汐、タンカを切る!
来客は、
乙骨プロデューサーであった。
Pは、
右手で、
ケーキの箱をスッと差しだした。
(左腕にはバッグを抱えていた )
ルームサービスで、
紅茶を二つ取り、ケーキを食べる。
「(美味なり!)」
汐の味覚が声を上げた。
さすがは、行列のできる、
人気店だけのことはある。
乙骨は、
ケーキには手をつけず、紅茶をすすった。
黙々と、
ケーキをパクついている汐を見ていると、
なにやら、胸が痛んだ。
「・・承知だとは思うが、
先週の『哉カナ』は、ピンチヒッターに出演してもらった。
汐 坊の印象が、
あまりにも強い番組なので、
心配だったが、
リスナーの反応は・・そこそこだった。
ホッ!としたぜ」
「うん。
オープニングから、ラストまで聴いたけど、悪くなかったよ(もぐもぐ)。
アドリブきくよね、彼女。
まだ、オリジナリティーには欠けるけど、
陰の努力は、うかがえる。
難を言えば・・
ドラマの出来がイマイチだったかな」
汐は、
直視してくる乙骨の、
サングラス奥の視線を微妙にハズしながら、
最後の部分は、声を、やや強めて言った。
「今週も番組は、
彼女を立てて、オンエアする」
「そう・・
乙骨さん流に、
しつこく押していけば、
いずれリスナーから、
笹森 汐の残像は、消え去り。
二代目DJを、
受け入れる日も来ると 思うよ。
彼女は、
同じ事務所の同期なのね。
オーディションで、
準グランプリまで取ったのに、
今まで、なぜか、泣かず飛ばずで、
チャンスをつかめずに来ていたから。
私のドラマや映画でも、
脇で、
盛り立ててくれていたし。
・・祝福したい気分なんだ」
━ (汐は唇を強く噛んだ!)
いまにして思えば・・
私が、
DJや演技をしているときに、
彼女は、
喰らいつきそうな目で、見ていた!
━ さりげない形で、
私に、
演技のカンどころともいえる、
微妙な感覚を、
ファンのような無邪気さを装って、
・・質問してきた!
━ 気前よく、
答えていた私って、
なんと、おめでたい、お人善しなんだろう!
━ いつかは・・自分も!
と・・!
念じていたのだ、彼女は!
━ 背中を見せれば、刺される!
━ これが、プロフェッショナルの世界!!
「ふふん!
殊勝な心がけだな。
今日はなぁ、
頼みごとがあって、ここまで来た。
じつは・・汐 坊に、
番組アドバイザーとして、
裏方で、
ご協力 願えないかと、考えたからだ。
『哉カナ』の立ち上げから、
蓄積してきた、
お前さんの知識や、
経験を生かさない手はないだろう。
表だって名前は出せんが、ギャラは出せる。
スタッフのみんなも、
汐坊がいれば、士気は上がる。
どうだ? やってくれるか?」
「はあああぁあ?」 「番組アドバイザー?」 「裏方ァああ?」
食べかけのケーキを、
汐は、
力いっぱい、投げつけた!
乙骨プロデューサーの顔面にヒット!した。
「この・・ガキ!!」 「なにしやがる!!」
「黙れェ、乙骨!
ふざけるンじゃねえゾ!
この・・笹森 汐!
腐っても・・主演女優だい!
畑違いの、裏方なんか、
おっかしくて、やれるかっ!
ことわっておくけどなァ、
『哉カナ』の裏方さんには、リスペクト満載!
重量オーバーだい!
番組アドバイザーだ?
名前は出せない?
コンチクショウめ!
バカも休み休み言いやがれ!
おっかしくって、涙が出らァ!
とっとと、失せろ! 唐変木!
おととい来やがれてンだ!
組織の犬が・・ペッ!!」
目から火を噴き、
ツバを吐き、
タンカを切った、汐の姉御。
乙骨は、
両手で顔を押さえて、
ガトリング銃のような笑いを、連射させた。
笑いの銃弾が、
広い部屋の、そこかしこに、鋭い角度でブチ当たる。
笑いながら、
ラジオ局での初顔合わせのときの、
ひよっ子タレントの姿を、想い出していた。
━○━○━
まだ無名だった彼女の、
おデコを、
力を込めて、小突いた。
グイっと押し返してきたときの、
ひよっ子の、
瞬発力と眼力には、感心させられた。
芸能界に限らず、
厳しいプロ(実力)の世界で、
抜きん出てゆくためには、
才能やセンスはむろん重要アイテムである。
しかし・・
最終的に、
明暗を分かつポイントは、
そのヒトが本来持つ、
『底の力』=『生命力』
に・・帰結するようだ。
不断の努力や、
光る素質など、
あざ笑うように蹴散らしてしまう、
『底の力』 即ち『人間力』
この・・根源的な力を、
くちばしの黄色いひょっ子の内に・・瞬間・・垣間見たのだ。
━○━○━
「いやあ、スマン、スマン!」
サングラスをはずした乙骨Pは、
バスタオルで顔を拭い、
いまだ止まらぬ笑いに、
頑丈な身体を、揺さぶり続けている。
「悪かった!
アドバイザーの件は冗談だ、
忘れてくれ!
すっかり、萎れているのかと思ったら、
熱いマグマは、
どうやら、健在らしい。
安心したぜ・・汐坊」
「プン!(`Д´●)プン!」
「まあまあ、そう怒るな!」




