Gスタ
おりしも、
ここ、
東京放送のGタジオでは、
スペシャルウイーク向けの、
生ドラマ、
『めんちゃも屋/夏のアルバイト』の、リハーサルが始まろうとしていた。
局内で一番、
規模の大きいスタジオには、
映画のセットのように、
露天商の数々が、再現されていた。
オンエアのときには、
本職を呼んで、
実際に焼きソバやタコ焼きなどを、調理してもらう予定であった。
マイクスタンドがスタジオ内のそこかしこに立っている。
制作資金の不足分 (結構な赤字額!) は、
左近マネージャーの仲介によって、
━ ラジオドラマ『めんちゃも屋』の原盤権50% 譲渡 ━を、
交換条件に、
聖林プロが全面負担するという形に落ちついた。
Gスタの独占については、他からクレームがついた。
なにしろ、
公開放送で、
アーティストや芸人を招き、
客入れする番組を制作できない。
クレームや、
笹森 汐に対する雑音などは、
乙骨 プロデューサーが、強引にねじ伏せた。
局内の、
汐 目当ての、
ヤジ馬連中も、
警備員を雇い、完全シヤットアウト。
生ドラマを巡っては、
理にかなった疑問が、
脚本家チームから持ち上がった。
━ 「いかに・・脚本の出来が良いとからといって、
クリスマスシーズンに、
『真夏のドラマ』を放送するのは・・いかがなものか?」 ━
乙骨Pは、
腕組みして、
一瞬考えたが・・ニヤッと笑い。
「かえって、面白れェじゃねえか。
季節にピッタリというのは、
確かに定石ではある。
しかしなあ・・
完成度の高い、
ドラマさえオンエアできれば、
そんな些細な問題は吹き飛んじまうよ。
夏に見る雪景色は、
快感を呼ぶ。
冬に、
セミの声を聞くってのも・・乙なもんだ。
熱いクリスマスプレゼントを、
リスナーは受け取ってくれるはずだ!
タイムラグを置いて、
ネット等で、
聴くリスナーも、相当数いるワケだしな」
しかし、
脚本家チームのリーダーは承服せず、
議論は紛糾の様相を呈した。
乙骨Pは、
持論を強引に進めず、
議論を収拾させるべく、
プロデューサー脳をフル回転させ、
妥協案を提示した。
━ 「クリスマスの場面をオープニングとする。
そこからスタートさせ、
汐 扮する (歩)が、
熱かった夏を回想していく方式を採用する」 ━
この案は、
脚本家チームのリーダーの腑に落ちたようで、
納得してくれた。
会議室をあとにした、
乙骨は、
副調整室へ戻ると、
周囲に察知されないよう、
深く長い息をついた。
脚本家を甘やかす気はさらさらなかった。
しかし・・ヘソを曲げられては・・マズい。
才能に恵まれている人間というのは、
一般社会人に比べると、風変わりである。
有りていにいえば・・扱いにくい人種だ。
感受性の問題か?
思考回路のなせるワザなのか?
解析不能。
その・・扱いにくい人種が、
ひとたび 霊感 というアイテムを手にすると、
将棋でいうところの桂馬のような動きを見せ、
作品にハッとするような息吹を与える。
・・謎の領域である。
クリエイターが、
霊感 を導きいれるコツとは・・何か?
乙骨なりに熟考して出した結論は・・「乗り」・・だ。
クリエイターを、
ゴキゲンな気分 (要は・・乗り待ち・・状態) にしておくこと。
霊感さえ降りてくれば、頂いたも同然。
脚本という仏に魂が宿る。
ただし・・
調子コイたら、容赦なくムチを振るう。
創作と言う名の物作りにおいて、
プロデュサー稼業の厄介さは・・ここに集約される。
アメとムチとは・・至言なのだ。
乙骨Pは、
はるか下方に位置するスタジオへ視線を移動させ、
霊感ランドの 「王女」 に焦点を定めた。
笹森 汐。
彼女は、
「売」を受け持つ、
めんちゃも屋の屋台に腰をおろし、
お面を、
かわるがわる手に取り、見つめている。
共演の声優たちも、
初めのうちは戸惑っていたが、
主演女優にならい、
それぞれが・・
自分の持ち場で、役作りに入った。
声優という職業柄、
いつもは、台本を片手に、
想像力とテクニック、
経験や調査・研究を頼りに、
表現しているだけに、
こうして・・実際にセットが組まれ、
リハの時間に、
長い時間を取ってもらえるのは、ありがたかった。
アプローチの仕方が・・
製品から、
作品のそれへ、自然と移行する。
ゆず季の姿はなかった。
来春放送されるアニメのアテレコで忙しく、
本番三日前に入る予定になっていた。
主演女優の脳内には、
暗雲が立ち込めており・・
いくつかの想念が錯綜し、
ピカピカゴロゴロ・・放電していた。
━○━○━
『左の感覚 』を自分のモノにすることは・・叶わなかった。
ゆず季は、
二週間以上連続で、
スイートルームに通い詰め・・手伝ってくれた。
70年代の刑事ドラマを参考テキストにして、
戸惑いを交えつつ、
『めんちゃも屋』の二人芝居を続けていくうちに、
汐の求めている感覚を、
ユッPは、本能的に理解してくれた。
「なるほど!
汐 坊の求めている感覚って、
【サウスポーの人 特有のセンス】のことか。
たしかに、
彼らの中には、
右利きにはない、
なんというか、
シームレスな所作が備わっている人がいるよね。
でも・・
それって・・
思いっきり・・【天性】・・じゃん?」
「そう思って・・私もあきらめかけたけど、
後天的に 『左の感覚』 を、
身につけた人がいたワケ!」
汐は、
実例を示すべく、
PCから動画を呼び出した。
大学女子バスケットボールのゲームが映し出される。
ゆず季は目を剥いた。
「凄ンげー! NBA並み!」
汐は、
わが意を得たりとばかりにうなずいた。
ユッPは、
素朴な疑問をお皿に盛る。
「黒髪の刑事役といい、
この赤いフレームのメガネのプレイヤーといい、
ズバ抜けた運動能力の持ち主じゃん!
汐 坊って・・どうなのさ?」
問われた方は(キョトンとして)首を左右にプルプル振った。
「お━い! 手だてはナシかい?」
「とにかく・・チャレンジあるのみよ!」
「どのように?」
「うーん・・
霞の向こうに何かが視えるのよ・・
言葉にならない・・何かが・・
考えるより・・行動よ!
走りながら考えたい!」
━○━○━
マイクのスイッチをオンにして、
乙骨Pは、
スタジオ内に指示を出した。
「一回目のリハいきます!
まずは、ファーストシーンから。
汐 坊? スタンバイOKか?」
物思いに、
耽ったような表情でうなずく・・汐。
「リハーサル・スタート!」
リハが進むにつれ、
乙骨Pの、
表情は、
曇りがちになり、
首をひねる回数が増えた。
黄信号の点滅が始まった!
乙骨Pの怒気が・・
徐々に膨れ上がっていく。
ディレクターを始め、
スタッフ連中は、
気づかれないよう、
音を立てずに、安全地帯へ避難した。
汐の演技の調子が・・オカシイ!
独り芝居のときは、
あい変わらず、
シビれるようなタイミングなのだが・・
相手役と絡むと、
彼女の、
天性ともいえるタイミングに・・ズレが生じた。
ちょっとした感覚の微調整の狂いなのか?
それとも・・
意図して・・彼女が行っているのか?
不明であった。
休憩時間に、
ディレクターを介して、
それとなく・・訊ねた。
汐は・・黙して語らず。
乙骨は、
ディレクターの話をきくと、
息を、
長く、長く、吐き出した。
目を閉じて、
スーツの左側、
(胸の部分に)
強く手を当て・・目を閉じた。




