石川 舞
お茶の水の古書店街に、
寄り添うように営業している、
『ハウダニット』へ、入店する探偵と助手。
ダークブラウンを基調とした店内、
穏やかな照明、
旨いコーヒーと自家製プリンは、
つかの間の安らぎを与えてくれる。
知る人ぞ知る珈琲店だ。
趣味のよいコーヒーカップに、
口をつける里見。
・・「うーむ!」・・
思わず声を上げた。
隣に腰かけている南平も、
凝ったブレンドの、
複雑にして絶妙な味わいに・・唸ってしまう。
続いてプリンを食べる。
ツルンと、のどをすべっていく感触がたまらない。
「こんにちは」
そよ風のような声とともに、
ひとりの女性が現れた。
「里見さんでいらっしゃいますよね?
初めまして・・石川 舞・・と申します」
女性は、丁寧な会釈をした。
明るい印象の笑み、
まだあどけなさを残す顔、
肩まで届く艶やかな髪、
輝くような円らな瞳、
均整のとれた身体は、
まるでゲームの美少女キャラのよう。
「ヒュー♪」
驚きの表情で、
口笛を吹く南平。
里見は、まぶしいような目で、
彼女を見ると、
向かいの席を指し示した。
「わざわざ、お呼び立てして申し訳ありません。
どうぞおかけになって下さい」
「きょうは、大学の講義が、
午前中だけでしたので、平気です。
お茶の水まで、
お越しいただいて、ありがとうございます」
「なにか注文して下さい」
メニューを渡す、里見。
舞は、
メニューを見て、
可愛らしく眉をしかめた。
「何にしようかしら?」
「ホットとプリンがお勧めですよ」と里見。
コクリとうなずく舞。
ウエイトレスに注文する里見。
運ばれてきたコーヒーの香りをかぐと、
舞は、
「あら!」と小さく叫び、
ミルクを浮かばせて、ひと口飲む。
「美味しい!」
と言い、
愛くるしい笑顔を浮かべた。
「(感受性の豊かな子だな!)」
里見も南平も、
同じ感想を持った。
「ところで・・どんなご用件でしょうか?
相馬先生から、
連絡をいただき、
『聞かれたことには、
すべて、正直に答えて下さい』
そのように、おっしゃられましたので、
できるかぎり、協力したいと思って、まいりました」
舞は、
里見の目を、まっすぐ見て言った。
「ありがとうございます。
お言葉に甘えて、単刀直入にうかがいます。
報道などで、ご存じだとは思いますが、
あなたと同じセラピーに通院していた、
門脇 陽一さんが亡くなられました。
その日の晩・・
あなた・・
相馬セラピーで、カウンセリングを受けていましたよね」
「はい。
午後七時から九時までの二時間の予定でしたが、
予定されていた時間が、
ずれこんで七時半から九時半まででした」
「時間が・・ずれこんだ?」
「相馬先生は、熱心な方ですから、
時間オーバーなんて珍しいことではありません。
私にしたって、
二時間の予定が二十分、
時には、
三十分オーバーなんてこともあります」
「ふむ。
遅い時間帯に、
二時間のカウンセリング?」
「わたしは、
いつも・・『二時間コース』・・です。
隔週の割合で」
「ところで・・
その日の午後八時半ごろ、
相馬先生は、席を、はずしましたか?」
「ええ。
二時間コースの場合、
十分程度のインターバルを置くんです。
さすがに、集中が続きませんので」
「なるほど。
インターバルの時間を除けば、
相馬先生は、
あなたと、二階のカウンセリングルームにいた」
「もちろんです」
当たり前だと言わんばかりに笑う、舞。
「さしつかえのない程度で結構ですから、
カウンセリングの内容を、きかせて下さいませんか?」
舞はうなずいた。
事実を、なるべく、正確に伝えようと、
少し考える間を置いてから、
話をはじめた。
「まずは、ウォーミングアップ。
ミルクのたっぷりと入った、
ハーブティーを飲みながらの世間話から、
セッションは・・始まります。
先生特有の雰囲気、
そして、ユーモアを巧みに織り込まれる、
お話しぶりに、
心の緊張も、徐々にほどけてまいります。
ウォーミングアップが済んだところで、
室内の照明は、
30パーセント程度に落とされます。
同時に、
アルファー波を誘発する音楽が流され、
アロマの素敵な匂いが漂い、
香りのヴェールに包まれます。
そして┃『舞ドール』┃という、
15センチくらいの、
木製の人形が、用意されます。
私は、お人形を見ながら、
心の準備を整え、
深い、内的集中に、取りかかります。
先生が、
頃合いを見はからって、
キーワードを、おっしゃいます」
「キーワード?」
「わたし(石川 舞)が、
お人形になるための、
暗示の言葉・・一種のおまじないです」
「ほう、面白いですね」
「━ 『舞ドール、舞ドール、
あなたは舞ドールになります』 ━
私は、お人形(舞ドール)に、乗り移るのです」
・・ひと息つく、舞。
「人形を介して、
カウンセリングを行う?」
「ええ。
お人形になると、
不思議と心のカベが取れて、
自由に、お話しすることができるのです。
大学生活や友人関係、
コンプレックスについてなど。
素敵でしょう?」
そう言うと、
舞は、
スマートフォンを取り出し、
スクロールして、
画像を呼び出し・・里見に見せた。
「これが、
高校一年の時の・・私です」
里見と、
ヒョイと顔を出した南平が、
画像の中の舞を・・見る。
セーラー服姿の、
彼女の表情は暗く、
生気が感じられない。
同一人物とは、
ちょっと・・思えない。
「クスクス。
いまの私と全然違うでしょう?
相馬先生のおかげで、
人生に立ち向かう勇気を持つことができました。
名カウンセラーとの出会いに、
・・心から感謝しています!」
「なるほど」
里見は、
深く息をついた。
スイーツに手を付けていない、
舞に、
南平は言う。
「プリンは食べたほうがいいですよ。
食感・味ともに、ベリーベリーですから」
スプーンで、すくい上げて、
プリンを、
口に運ぼうとした舞は、
・・顔をシカめた。
「どうかされました?」と南平。
「ゴメンなさい・・
奥歯が、痛みますもので」
舞は、
両手で、
左右の頬の下部を、揉みほぐした。
「虫歯は、
早いうちに治しとかないと、
のちのち苦労しますよ」
言うや否や、
南平は、
彼女のプリンを、
嬉しそうに、
手元に引き寄せ、パクつき始めた。
そのようすを見て、
舞は、クスクス笑った。




