コピ・ルアク
「なんだね、コレは?」
名刺とブラウン・ヘアーの助手、
その交互に、
いぶかしげな視線を送る・・里見。
サユリは、
色白の小顔に、
「エヘヘ笑い」を浮かべる。
・・ ・・ ・・
まるで効果なし!を 悟ると、
いさぎよくテーブルに両手をつき、
ペコリと頭を下げた。
(この二段構えの謝罪は、
ホテルのクレーム対応で効力を発揮した)
「ゴメンなさい!
余計なこととは、
承知していましたが、
亡くなった、
門脇 陽一氏 の実家まで、
足を運んで来ました。
両親とは、
それぞれ、個別に会いました。
病院で会見した父親の方は、
けんもほろろな態度で、
得るところはなかったのですが、
母親の方は違いました。
理知的・・かつ・・本能的な人でした。
警察鑑定の、
■『病死』■ に、
強い疑念を抱いていました。
いくら持病とはいえ、
息子が、
心臓発作で、
急死するのは、
どう考えても・・不自然。 得心がいかない!
死因は、
外的な要因に違いない・・と!」
探偵は、
興奮気味の助手を落ち着けるべく、
声を低く抑え、
会話のテンポを心持ち遅くした。
「鈴木くん・・サユリくん・・聞きたまえ。
母親とは、そういうものなのだよ。
ましてや、
年若い、
一人息子を失くしたとなれば、なおさらさ。
まさか・・サユリくん・・きみ・・
母親の弱った心に、
つけ込むような真似は・・しなかったろうね?」
「里見さん・・
最後まで、話を聞いて下さい!
母親の主張する、
他殺説には・・・根拠があるんですから!」
にわかに、
身を乗りだす・・南平。
里見の表情は、
みるみる・・険しいものとなった。
二人の反応圧力に、
負けじと、
サユリは、
言葉に、
「力」を込めた。
「子宮が・・疼く・・んだくそうです。
息子さんの、
無念の声が、
女性の中心部を、
キリキリ突き上げてくるんだそうです。
━○━○━
以前
息子さんが、
交通事故に遭った時にも、
まったく離れた場所に、
居たにもかかわらず・・同じように・・感じたそうです。
似たような別のエピソードを、もう一つ、彼女は語ってくれました。
━○━○━
コレって、
聞き流してイイ話でしょうかね??」
南平は、
大きく目を見開いていた。
里見は、
(半信 半疑の表情ながら)
拳を口に当て、熱い息を吐いている。
「母親からの、
調査依頼を、受けてきました。
事後承諾になったことは・・重ねてお詫びします!
契約書は、
FAXにて送信します、と伝えてあります。
里見さんも、
早急に、
母親を訪ねて下さい。
そうすれば、
クライアントの安心度も増すでしょう。
調査費用に、
糸目はつけないそうですから。
成功報酬は、
相当額 以上のものを支払う・・とのことです」
ひと呼吸おき、
メガネの角度を調整するサユリ。
「些細なデータですが・・
門脇 氏は、
『笹森マニア』でした。
実家の彼の部屋を、
覗かせてもらったんですが、
あたり一面 彼女のポスターだらけ、
汐 坊グッズも、数えきれないほどありました」
スマートフォンをスクロールさせ、
画像を呼び出す、サユリ。
「それと・・門脇氏の蔵書、
山ほどのコミックやゲームの攻略本、
アイドルの写真集、
受験参考書、
未解決事件や調査報道の本に混じって、
セリーヌの選集が、
そろっていたのは、印象的でしたね。
あちこちに棒線が引っぱってあって・・しっかり、読みこんいたようです。
あと・・もうひとつ、
父親との関係は、良くありませんでした。
本人は、
ジャーナリストになりたくて、
マスコミ関係への就職を、
志望していましたが、
家業を継ぐことを、強制された。
そこから、亀裂が生じていった。
どうも・・若者特有の、
反抗心だけでは、
片づけられない、
一段と、根の深いものがあったようです」
言い終えると。
サユリは、
出張の交通費、
宿泊代、
食費もろもろの、
領収書を、
クリアケースから出し、
里見の前に・・並べた。
「すごいよ、サユリちゃん。
助手というより、
有能な秘書だ!」
南平は、感心して言った。
里見の表情から、
疑念の翳は、漸次退いていった。
探偵は、
ブラウン・ヘアーの助手へ、
秀逸な視線を・・送り、
新しい刻みタバコをパイプに詰め、
火を入れると、
コーヒーのお代わりを、三人分 注文した。
コーヒー名は・・『コピ・ルアク』。




