密室のトリック
里見が事件の総括に入った。
「当初は、
門脇 陽一と弓削 敦子。
両者のあいだに、
何らかの繋がりがあるのではないか、
という見立てで事件に臨んだのですが、
これは間違いでした。
調査の結果、
二人の共通点は『相馬セラピー』のクライアントというだけ・・
横の繋がりはなかった。
そこで、事件を個別に洗っていきました。
門脇 陽一 殺害 事件は、
時間もかかり、困難を極めました。
頭をひねらされた末・・
欠落していたピース(内部資料)を、
偶然入手できた箏により、
ケミカルが始まった。
結果、
インスピレーションが訪れました。
その、眩い光源に吸い寄せられるように、
事件の断片が、
しかるべき場所へ、
ピタピタと嵌っていった。
私の中で、
事件の全貌が詳らかになった瞬間です。
ここまでくれば、
もう事件は解決したに等しい。
残されたのは・・
具体的に証明していく作業だけです」
ブランデーをひと口飲む。
「門脇 事件に比べると、
弓削 敦子刺殺の方は、
自然発生的に、
導かれるように、
解答を得ることができました」
目を輝かせて、
里見の説明を聴いている・・助手コンビ。
「時系列は前後しますが、
逆順で遡って説明していきましょう。
二番目に起こった事件・・
予備校生、門脇 陽一の死因は、
警察発表のいわゆる病死ではありませんでした。
れっきとした殺人事件だったのです。
相馬医師は、
三昧というドラッグを使用して、
類例のない殺人を敢行してのけました!」
里見はノートPCを操作して、
ホテルで行なった実験記録の動画を、
再生させた。
モニターを注視する、
出席者 一同。
━○━○━
南平が、
三昧を服用して三十分・・経過。
冷静な陶酔感とも言うべきフェーズにシフトしていた。
心のカベは殆ど取りはらわれている。
無垢の状態に等しい。
頃合いを見計らって・・
里見は、
ポケットから15センチほどの「木製 人形」を取りだした。
━ 暗示をかける ━
「南平くん、
この人形を見つめてごらん。
きみは徐々に、
人形と一体化していくよ。
きみは人形になる・・
そう、きみは人形そのもの・・
人形なのだ」
爆発的な共振 感覚!
南平の身体は、
熱病 患者のごとく、
ハイスピード、小刻みに震えていた。
人形とシンクロを開始。
五分足らずで、
人形との一体化が完了した。
身体の震えは 嘘 のように収まった。
里見の右手には、
鋭く尖った「針」が握られていた。
人形の左腕に針を近づける。
里見を仰ぎ見るようにして、
南平は、
(一体化している人形内の視点から)
限界まで目を見開き・・畏れ・・慄く!
里見は、
針を、
人形の腕に突き立てた。
「☈うぎゃあ━━━っ!!」
左腕を押さえて絶叫する南平!
━○━○━
「相馬医師は、
三昧の薬効を、
遠隔殺人に応用したのです。
カウンセリングの途中、
石川 舞さんのインターバルの時間に、
自室へ戻り、
被害者の門脇に電話を入れた。
カウンセリングで培った会話術で巧みに誘導していき、
タイミングを捕まえて・・
キーワードをつぶやく・・
━┃『ルイ=フェルディナン』┃━ とね。
相馬医師の巧みな暗示に誘導され、
被害者は人形と一体化してしまった。
そこで・心臓部を・ひと突き!
━ 完全犯罪の成立です ━ 」
「しかしですよ」
サユリは興奮を隠せないようすで、
言葉を速射する。
「離れた場所から、
対面もせずに、
電話で暗示をかけ、
声だけで、
殺人など可能でしょうか?
・・まるで超能力かSFです」
「セラピーは、
60分 (一時間コース)だった。
・・残効は消えていなかったはずだ。
あるいは、
いつもより多量の三昧を、
ハーブティーに、
混入させていた可能性も否定できない。
入手した資料によれば、
門脇氏は、
パラノイア傾向のあるクライアントで執着心が強い。
但し・・
『被暗示性のレベルは高い』・・とある。
三昧のユニークな薬効。
相馬医師の催眠 技術。
クライアントの被暗示性の高さ。
最も重要なポイントである・・持病の発作。
以上の条件が、
ミラクルに近いレベルでに絡み合った結果・・
『遠隔』にして『密室』という、
前代未聞の殺人が形成されたのだ!」
一同 沈黙。
「そ━か!?」
納得顔で、
ヒザを打つ南平。
「違法な薬物を使用して、
セラピーを行っていることに、
憤りを覚えた門脇は、
ジャーナリスト気質を発揮して、
相馬を告発しようとしたんですね。
しかし、
返り討ちにあってしまった」
サユリも、
目を見開いたままに、
うなずいた。
「ところが違うのだ」
探偵は、
否定の首を振った。
「きみ達は、
もう一歩、
踏み込みが甘い!」
「え?」
虚をつかれた、
助手コンビ。
「相馬医師が、
M大の学長に近いポジションにありながら、
職を辞したのは、
もっと、ラジカルなセラピーを行いたかったからだ!
リスクは伴うが、
クライアントの『症状 改善率』を飛躍的にアップさせるセラピー。
大学を辞めたのは、
『学校に迷惑をかけたくないから』というのが、主たる動機だ。
あくまでも、
自己責任というカテゴリーで、専行したかったのだ。
立派な 志 と言える。
事実、
『相馬セラピー』は侮りがたい実績をあげていた。
彼には、
違法薬物使用に対する告発など、
恐るるに足りず・・
法律の枠から、
踏み出しても構わない・・信念があったと思われる」
「とすると・・
門脇を殺害する動機が、
分からなくなってしまいます」と南平。
「被害者はねえ<ペドファイル>だったのだ!
俗っぽい表現の、
<ロリータコンプレックス>の方が、
より、適切かもしれない。
PCやメモリーには彼の蒐集した動画や画像データが、
大量にあった。
そっちの世界のことを詳しくは知らんが、
それぞれに、
好みの年代や、
性別 (異性嗜好とは限らない)が、
あるようだ。
門脇くんは、
ハイティーンに差しかかる微妙な時期のガールを、
もっぱらターゲットにしていた。
DJアイドルのファンだったというのも理解できる。
指向性に矛盾はない」
あとは・・
「自分で推理してみろ!」と、
助手コンビに視線を投げかける・・里見。
「分かったゾ!
被害者は、
相馬医師に、
同一の嗜好を嗅ぎ取った!
てことは・・
あの12枚の画像は?」
南平の言葉を、
サユリが継いだ。
「心理学会の会合では、
なかったんですね」
「うむ」
と里見。
「表向きはそうだが、実態は違った。
同好の趣味のひとたちによる秘密集会だったのだ。
撮影会や収集したデータの交換、
秘蔵動画の上映会。
さらに『オークション』なるものを開催。
落札したモデルと別室へ移り、
ディープな営みも・・行われていた。
相馬医師は、
こと仕事に関しては、
申し分のない人物だ。
実績が雄弁に物語っている。
優れた頭脳と高い技術、そして信念。
さらに、
クライアントからの厚い信頼という・・下支え。
だが・・
同時に・・
悪魔の嗜好を内包する人物でもあった。
「誰にも知られたくない、
暗い沼地に、
うかつにも被害者は足を踏み入れてしまった!」
と南平。
「結果・・
悲劇が起こった・・」
目を閉じる、里見。
沈黙にスイと割り込み、
サユリが、
口を開いた。
「私、
大学のライブラリーで、
セラピー関連の本を何冊か、
読んでみたんですが・・
外国では、
アンダーグランドという場所ではあるにせよ、
過去には、
ドラッグを使用した、
セラピーが行なわれていたそうです」
「うむ。
著書を読めば明瞭だが、
相馬医師はセラピーの限界を、
強く認識していた人物でもあった。
分厚い壁を突き破ろうと研鑽を重ねていった。
クライアントを思いやる情熱が、
進取の気性と相まって、
〈三昧〉を・・呼び寄せたのだ!」
「試薬とはいえ、
その効果には、
驚くべきものがありました」
シャツをまくりあげると、
実験台になった助手の、
左ウデ(上腕部)には、
包帯が巻かれていた。
南平は、
実体験と、
経験則を踏まえて、
しみじみと補足した。
「良質の *〈ラポート〉 が素早く形成され、
心を開くことを容易にする。
相馬医師の食指が動くのも・・ムベなるかな」
「ドクター相馬の研究熱心は、
学会では有名だったそうデス」
興梠警部が、
言葉をはさんだ。
「but・・里見さん。
この事件、
裁判での立証は不可能に近いデス。
弁護士の先生は、どう思われますか?」
「おっしゃる通り。
相馬医師の弁護人は、
おそらく、
発作による病死の線で押してくるでしょう。
覆すにもねぇ、
あまりにも独創的で、
特殊なケースのみに適用できる、
ピンポイントな殺害方法ですから。
前例はなく、
従って、
判例も皆無!
いかんとも、
証明のしようがない」
アタッシュケースを開く、
興梠警部。
「このことが警察に知れたら、
ワタシは懲戒処分を食らうでしょう」
そう前置きして、
押収した『証拠品』の写真を取りだした。
門脇 陽一の、
カウンセリングで使用された、
人形の写真を、テーブルの上に置いた。
ジップロックに入った15センチ大の、
『木製 人形』
・・その拡大写真。
各自、
順番に手に取り、
確かめていく。
「・・ ・・」
全員が、
言葉を失い、
押し黙ってしまった。
人形の心臓部には、
小さい穴が、
くっきりと、開いていた。
【*ラポート = 分析医とクライアントの一致、調和】




