GスタⅢ
Gスタの副調整室へ、
ゆず季が、
姿を見せた。
プロデューサーの乙骨に、
丁寧な挨拶をする。
「おーう、噂のユッPか!
よろしく頼むぜ。
厳しい事を言うかもしれんが、
作品の完成度のためだ。
耐えてくれよ!」
「はい、
こちらこそよろしくお願いします!」
「ユッP、
いま、みんなメシ休憩なんだ。
ディレクターに案内させるから、
お前さんも、腹ごしらえしてこいや」
「食事は結構です。
それよりも、
リハのプレイバックを聴かせて下さい」
「おう、熱心だな。
リハは、
まだ半分消化したばかりでな」
乙骨は、
ディレクターに言いつけ、
身重のゆず季に、椅子を、用意させた。
ヘッドフォンを装着したゆず季は、
真剣な顔つきで・・聴き入った。
咳払いも、
ためらわれるような空気を醸し出している。
乙骨Pは、
アゴをしゃくると、
ディレクターを伴い、
コーヒーを飲みに、副調をはずした。
スタッフが一人もいない副調整室で、
ゆず季は録音されたリハを、
音声ドクターのように聴いていた。
そして、
残念・・
悪い予感は的中した。
ドラマの疾病を聴き分けてしまったのだ!
とたん・・
彼女の顔色は、どす黒く、変色した。
食事休憩終了。
次は、
トンネルの隠語で呼ばれる、
(残すところ、あと半分まで来ていた)
不出来なチャプターの「トリートメント・リハ」であった。
が・・
プロデューサー判断で、
急遽、
90分の「通しリハ」へと変更した。
せっかく、
オール・キャストがそろったのだ。
全体のアンサンブルの具合、
なにより、
左近マネによる、
ムリ押しキャスティング(レア・ケース!)
ゆず季の、
実力のほどを、
乙骨は確認しておきたかった。
「通しでリハ行きます。
90分間だ!
みんな、気合いを入れろ!」
乙骨Pの、
ガラガラ声が響き渡る。
汐とゆず季は、
にっこりアイ・キャッチ!
「よーい、スタート!」
━ 94分18秒経過 ━
通し稽古は、
四分強 押しで・・終了した。
ゆず季は、
期待を上回る演技を披露し、
乙骨Pの相好を崩させた。
かき氷を 売する、
女子高生のキャラが躍動していた。
殊に、
汐との絡みの場面は、
漫才コンビのように息が合い、
聴き手の興味を逸らさなかった。
また・・
リアクト巧者っぷりは、
共演者やスタッフを感服させた。
汐の繰り出すアドリブを、
(けっこうなヒネリ球も混じっていた)
名レシーバーよろしく、
ことごとく受け切ってみせたからだ。
通し稽古が終了すると、
汐は、
イライラしたようすを見せ始めた。
張り詰めた空気がスタジオ内外に走る。
「どーかしたか、汐坊?」
マイク越しに、乙骨P。
汐は左右に首を素早く振り、
センターマイクを通じて、
ドラマの完成度を阻害している、
問題点を「二つ」指摘した。
一つめは、
売のときに、歩が、子供たちと触れあうところ。
ドラマの・・「聴かせどころ」・・である。
この場面に不満をのぞかせた。
子役ではなく、
掛け持ちで大人の声優が演じていたからだ。
巧みなことは巧みではあるけど・・どうもウソっぽい。
そう、Pに進言した。
すると 「予算の都合」 という大人の事情で、
ニベもなく却下。
うーーん、
それにしても惜しいな・・
子役を使えば、
場面にもっと豊かなふくらみが出るのにィ。
二つめ、
こちらの方はゆずらなかった。
ライバルの先輩役への恋心。
芽生え、
育っていくプロセスがイマイチ表現できていない。
拙い自分に腹が立つ!
「そんなことはないぞ、汐坊!
男性の歩に変装した主人公の微妙な乙女心、
恋心が的確に出てる。
客観的な立場にある者の方が、
正確に判断できる場合もある。
オレの言葉を信じるんだ」
乙骨Pはお世辞抜きで言った。
副調にいるスタッフもうなずいている。
「違うのよ!
違うんだったら!
何かに欠けている!
もーう・・鈍感なんだから・・きょうは終了!」
そういい放つと、
汐は
スタジオから出て行ってしまった。
副調整室では、
録音したドラマがプレイバックされ、
問題のシーンは、スタジオ内にも流された。
「どう思う、お前ら?」
腕組みした乙骨Pは、
ディレクターやスタッフにたずねた。
「さあ?
どこが気にくわないのか・・さっぱり」
スタッフ一同、首をかしげた。
副調に向かって、
ゆず季が
両手をパタパタ振っていた。
それをディレクターが見止めた。
Pに知らせる。
マイクをONにして、呼びかける乙骨。
「どうした、ユッP?」
「汐坊の言わんとするのは、
恋心の表現がテクニック・オンリーで、
心に欠けてるってことじゃないかな?
リアリズムを、求めてるんだと思う。
彼女・・いま・・
大人への階段を登ろうと・・もがいている」
ADのインカムを拝借して伝えた。
Pは、
低い唸り声を上げると、
再び、
腕組み姿勢に入る。
彼の周囲にはバリヤが張られた。
汐坊のイマジネーション・ベースの演技では、
カバーできない領域。
♡ 恋愛感情 ♡
こいつばかりは経験という種子がないと、
芽は吹かないってヤツか。
どうする・・?
方策は・・?
・・時間は迫ってきているのだ!
Pのバリヤを突き破るべく、
ユンケルを一気飲みするディレクター。
即席パワーでレッツ・トライだ!
「乙骨さん、
乙骨プロデューサー!
・・呼んでます」
バリヤ内への不法侵入者に、
Pは、
凶悪な視線を向けた。
「ぼくじゃありません!
呼び主は下です。
スタジオからです!」
またしても・・ゆず季だった。
彼女は、
アドレナリンを放出させ、
キッ!とした目つきで、インカムに向かう。
「プロデューサー、
名案かどうかは分からないけど、
うちの提案を聞いて下さい。
現状を打破できる可能性ありです」
「言ってみてくれ」
ユッPの特攻提案は、
乙骨の逆鱗に触れた。
地雷も地雷・・大地雷!
四分五裂どころの騒ぎではなかった。
スタッフ、キャストは固まってしまった。
変装した汐は、
局にたむろしているマスコミ陣を、
軽々やり過ごし、タクシーを拾った。
遠回りしながら、
尾行車のないことを慎重に確かめ、
目的地へ向かう。
滞在中のスイートルームに戻ると、
午前一時(25時)をまわっていた。
ギドから進呈された缶ビールを、
バッグから取り出し、冷蔵庫にしまう。
それから、
シャワーを浴び、
ルームサービスでサンドウィッチとミルクティーを取った。
本当はビールが飲みたかったが、
禊ぎの最中なのでガマンした。
メールやラインをチェックする。
複数通の着信があった。
ドラマのリハに夢中で、
スマートフォンを覗くヒマがまるでなかったのだ。
チキンサンドをほお張っていると、内線電話が鳴った。
来客の知らせ。
「通して下さい」と言い、受話器を置いた。
ノックの音!
ドアを開ける。
里見探偵が立っていた。
汐の片眉が鋭角に吊り上がる。
・・飛んで火に入るなんとやら・・
ちょうどいい、ストレス解消材が、やってきたワイ。
経費のムダ遣い、
特に・・情報収集という名目で、
相当の金額が注ぎ込まれいた。
遅々として進まぬ依頼の件。
余裕を崩さない探偵の物腰。
どれもこれもが腹立たしい。
応接ルームで、
差し向かいに腰かける、
依頼人と探偵。
「これは、これは、里見さん。
夜分遅くに、たずねていただいて」
「失礼しました。
何度か、
電話やメールを差し上げたのですが、
タイミングが悪かったようで。
笹森さんのお帰りを、ロビーでお待ちしておりました」
「わたしの方から、いくつか質問があります。
よろしいでしょうか?」
「その前に、
水を一杯戴けるとありがたいです」
汐は、
冷蔵庫からミネラルウォーターを取りだすと、
キヤップを回し、
自分だけコクコク飲んだ。
里見には、
洗面所の水を、
歯磨き用のプラスチックのコップに入れて、
ぞんざいにテーブルへ置いた。
もちろん氷などはなし。
里見は生ぬるい水をひと息に飲んだ。
コップを置くと・・開口一番。
「事件は解決しました!」
汐は、
椅子から60センチほど飛び上がった。




