相馬セラピーⅡ
「それでは・・
門脇さんの件に話を移しましょうか。
彼は亡くなった当日、
この『相馬セラピー』で、
カウンセリングを受けていますよね」
「ええ。
その日は 『一時間コース』 でした。
隔週に一回の割合で、
かれこれ一年になります」
相馬医師はPCを開き、カルテを見た。
「門脇さんと、
生前最後に会われたのが、
おそらく・・相馬先生になると思われるのですが、
そのときに、
なにか・・変わったようすはありませんでしたか?」
「そうですね、
門脇さんは、気分の波の激しいタイプで、
カウンセリングの時には、
いつもと違い、
落ち着きがなく、変にイラついていました。
心配になって、
当日の夜に、電話を入れたくらいですから」
里見の目が鈍く光った。
「それは、何時ごろでしたかね」
「えーと、ちょっと待って下さい」
スマートフォンの履歴を見る。
「午後八時半過ぎでした」
「死亡時刻に近いですね。
その時の、
門脇さんの様子はどんなものでしたか?」
「落ち着きを取り戻していました。
声に安定感がありましたから」
「なぜ・・先生は、
わざわざ・・その時間に・・
電話を入れたのでしょう?」
「申し上げた通り、
カウンセリングの効果が、
芳しくないように・・思えたから。
繊細なのですよ、彼は。
当日も、
なにか、
不愉快なことに、
遭遇したのでしょう、
精神状態に乱れがありました。
一般人なら、
振り払えてしまうような、
些細なストレスが、
滓のように沈殿してしまうのですな。
私の在勤していた、
大学病院へ行って、
安定剤を処方もらうことをすすめるためにです」
「それに対する、
門脇さんの反応は、いかがでしたか?」
「穏やかでした。
私の提案を、
検討してみると言ってくれたので、
安心して電話を終えました」
「直後に、
死を誘発した発作が、
彼を襲っています。
通話中に、
そのような兆候はありませんでしたか?」
「持病の発作のことは、
私も、
カウンセリングの際に聞いて、知っておりました。
しかし、電話の最中に、そんな気配はなかったですね」
「そうですか。
こちらのセラピーへ通院していたという事は、
当然・・なにかしら、
『心』に問題を抱えていたはずですが・・
参考になるような、お話はありませんか?」
「対人関係、
大学受験のこと、
家のこと、
将来への不安など様々ありました。
なにしろ、
地方の、
相当大きな個人病院の、一人息子でしたから」
「そこのところを、
もう少し詳しく、
おっしやっていただけると、ありがたいのですが」
里見の穿つような質問に対し、
相馬医師は、
身辺にダンと壁をしつらえ、
眼光を鋭くした。
・・射すくめられた里見!・・
「申し訳ありませんが、
クライアントに対する、
守秘義務がありますので。
これ以上、
個人情報に踏み込むのは、
ご遠慮願いたい」
会話はピタリと止んだ。
ハーブティーを飲み、
室内を見回す、里見。
◆『催眠療法』
◆『セラピーにおける新たな挑戦』
◆『カウンセリングの未来』
◆『セラピストの心得』
◆『自己催眠について語ろう』
本棚には、
相馬医師の著書が、並んでいた。
気を取り直して、
質問を再開する、里見。
「死亡当日の、
午後八時半ごろ・・
門脇さんに電話をしたあと、
先生は、
ご帰宅されれたのですか?」
「とんでもない!
次のクライアントのセラピーの最中でした。
門脇氏には、
休憩時間に電話を入れたのです。
それからすぐに、セラピーを再開しました」
「そのクライアントとは、
門脇さんの、次の順番の方?」
「その通りです。
その日、最後のクライアントでした」
「その方の、お名前をうかがうのも、
個人情報に抵触するのでしょうね?」
「里見さん・・
私の目に狂いがなければ、
あなたは敏腕だ。
証言の裏を取らなければ、納得しないでしょう。
教えましょう。
ただし・・
クライアントに少しでも迷惑がかかれば、
当院の顧問弁護士が、黙っていません。
・・お忘れなく」
車を走らせ、
ファミリーレストランに入り、
軽めのランチをとる探偵と助手。
里見の指示で、
南平は、ある人物とアポを取るべく、
スマートフォンを発信させる。
里見のスマートフォンには、
サユリからのメールが入っていた。
開いて読む。
「ほーう」
感心したようにうなずくと、
すぐにリターンを送った。
南平の方も、
スマートフォンを切って「OK」のシグナルを出した。




