思惑
「ざっくばらんに言わせてもらおう。
ひと月後 に迫った、
スペシャルウイークに、
笹森 汐の、
出馬を乞いにやってきた。
これが本当の理由だ。
・・受けてくれるかい?」
汐の表情は、
怒りから (モメント) 平常へと、
切り替わった。
「黒いアイドル、
使う気、あるワケ?」
こういう、
打てば響くユーモアがたまらない。
嬉しくなってしまう・・乙骨P。
やはり、
『DJアイドル 』の名に値するのは・・ただ一人だ。
「使う気、大ありだ。
汐 坊のナマの声を、
独占放送という形で、
リスナーに届けたい。
いま、もっともホットな話題、
事件や生い立ちを、スルーすることは許されない!
お前さんに、
その勇気と覚悟があるか・・確かめに来た」
「モチよ・・モチ!
ここまで来たら、
隠すより ━ 晒せ!でしょう。
決して野暮に堕とすことなく」
乙骨はバッグを開き、
分厚い紙の束を、
いくつも取り出して、
汐の前に重ねた。
「リスナーからのメールと手紙だ。
読めば、少しは元気づけられるだろう。
それとだ・・
正直に打ち明けておくと、
お前さんのピンチヒッターは、
善戦はしたが・・
好評には・・・ほど遠かった。
続けてプッシュしてゆけば、
現状を、
打破できるレヴェルに、
彼女は・・残念ながら(まだ)ない。
抗議の電話や、メールが殺到しやがって、
こちとら・・対応に・・大わらわさ」
うつむきかげんで、
Pの話を、
神妙に、聞いていた汐。
そんな・・
元祖DJアイドルの表情には、
回復された自尊心が、クッキリと刻み込まれていた。
それを見た乙骨Pは、身体を、ブルッと震わせた。
Pの背筋に、
毛虫冷気が、
あらぬ速度でズリズリ急上昇したからである。
タレントの持つ・・
●「業の毒気」●
・・そいつに、至近距離で、触れたせいだ。
やはり・・
常人とは違う人種なのだ!
・・汐坊は。
「(しばし絶句した後)
・・汐 坊よ!
ピンチはチャンスのバネになりうる。
もし、お前さんの力が、本物なら、
悪しき壁は崩壊し、
良き方向へと突き抜けるだろう。
考えてもみろ!
黒い報道以前なら、
不可能だった、
『生ドラマ』のリハーサルが、
存分にできる環境が、
自然発生的に、
整備されたんだ。
ラッキーと受け取って、なにが悪い?
ラジオドラマを、
ライブでオンエアするのは、オレの悲願でもあるのだ」
不安顔の・・汐。
「ほんとうに、差し障りはないの?
事務所から、
謹慎処分を受けてる身よ・・いまの私は!」
「その点なら、問題ない。
ラジオ局は無論のこと、
事務所の許可も、
すでに取りつけ済みだ。
社長も、
左近マネージャーも、喜んでおられた」
「うーん・・
私のほうは、
願ったり叶ったりだけど。
世間の風向きは、
冠に、
超の付く逆風。
乙骨さんの将来が心配よ。
いい大学を出ているんだし、
出世の道が、
閉ざされることに・・なりは・・しないかと」
乙骨の表情が、
珍しく、柔和になった。
「大人の配慮を、ありがとよ。
出会って間もないころ、
そんな・・お前さんの、
自己中心ではないところが、
タレントとしての、
欠点かもしれん・・
そう思っていた。
しかし、
内界には情熱の塊のような、
別人格の・・笹森 汐・・存在している。
ビックリ人間も・・極まれりだ!
面と向かって褒めるのは、
オレの流儀に反するけどな。
類の少ない『個性』と『才能』だ。
守ってやりたいよ!」
そう言うと、
柔和なPの表情を突き破って、
シリアスな別の貌が現出した!
周囲の空気が電気を帯びる。
乙骨は、
汐の華奢な両肩を、
ガシッ!とつかみ、
力づくで、
ムズがる彼女を、
ギリギリまで、
自分の方へ引き寄せた。
そして、
解読不能な、
複雑な感情が交錯する笑いを、
その貌に浮かび上がらせた。
「同時に・・
もう一人のオレが・・こう囁くのさ・・
番組に、
渦中の、
タレントが、
独占という形で出れば、
ただでさえ高い数字(聴取率)は、
さらにハネ上がる。
なんだかんだ言ったって、
この世界は、
数字で成り立っている。
リスクを負って、
なお、お釣りがくるって寸法だ。
たとえ・・お前に・・
武運がなく、潰れたとしても、
局内でのオレの立場は盤石だ。
コレが・・
組織の犬の処世だ!
覚えとけ!!」
Pのサングラス顔を、
どアップでみつめたまま、
汐は、
巨きく目を見開いて、
・・コクンと・・うなずいた。




