決意表明
「やっほ━ 主任!
お久しぶり。
少━し痩せたみたい。
でも、元気そ━う。
よかった!」
「お帰りなさい。
ぼくは主任の無実を信じていました」
サユリと南平は、
嬉しそうに迎えた。
涼がホテルに戻ってきた。
事件がどう転がり、
決着したのか、分からないままに釈放された。
釈放の後、
ホテルには直帰せずに、サウナに寄った。
汗と一緒に嫌な思い出を流してきたのだ。
待ち望んでいた生ビールの味・・
復活し、
手にした自由には・・格別な思いがあった。
お代わりを重ねるうちに酔いが回り、
意識は消え・・眠りこんでしまった。
「どうも、
ご迷惑をおかけしました」
涼は、
オーナーに頭を下げる。
オーナーは、
息子の肩を何度も叩き、
うなずいてみせた。
ビジネスホテル『設楽』の二階にある喫茶室には、
オーナー夫妻、
サユリと南平、
担当弁護士、
興梠警部、
そして・・
パイプをくゆらせている里見が顔をそろえていた。
設楽 涼の、
復帰祝いの席である。
テーブルには、ご馳走がふんだんに並んでいる。
給仕役は・・阿久津さん(住み込みの女性)。
フロントには、協会から呼んだヘルプがついていた。
準備 万端。
喫茶室内に流れている音に、涼の耳が、反応した。
汐 坊の声だった!
ひどく懐かしい!
オープニングトークの真っ最中だった。
彼女の声には、いつになく、気迫がこもっていた。
南平が気を利かせ、
喫茶室までラインを引いて、
『radiko』の音声を流したのである。
オーナーが音頭をとり、全員、ビールで乾杯した。
「今度の事件は、
弁護士の先生と、
こちらの興梠警部、
里見さんの尽力により、
無事解決したのだ。
しっかりお礼を言いなさい」
オーナーは、
戸惑い気味の涼に、
注意をうながした。
「いや、いや、とんでもない。
私は弁護士という職業の枠内で、
仕事をしたに過ぎません。
今回の錯綜した事件を解明できたのは、
里見さんの力によるところが大です。
名誉は、彼に帰せられるべきでしょう。
かつての裁判記録を、
時間の許す限り調べてみましたが、
まったく類例のないケースだ。
常識の枠を逸脱しています。
ことに予備校生 殺害事件の方は!」
弁護士は恐縮しつつも、
フェアに事実を述べた。
「ワタシも弁護士さんに同意デス。
里見さん、
アナタはスゴ腕だ。恐れ入りました!」
興梠警部は、
日本酒をコロコロやり、
青い目に、
悔しさと羨望をにじませた。
サユリが、
里見のグラスにブランデーを注いだ。
出席者一同の視線が、里見に集まる。
探偵はブランデーを舐め、
立ち上がると、
おもむろに口を開いた。
「まずは、
今回の二つの事件に着手する機会を、
与えて下さった依頼人の笹森 汐さんに、
感謝の意を表したい」
それから主賓に顔を向ける。
「涼くん、
きみの人柄のなせる業とはいえ、
ラッキーマンだな」
涼は、
感慨 深げに・・うなずいた。
□ □ □ □
フリートークで、
汐は、
生い立ちを包み隠さずに語った。
「わたしは・・父親の顔を・・
ただの一度も見たことがありません!
幼いころは会いたくてしょうがなかった・・
でも、いまは違います!
お母さんは、
父親の役割も同時に果たしてくれた・・
寂しくなんかない!
豊かとはいえなかった子供時代、
数年にわたって母親と、
ホテルのシングルルームに滞在していました。
しかし・・
週刊誌やワイドショーの垂れ流すような、
お涙 頂戴的な不幸は・・なかった。
あれはフィクションもいいとこ!
統計でも示されている通り、
幸福度と経済的な余裕は、
必ずしもイコールではないのでは?
子供って、
弱い部分もあるけれど、
意外とたくましいんじゃないカナ?
なんてったって・・
成長期のエネルギーという、
かけがえのないアイテムを持っているのだから。
ビジネス・ホテル暮らしの経験が、
現在のDJという仕事の基盤を作ってくれた。
重要な《何かが》蓄積されていった期間でした。
いま、ハッキリそう思います!
(母親の仕事については)
美味しい「おでん」を提供していた・・あの頃。
お母さんの屋台で「おでん」を食べたお客さんは、
幸せ者よ!
(誇りを持って語った)」
13分経過。
「もう疑いは晴れたましたけど、
誤認逮捕された人物とは、
親しい関係にあります。
この世界に入るきっかけを作ってくれた恩人でもあります。
(声に、よりいっそう力をこめる)
子供 時代から憧れ、
一貫して恋心を抱き続けているの・・私。
今度の一件で、
謹慎 処分の期間を経て、
その気持ちは、よりいっそう、強くなりました。
(゜-Å)
残念なことに・・ 片想い・・ だけど・・ 」
ここで
汐は、
・・感きわまった。
ジャスト15分。
□ □ □ □
乙骨Pのサングラスがズリ落ちた。
副調の、
ディレクターやスタッフも慌てふためいている。
DJ汐坊が、
放送 台本から脱線してしまうのは毎度のこととはいえ、
(その方が面白くなるのだ)
まさか熱愛 宣言?が、
飛び出すとは思わなかった。
Gスタがどっと湧いた!
オンエアを聴いていた、
スタンバイ中のドラマの共演者たちから歓声が上がった。
ガッツポーズ!
拍手や口笛♪
足を踏み鳴らす者・・さまざまだ。
同時刻。
『設楽』の喫茶室からも歓声が上がった。
「ひょー!」
「この幸せ者!」
主任をヒジでつつく・・サユリ。
「しっかり受け止めて上げなきゃあ、
男じゃない!」
主任のハートめがけ、
(指で形を作り)
エア・ピストルのトリガーを引く・・南平。
奥さんは年甲斐もなくストレートに歓びを表現!
旦那にひしと抱きついた。
「これこれ。
みっともないから、よしなさい」
オーナーはそう言うなり、頭を抱えてしまった。
「ご苦労さん。
上出来だ!」
汐の肩に手を当て、
ねぎらいの言葉をかける乙骨P。
スタッフの温かい拍手に包まれ、
ハンカチで涙をぬぐう・・汐。
もう一人、
溢れ出て止まらない涙を、
ぬぐっている人物がいた。
京都の老舗 旅館の一室で、
スマートフォンの置かれた小机を前に、
正座している和服姿の若女将・・
中邑 冴子が、
DJアイドルにエールを送りながら・・真剣にオンエアを聴いていた。




