ある実験
S池やU公園が一望できる・・
一泊、 数万円のスペシャル・ルーム。
その25階に、
くつろぐ里見と助手 二名の姿が。
天気はあいにくの雨模様。
傘を差した人々が遥か下にうかがえる。
それは・・音の遮断された風景。
ルーム内は、
空調が快適にコントロールされており、
進行していく12月の寒さとは、
無縁な空間を作り出していた。
スペシャルルームは、
おのぼりさん・・サユリと南平・・を圧倒した。
あくまでシックな部屋のレイアウト、
電動 開閉式のカーテン、
座り心地の恐ろしくいいソファー、
間接 照明、
ゴージャスなバスルーム、
カウンター付きキッチン、
両開きの冷蔵庫、
4Kテレビ、
しびれるようなサウンドのオーディオシステム、
すべてが・・
ビジネスホテル『設楽』とはエライ違いであった。
「さあ、さあ、お二人さん。
こちらに集合!」
ホテルからのサービス・・
フルーツをあしらったウエルカムドリンクを飲みながら、
テーブルを囲み、
これから行われる実験について、
PCを使い、
詳細な説明を行う、里見。
実験台になるのが・・南平。
動画キャメラで、
それを記録するのがサユリ・・という役割分担。
その他・・細部を繰り返し詰めていく。
南平は、
今回の実験のため、
里見の指示により、
掛け捨ての生命保険に加入させられた。
受取人は・・両親である。
準備は整った。
助手二名には、
六〇分間の、
自由時間が与えられた。
南平はベッドの上でぴょんぴょん跳ねたり、
興味津々でルーム内の備品を吟味したり、
設備をあれこれ試してみた。
サユリは・・
寝室にセットされていた、
お洒落なローブを身にまとい、
ドレッシングルームに入った。
メイクをほどこし、
三面鏡に映じた、
複数の自分を見つめ、
・・セレブな気分を堪能する。
「いいかい、きみ達?
そろそろ実験を始めるよ」
探偵を正面に据え、
ソファーに座る、
サユリ&南平。
両膝に手を置くと、
南平は、
改まった口調で言った。
「里見さん、
事件解明のために、
協力は惜しみません。
ただ・・
ひとつだけ・・引っかかることが・・」
「なんだね?
忌憚なく言ってくれたまえ。
これから行う実験は、
信頼関係ゼロでは成立しないのだから」
「念のため・・訊いておきたいのです。
ぼくが服用する薬物は、
MUED=三昧と呼ばれる、
法に触れる危険な麻薬ではないですよね」
「うむ。
まったく同じ効果を持つ 『医療試薬』 と呼ばれるものだ。
この薬品を使用すれば、
麻薬取締法違反は回避できる。
不安に思う事はない」
サユリの目が(メガネ奥で)真横にスイと動き、
探偵を見た。
「それを聞いて安心しました。
いくら事件の究明が目的とはいえ、
さすがに法律を破るのはマズイですもんね」
「ハハハ、きみも心配性だな」
南平は、
照れくさそうに頭をかいた。
ルーム内の掛け時計と、
自身の腕時計を確認!
里見が合図をした。
サユリは、
指示の通りの手順で、
冷蔵庫から、
ミネラルウォーターとパケ(小袋)に入った、
純白の直径5ミリ大のタブレット(錠剤)を、
取り出して、
テーブルの上へ慎重に置いた。
背の高いグラスに水が注がれる。
ルームの手前に移動するサユリ。
首から下げたストップウオッチをON!
動画用キャメラで、
実験の記録を開始する。
南平は、
微かに震える指先へ、
マイナス要素を駆逐すべく、
ポジティブ信号を(脳内チューブから)絞り出し、
錠剤をつまんだ。
若干のためらい・・
それを・・
振り切り・・
口の中に入れ、ミネラルウォーターで流しこんだ。
里見は、
部屋の照明を(一部だけ残して)OFFにした。
あらかじめセットしてあったCDをプレイさせる。
ツトム・ヤマシタの・・『Poker Dice』
音が漂うように流れてくる。
15分経過。
南平は、
小刻みな震動を伴い、
歯ぎしりをギリッギリッと繰り返した。
軽度の発汗。
開かれていく・・瞳孔。
扉の開いた瞳から・・ワナワナと愛が満ち溢れる。
かつて経験したことのない・・多幸感の・・海・・
全身が・・浸ってゆく・・
30分経過。
南平は、
冷静な陶酔感とも言うべき、
異るフェーズにシフトしていた。
踊ろうと思えば踊れるし、
思考を深化させようと思えばそれも可能。
ただひたすら座っているだけでも・・無上の幸せ。
これぞ真の自由 = フリーダム!(強感する南平)。
頃合いを見計らって、
里見は、
実験を開始した。
「☈うぎゃあ━━━っ!!」
左腕を押さえて絶叫する、南平!
記録係・・サユリの全身が・・凍りついた!
二日後・・
朝刊の社会面に、
次のような記事が掲載された。
■ 恐怖の催眠療法! ■
U警察署は、
『相馬セラピー』院長、
元M大教授の相馬 純男(53)を、
麻薬取締法違反で逮捕した。
相馬は、
麻薬を使用してカウンセリングを実施していた疑い。
家宅捜査の結果、
『相馬セラピー』より多量の麻薬、
MUDE = 通称・三昧が押収された。
警察発表によれば、
三昧とは新種の麻薬で、
作用は、
心身の安定をもたらし、
感情移入を比較的容易にする。
反面、
中毒性は非常に高く、
常用すると脳の一部が破壊され、
取り返しのつかないことになりかねない危険な薬物だとのこと。
覚せい剤と同等の、重い罪に処される。
□ □ □ □
クリスマス直前!
レイティング版・・笹森 汐の『ラジオ哉カナ☆』。
本番15分前。
通常のスタジオ内である。
そこには、
緊張気味にスタンバイしている汐の姿が在った。
彼女の頭の中では、
歪んだ時計の秒刻みがチカチカ点滅していた。
DJマイクを前にするのは、
事件発生 以来のコトであった。
副調整室では、
ディレクターやスタッフが懸命に、
無言の応援波動を送信している。
異例中の異例・・
番組 開始 以来 初めて、
乙骨プロデューサーがスタジオブースに入り、
DJアイドルのすぐ横に腰をおろした。
今夜、
番組に、
汐が復帰することは、
ネットを中心に大きな話題を呼んでいた。
タイムテーブルは以下の通り。
三つのブロックに分かれ、
1 オープニング ━ DJ汐坊による、
15分の(通常より五分長い)フリートーク。
2 CMをはさんでGスタジオに移動 ━ 90分の生ドラマをオンエア。
(途中二回のCMが入る)。
3 エンディング ━ トークをまじえて、
ドラマの感想メールやツイートなどを紹介、
来週のプログラムの告知。
・・終了。
本番二分前のアナウンス。
キュー出しを待つ、汐。
緊張はマックス状態!
ますます・・歪んでいく・・幻影の時計像。
カフを持つ、
右手がどうしょうもなく震える。
その上に、
自らの手を重ねる・・プロデューサー。
大きな温かい手のひらが、
汐の不安を吸収、軽減してくれる。
サングラスの奥の目は、
あのときと同じ・・
限りなく優しかった。
および腰だった汐は、
背すじを伸ばし、
気合いを入れ、
マイクに挑むよう・・グイッと顔を近づけた。
「本番行きます!」
━ ディレクターの声 ━
「3、2、1、はい!」
カフを押し上げ、
トークをスタートさせた。
オンエア開始!




