謹慎処分
謹慎中の汐は、
スマートフォンに目を凝らし・・ため息をついた。
睡眠時間も取れなかった、
多忙なスケジュールは、激変してしまっていた。
予定の仕事は、
キャンセルに次ぐキャンセルで、
スケジュール表は・・真っ白け!
スゴロクの・・振り出し・・戻り。
あの報道以来、
ホテルに缶詰め。
軟禁 状態であった。
スイートルームでの謹慎は・・退屈でしょうがない。
━ (汐に対する、
事務所のあつかいは、未だ『特A』ランク) ━
ルームサービスの食事は、美味しくはあるけれど・・味気ない。
非日常感が勝り、
お母さんの こしらてくれるような、
素朴だけれど、
心身のリラックスを呼び覚ます、滋味に欠けている。
母親のいるマンションへ、帰りたかった。
しかし、戻れば、
取材陣に、
もみくちゃにされるのは、目に見えている。
マネージャーの話によれば、
マンション周辺は、
マスコミ関係者が、
多数、張り込んでいるそうだ。
タイクツをしのごうと、
テレビに目をやっても、
映像が・・素通りしていってしまう。
頭のしかるべきところで、
情報がキャッチされない。
あと・・
これは・・
仕方のないかもしれないけれど・・
ひんぱんに流れていた、
自分の出演CMが、
ウソのように・・キレイさっぱり・・無くなっていた。
ショックだった!
言葉にならない寂しさを・・覚えた。
CMの中の自分を見るのは、
照れくさい半面、
嬉しくもあり、誇らしくもあった。
電波を通じて、
さまざまな人たちと、つながっている。
そんな実感を持てていた。
しかし、
今は・・なにもない。
━<失う>━ って、こういうことなんだ。
お母さんが作った、
手料理を食べたいな。
振り返ってみれば・・
幼いころから、
汐が、
困難に直面している状況で、
母親が手を差しのべてくれた、という記憶は・・ほとんどない。
ことごとく・・突き放された。
ふだんは優しい母だけに、
鬼に思えた。
母の教育方針は、
一貫していて・・現在も変わらない。
『自分でまいたタネは、自分で刈り取りなさい!』
そのような内容のメールが、
わずか一通、届いただけだ。
冷たい仕打ちだとは思わない。
反対に、
なんて強い人なんだろうと、あらためて尊敬してしまう。
そのおかげで・・
幼いころから・・
困難に直面すると・・
自分で頭をヒネり・・
打開策を生み出す・・
『マイセルフ』の種子が植えつけられ・・発芽した。
(それに・・水をやり・・養分を与え、
育んでくれたのは・・もちろん・・左近マネージャー)
自分が母親になった未来に、
同じことはできないだろうなァ・・とも思う。
愛情と信念の混然一体。
それにしても・・
世の中には、
風向きしだいで、
態度を変える人が・・いかに多いことか。
あれほど頻繁にメールをくれた冴子が、
ホテルの事件を境に、ピタッとよこさなくなった。
『頑張りィや、汐坊!』
これが最後のメールだった。
こちらから、何度かメールしたけれど、
〈 ノー リターン! 〉
不安になって、
冴子の勤務先のホテルへ、
連絡を入れてみたら、
長期休暇を取って、実家に帰ってしまっているそうだ。
冴子を、
数少ない理解者だと思っていただけに、
失望は・・小さくない。
拘留中の、
涼にいちゃんの落胆は・・いかばかりだったろう。
察して余りある。
「(人気が下降した時にこそ、
信頼できる人間は、自然と視えてくるよ)」
ときおり、
母親の口にしていた言葉が、意識の片隅で、反芻される。
下積み時代があるとはいえ、
ある時点から、
あまりにも順調に、
キャリアを重ねて来てしまった反動かもしれない。
放送延期が決定した
『お手伝いさんは見た!PART4』の、
老監督から、
筆書の長い手紙が届いた。
汐の才能を褒めたたえ、
自分を見失わないようにすべし。
世間の声など気にするべからず。
ほとぼりなどすぐ冷める・・云々。
「お嬢ちゃん、
また一緒に仕事をいたしましょう。敬具」
素直に嬉しかった!
少なくとも、一人以上は、
味方がいたわけだ。
報道以降も変わらずに、
律儀にメールをくれる人もいた。
・・南平だ。
里見 恭平という、
腕の立ちそうな探偵を、
推薦してくれたのも・・南平だった。
汐のもとへ、
足を運んでくれた、
里見との会見は・・好感触。
即決で雇うことに決め、
契約を交わした。
南平のメールによれば、
サユリと共に、
里見の助手として、働いているとか。
・・なんだか、ほほえましい。
鈴木サユリという女子大生は、記憶にあった。
『設楽』の喫茶室で催された、
歓迎会の時に、
端の方の席で、
静かに・・
しかし、熱心に・・
観察の触角を、私(汐)に向けて、蠢かせていたっけ。
ちょっぴり、普通とは、違ったタイプだった。
里見から、
メールで上がってくる報告書に、
目を通すけれど・・進展はなし。
着手金は、支払い済み。
必要経費は、
10日ごとに、
探偵の口座へ、振り込む契約が結ばれていた。
メールに添付されていた、
画像の請求書をチェックする。
DVD二枚・・(タイトル不明)・・の、
法外なレンタル料が、
計上されていたものの・・
それは、即座に却下した。
経費の使い方に、
浪費の傾向が見られたので、
メールを入れ・・やんわり キビシく・・注意した。
贅肉をキレイに取り除いてから、
経費を、ネットバンキングで振り込んだ。
ちょっと前とは違い、
現在は失業 同然の身。
いくら、
涼にいちゃんのためとはいえ、
切り詰められるところは・・切り詰めないと。
内線電話が鳴った。
受話器を取る。
「・・はい・・そうです。
ええ・・・大丈夫です、
部屋へ、通して下さい」
上着をはおると、
汐は、
身だしなみを整え、来客を待った。
ドコン!ドコン!
(ノックの音)
ノック圧が、並ではない。
ドアを開ける。
来客は開口一番、
強いブレスで言い放った。
「いよー、黒いアイドル。
元気に、してるかね?」




