GスタⅡ
東京放送局の、
Gスタは、
不気味に 静まり返っていた。
リハーサルの進行が遅れに遅れていたからである。
汐の演技の間に、
共演者の、
リアクションがギクシャクして・・NGのオンパレードだった。
『哉カナ』の現場では珍しい現象といえる。
共演者の顔には、
戸惑いが、にじみ出ていた。
汐の演技の、
引きの間が、
息妙に長かったり短かったり、
誰も・・タイミングを合わせることが・・出来ずにいた。
汐は、
露店の屋台に腰かけると、
腕を組み、沈思黙考。
動かずの・・石地蔵と化した。
共演者たちは、
どうしていいのか分からずに・・立ちつくしていた。
ADがあわてて駆け寄る。
乙骨Pのいる、
副調整室の、
高く離れた場所からは、
主演女優とADのやり取りは、
サイレント映画のように映った。
・・ いったい、どうなっているのだ? ・・
「お━い、小僧!
状況を説明せんか!」
プロデューサーは、
ADのレシーバーにがなりたてた。
「それが・・
汐さんの申しまするに・・
まだ演技の芯が、完成していないゆえ、
自分の出ないシーンから始めて欲しいと」
「バッキャロー!!
全編出ずっぱりなんだぞ!
とっととスタンバイするように、伝えんか!」
またもや、
サイレント映画もどきの、やり取り。
はるか下からADは、
乙骨プロデューサーの方を向き、
お手上げのポーズをした。
「汐さんが申しまするに・・
話があるのなら、
プロデューサーの方から、
スタジオの方まで・・降りてきて欲しいと」
乙骨は、
レシーバーを副調整室の壁に投げつけた!
すくみあがる、ディレクター。
「あのひょっ子!
なに様のつもりでいやがるんだ!
ヒトの苦労も知らずに、
勝手なこと、ぬかしやがって!」
丸めた台本を手に、
怒り心頭で、
調整室からブッ飛び出していった。
スタッフ一同、
顔を見合わせる。
「いったん、休憩入れます!」
マイクに向かって、ディレクターが言った。
見えない煙をもうもうと噴き上げ、
スタジオ内の主演女優のもとへ、
蒸気機関車のように、
ズンズン近づいていく。
共演者やスタッフは、
ハラハラしながら見守っている。
そんな気配には、
まったく気づかずに、
屋台に、
腰を下ろしたままの汐。
「よう!
『哉カナ一座』の座長さんよ!
少し、話をしようじゃねェか。
こっちを・・向いてくれんか?」
ゆったりと顔を上げる、主演女優。
「役作りの時間はたっぷりあったはずだ!
違うか?
座長さんよ?」
「・・・ ・・・」
「どういうことなんだ、汐坊?
お前さんは、
ラジオドラマ一座の・・いわば・・座長だ。
少しは周りのことも、
考えんと、
いかん立場じゃないのか?
さあ・・スタンバってくれよ」
「まだ・・
カタチにならない・・
求めている演技が・・
それと・・役作り。
平凡な女子大生が、売に魅せられ、のめり込んでいく。
その過程が私の中では・・クリアでない。
この物語のテーマは自己発見だと思うの。
青春時代・・だれしもが悩む才能の・・有無。
人生のほんの一瞬かもしれないけど、
素晴らしい充実感を手に入れる。
プラス・・男性になりすました主人公がときおり見せる・・女心。
すべてをひっくるめて・・役を構築するには・・もう少し時間が必要。
これ、ワガママじゃないよ!」
「言わんとすることは・・分からんでもない!
しかし、トップシーンのリハだぞ。
主人公の女子大生 歩(あゆミ) が、まっさらな状態からスタートする。
地で行けるトコだろう。
段階的に役を作っていけばいいじゃないか。
周囲をヤキモキさせるな」
「違うっ!
乙骨さん、分かってない!
売に上達した 歩(あゆム)の側から逆算して役を構築したい。
その方が、メリハリがくっきり出る。
成り行きまかせはイヤ!
いつものやり方から離れたい!
役のサジ加減を完璧にしたい。
一大クライマックスに向けて、
一糸乱れず、演技をグーンと加速させたいのよ」
「汐 坊の方法論は正しくもあり、
同時に間違いでもあるな。
いいか・・白紙の状態の 歩 が、
ひょんなキッカケから露天商でアルバイトすることになる。
新鮮な驚きを伴い、
さまざまなエピソードを体験しつつ、売に目覚めていく。
これを、お前さんは逆から演じようとしている。
演劇というものの持つ宿命とはいえ・・
あらかじめ知っている未来を追体験していくというのはどうだろう?
味気なくはないかい?
そういう約束事を打破してみようじゃないか?
まっさらな主人公(つまり現在の 汐坊)が、
試行錯誤を繰り返しながら、未来へ突き進んでいく。
この方がリアルだし、自然だ。
そこに・・汐坊お得意の冴えたアドリブが入れば、
ドラマはいっそう生き生きとしたものになるだろう。
笹森 汐 の演技力なら・・大丈夫。
タイトロープも渡りきれるぜ」
「黙らっしゃい!!」
汐が吼えた。
「リアリズムなんて単なるベースに過ぎない!
気のきいたアドリブや、
アクシデントのプラス転化も姑息!
私はね、
このドラマを、燃え上がるような大ロマンに昇華させたい。
線香花火の美しさは・・認めるよ。
けれども、
今の気分は打ち上げ花火・・それも・・巨大な尺玉!
身体の奥底から、演技の鬼が命ずるの!
『とことんやれ!』
『プロとしての誇りを見せろ!』
『一瞬揺るがせにするな!』
事の成りゆき次第では、
このドラマが・・
私のキャリアの最終ページになるかもしれないから」
さながら断末魔。
汐の情熱と覚悟の発露。
それを真正面からぶつけられ、
乙骨は・・言葉を・・失った。
汐の表情が、
あまりにも 〈激しく・・純粋〉 だったからである。
【なにかを求め、渇望している】
・・そんな、
・・表情であった。
問題は、ただひとつ。
この娘が、
求めるものに至る道へのヒント・・
「1%のヒラメキ」を・・掴んでいるかどうかであった。
それなくして・・99パーセントの努力は・・意味を持たない。
乙骨には・・
判断・・出来かねた。
たとえ・・
追い詰められた状況にあろうと、
急いては事を・・し損じる。
もう少しばかり、
様子見を、してみようじゃねえか!
笹森汐という逸材との、
出会いがなければ、
今日のオレは・・なかったのだから。
乙骨Pは、
心配そうに成り行きを見守る共演の声優陣を、
スタジオの隅に集めて、マイク越しに話をした。
「聞いた通りだ。
汐坊には心に期すものがあるようだ。
みんな、頼む!
どうか雑音に惑わされず、
一丸となって主演女優を支えてやって欲しい。
少し早いが夜食休憩だ。
ビールも用意してある。
ただし・・ほどほどにな。
飲み過ぎたヤツは容赦なく、ブン殴る!」
スタジオ内に歓声が上がった。
乙骨Pは、
スーツの胸ポケットのあたりを、
強い力で・・押さえた。




