
一同を見まわして。
「真犯人は、
涼くんに罪をかぶせるのを目的に、
犯行準備を進めていった。
なぜか?
その理由は、
追い追い明らかになる。
凶器となった〈葉巻用ナイフ〉は、
サウナの休憩室で、
夜勤明けの涼くんが熟睡している間に、
手首からマジックシール式のキーを、
(スリのような)すばしっこい動作で外し、
ロッカールームへ直行。
目標のロッカーを開き、
ジャケットの内ポケットから凶器の葉巻用ナイフを、盗み出した。
それからまた、
キーを元通り(涼くんの手首へ)戻した。
犯人は、
仕事で東京を離れるとき以外は、
ビジネスホテル『設楽』へ、
月に一度(1~2日)の割合で、宿泊。
犯行の機会をうかがっていました。
事件当日、
犯人はキャップを目深にかぶり、
サングラスをかけ、
顔を見られないようにして、
703号室にチェックイン。
勝手知ったるホテルだから、
不自然な感じは、薄かったはずです。
一見さんはどうしても、
不馴れな雰囲気を醸し出すもの。
インの際に、
接客のベテランであるオーナーが、
『おやっ?』・・と思い、
(近未来の殺人者に)
警戒の目を向けても、
なんら・・不思議はなかった。
誰しも経験のある・・
『微妙な感覚をキャッチする能力』は、
些細なキッカケにより発動します。
生来ヒトの本能に組み込まれている、
その原始能力は、
物事の局面を転換しうるほどのパワーを、
ときとして持つ。
『おやっ?』反応・・を、
封じ込めた犯人は、
なかなかの心理通といえるでしょう。
こうした・・
薄氷の張られた陥穽を、
乗り越えるか、
否かが、
犯罪の成功率を左右します。
犯人は・・乗り越えた!
さて・・犯行当夜、
犯人は内線電話を使い、
弓削さんの不安定なマインドを乱すために、
パニックを誘発する内容のイタズラ電話を、
かけました・・繰り返し。
(内線電話の記録はデータには残らない)
犯人のもくろみ通り、
弓削さんは心理的なパニックに陥った。
錯乱状態の彼女は、
フロントの涼くんを呼び出した。
すったもんだの末・・
どうにか安定剤を服ませた。
小康状態へ推移した弓削さんを見て、
涼くんは安堵し、部屋を退室した。
時刻は(およそ)午後9時30分。
そのあと、午後9時54分に、
703号室に宿泊する ┃犯人┃ から、
内線で呼び出された。
そうだよね? 涼くん?」
「・・ ・・」
真っ蒼になり・・
黙りこむ・・涼。
出席者の視線は・・
否応なく、
彼に集中する。
感情の暴風雨を必死で押さえる・・涼。
過圧力が仇となり、
不自然な震えが呼び起こされた。
「主任・・
大丈夫ですか?」
サユリが心配そうに、
涼の顔を、
のぞきこんだ。
ただならぬ気配に・・
イヤな予感を覚える南平。
場を支配しつつある負の空気など、
素知らぬ顔で、
里見は話を続けた。
「犯人は・・703号室から、
7階のようすを細心の注意でうかがっていた。
弓削さんの騒動が一段落したのを、
慎重に確認するや、
出前持ちの衣装に着替え、
医療用手袋を装着、下げ盆を持った。
五感をフル稼働させ、タイミングをはかって、部屋を出た。
弓削さんの部屋をノック。
『出前を下げにきました』とドア越しに声をかけた。
まだ眠りに落ち切っていなかった弓削さんがドアを開ける。
出前持ちの姿を見て警戒心をゆるめた彼女は、
ドアガードをはずした。
そのスキを捉え、
犯人は葉巻用ナイフを一閃!
ノドを一突き!
声を封じたあと、
突き立てたままのナイフを支点に、
なだれ込むように、
室内へ侵入。
後ろ手でドアを閉じる。
いったんナイフを抜くと、
こんどは、
狙いすまして、
(内臓の集まる)
柔らかい腹部を刺した。
そのまま・・
ナイフをねじり上げ、
致命傷を与えた。
弓削さんは声なき悲鳴を上げ、
よろよろとベッドまで歩き、
横になり、
息絶えた。
犯人は室内に凶器のナイフを捨て、
部屋に戻った。
すぐにシャワーを浴び、
返り血と脂汗をすっかり洗い流して、
出前持ちの衣装や手袋、
小道具は、
ビニール袋に入れベッドの下に隠した。
その後・・
計画通り、
フロントへ内線電話を入れた。
呼び出された涼くんは工具をたずさえ、
部屋をノックした。
・・なに食わぬ顔で迎え入れる・・犯人。」
涼が、
心臓部を押さえたまま、
椅子からずり落ちた。
サユリと南平が、
介抱しようと席を離れた。
乙骨Pのキュー出しを待つ、
出演者とスタッフ。
深呼吸する・・汐。
思いつめたような表情の・・ゆず季。
「みんな、いくぞー!」
タクトを、
振り上げる乙骨P。
「よーい、スタート!」
タクトは振りおろされた。
生ドラマ『めんちゃも屋』が・・電波に乗った!
━○━○━
クリスマス。
街の喧騒。
商店街の呼び込み。
ジングルベルの鈴の音。
クリスマスソング♪
女子大生の歩(汐)は、
ベッドの上でギターを抱え、
『ホワイトクリスマス』を爪弾いている。
ジングルベルの鈴の音が・・
いつの間にか・・
セミの声に・・マジックチェンジ!
ギターの曲は、
『サーフィンU.S.A.』に・・変わっていた。
回想シーンへ移行。
暑い夏!
グラスの中でぶつかり合う氷の音。
グラスのウーロン茶をグビグビ飲み干し、
残された唯一の食糧である、
カップラーメンをトートバッグに入れ、
『マンガ喫茶』へ向かう・・歩。
求人サイトで偶然見つけた、
露天商のアルバイトに応募。
男子の歩になりすまし・・ぶじ採用される。




