取調室パートⅡ
すっくと、
立ち上あがる・・涼。
カタン!!
音を立てて、椅子が、倒れた。
待まってましたとばかりに、身構える刑事!
証言を記録していた刑事も、
即座に警戒棒を持ち、サポート体勢を取った!
一 瞬 の 間。
容疑者の、
涼が、
こわばった口を開いた、
「すんません、
水を、
一杯ください!」
拍子抜けした表情の・・刑事二名。
警戒棒を持った刑事(記録係)の腕が、
だらんと垂れた。
「チッ!」
取り調べ担当の刑事の方は、
苦々しい表情で、舌打ちした。
涼は、
プラスチックのコップに注がれた水を、飲む。
(ふーっ、危ない、危ない!)
(あやうく刑事の術中に、嵌ってしまうところだった!)
左側の耳たぶを撫でながら、
感謝を込め、
心の中でつぶやいた。
(礼をいうぜ・・バディ!)
自分自身を押さえきれなくなり、
立ち上がった刹那・・
その部分が ┃強く┃ 疼いたのだ。
すると、
或るイメージが湧き出し、
怒りの荒波が、嘘のように引いた。
土壇場で冷静さを取り戻せた。
かつて見たことのない、
『統一 ブルー』のイメージ。
それが・・
眼前に現出したのだ。
━「ふふふ、ガラスの靴を壊した罰よ。バディ!」━
昼休みをはさんで、
取り調べが再開された。
刑事は、同じような、
音 戦法を使い、
神経のかく乱をはかってきたが、なんとか耐えた。
イラつかせる、音。
強引に、
しかし・・
薄氷を踏むようにして、
精神を集中し、
涼は、
聴覚の指向を、
ズリズリっと別方向へとシフトさせた。
警察側は、
「葉巻用ナイフ」以外の、
どんな証拠を握っているというのだろう?
ホームグランドで、
憎らしいほど自信ありげな口調。
平気で人を呼び捨てにする傲慢さ。
威圧的な態度。
こちとら、すべてお見通しなんだぞ視線。
なんともイヤーな感じ。
重圧と屈辱の・・お代わり自由。
そして、
リズムをはずした音や鼻歌と、来たもんだ!
まったく、針山の上に、座らされている気分だぜ。
だが・・しかし・・
刑事の態度の底に、
微妙な いらだち が見られるのも・・否定できない。
それは、
涼を 「完落ち」 させられない、
いらだちとは、
性質を異にするものだ。
刺殺事件が、
変な方向へこじれ、
複雑な様相を呈してきているのだろうか?
オレの知らない間に、
新しい事態が、どのように起こり、
それが、どう展開しているのだろう?
弁護士にたずねても、
「惑わず、いまの姿勢を、
堅持して下さい」
言葉 少なであった。
担当弁護士の真摯な表情を、
前にすると、
質問を重ねることは・・ためらわれる。
情報を与えてしまうことによって、
余計な先入観が形成されるのを、
防ぐのが目的なのは、理解できた。
それは、取りも直さず、
弁護士が、
涼の持つ意志力を、
信じてくれているものであると、
(一抹の不安を覚えながらも)
受け止めた。
弁護士とは、
依頼人が、
たとえ・・
有罪の可能性を秘めていようと、
弁護しなければならない(因果含みな)職業なのだ。
それにしても、
取り調べというやつは、
かなり神経に堪える。
息苦しい時間の連続で、窒息しそうだ。
夜は・・
なかなか眠りにつけず・・
自由という言葉の持つ意味を考えてしまうのだ。
「真の自由」などという、
哲学領域に属する問題ではなく、
ごく、ごく、
一般的な意味での自由。
仕事を持ち、
住むべき場所があり、
限定されているけれど、好きなことができる。
当たりまえの日常 生活の営みが、
どんなに素晴らしく尊いものか。
失なってみないと・・分からない!
『自由』という言葉の持つ概念は、
なんと 奥深い のだろう。
釈放された暁きには、
もっと、
思考を掘り下げて、生きなければならない。
しかし・・
意識の浅いところでは、
俗っぽい願望が、
顕在化を求めて・・とぐろを巻いていた。
「音楽を聴きたい!」
「映画が見たい!」
「街歩きしたい!」
「穴の開くほど、新聞を読みたい!」
「自転車に乗って、あちこち走り回りたい!」
「コンビニへ入って、店内を・・ただ、ただ、ぶらぶらしたい!」
「蕎麦をつまみに、ゆったり、日本酒をやりたい!」
「きまぐれに、立ち寄った喫茶店で、コーヒーを飲みたい!」
「汐坊のラジオ番組を聴きたい!」
「冴子の白くて温かい柔肌に触れたい!」
なんでもいい!
拘束を解いてくれ!
顔面蒼白となった、
助監督が、
激しく息を切らして、
監督のもとに、駆け寄ってきた。
地べたに、ガクンと、膝をついて。
「ダメです。
ホテルの部屋に閉じこもったきり、
出てこようとしません!」
監督は、いぶかしげな顔を向けた、
短くなったタバコの先から、
新たに取り出したもう一本に、火を移した。
「どうしたというんじゃね?
クランクアップも、間近だというのに。
セッティングは、
もう、すでに、整っておる。
お嬢ちゃんの大好きな、
見せ場のシーンじゃよ。
ついに、
犯人の奸計が、実行される。
大量の鳥が・・
雪山の別荘を、
一斉襲撃するという、
猟奇殺人シーンの撮影じゃ。
一大クライマックス場面なのじゃよ!
CGじゃない。
訓練された、
本物の鳥の大群が襲いかかるのだ。
テレビ史に残るような映像なるかもしれんのに。
お嬢ちゃんも、
『視聴率20%の大台突破だ!』と言って、
・・あれほど乗り気でおったじゃろう!」
━○━○━
撮影初日。
例によって監督は、
主演女優の協力を仰ぎに、
わざわざ、ホテルの部屋までたずねて来てくれた。
恐縮する汐を前に、
差し向かいに、
腰を落ち着けた監督は、
ポケットから、
ワンカップの日本酒を取り出すと、
ゆび出し手袋からのぞく、
節くれだった指で、
手書きの絵コンテと、
その下側には、
細か過ぎる書き込みのしてある脚本を開き、
平凡な殺人シーンを、
スペクタクルに一変させてしまいたいと、
ボソボソとした口調で語った。
そのために、
着々と準備してきた計画を、
主演女優に、開陳した。
話の内容に、
目を輝かせる・・汐。
(けれども・・)
(そのシーンを成立させるには)
(予算が足りないのでは?)
そう疑問を投げかけると・・
老監督は、目じりを下げ、
祖父のような笑い顔を見せ、
『旧知のスポンサーからタイアップを取りつけてね、
不足分のお金は、
どうにか、捻出できそうなんじゃよ』
そう言ってワンカップをかたむけ、
タバコの煙を、ゆったり吐きだし、親指を立てた。
『ワシとお譲ちゃんが、
手を結べば、できないことはない・・違うかね?』
この人、
根っからの活動屋なんだ!
汐は、
なにやら嬉しくなって、
小さな親指をクイっと立てた。
こうして、
四たび、
共犯関係が成立!
━○━○━
「それが・・ひどく、
感情を乱しているようすで、
部屋の備品を、
破壊する音が聞こえたあとは、
ずっと、黙りこくったままで、
ノックしても、まったく、反応がありません!」
「わからんのう?
あの、プロ意識の強い子が・・」
「現在、
マネージャー氏が、
ドア越しから、
鋭意説得中であります」




