兆(きざ)し!
デビュー二年目を迎えた汐は、
高校進学を ぶじ果たし、
仕事の方も、
まずまず順調にいっていた。
売れっ子には ほど遠かったが、
「アニメ」と「ゲーム」のアテレコや、
「海外ドラマ」のアフレコを中心に、
(レギュラーはなく 主にゲスト出演)活動していた。
その他に・・
ナレーターや深夜ドラマのチョイ役、
セル専用DVDへの出演、
TV通販の仕事などを、いい感じでこなしていた。
━○━○━
『埋蔵金を探せ!』という、
ドキュメンタリータッチのDVDの仕事は、
大変だったけれど面白かった。
その世界では名の通った《全盲の女性霊能者》や、
《埋蔵金探しのプロフェッショナル(初老の男性》とで、
トライアングルのチームを組んで、
埋蔵金伝説を検証してゆくのだ。
汐の役どころは、
素人代表という名の・・狂言まわし。
「この場所に埋まっている可能性は、高い!」と
霊能者と埋蔵金探しのプロの意見が、
一致したところで終了。
汐の・・
続編へ期待を持たせる、
余韻のあるシメのセリフでエンディング。
この仕事は・・
一週間の強行軍であったけれど、
汐の好奇心をいたく刺激した。
居酒屋での打ち上げの席において、
「埋蔵金探しのプロ」と「霊能者」、
ご両人の、
酒グセの悪さには閉口させられた。
(前者は・・怒り上戸!)
(後者ときたら・・とんでもない泣き上戸!)
雰囲気は最悪の一歩手前。
泥沼宴会の様相を呈してきていた。
ちょうど、
二人の間の席順であった、
汐は、
急きょ・・
調整役に回ることに相成り、
なんとか「場」を取りつくろった。
宴会は和やかなものへ、
方向転換していった。
彼女の、
この、
フレキシブルな対応は、
その場にいた・・
さわらぬ神に祟りなし!と、
対岸の火事視線に、
終始していたスタッフやディレクターに、
感銘を与えることになった。
(もう一度・・あの笹森って子と仕事をしてみたい!)
という思いを強くさせたのだ。
DVDは、
小ヒットを飛ばし利益を上げた。
続編のオファーも届いた。
━○━○━
ベテランの声優さんから、
━「汐坊」━と、
親しげに、
読んでもらえるようになっていたし、
同期とも、
交流を持ち、
ラインのやり取りや、お茶をしたりしていた。
安定感のある仕事ぶりで、
大卒新入社員なみの、
収入を得るまでになっていた。
足長おじさんの、
フリーメール・アドレスにアクセスして、
仕送りはストップしてもらった。
汐の方から、
仮名さん(?)名義の口座へ、
毎月、
返済のお金を振り込んでいた。
ATMが・・
楽しい気分を、
呼び起こす場所へと変化を遂げた。
アテレコの仕事が、
予定より、
早く終了した、
ある日のこと。
甘味処で、
クリームみつ豆を食べながら、
タレ目の左近マネージャーと、
打ち合わせをしていた汐は、
モジモジしながら・・自分の考えを・・口にしてみた。
「ねえ・・左近さん。
ラジオのディスク・ジョッキーにチャレンジする、
というのはどうかなァ?
そういう、
お仕事取ってこれない?」
「?・?・?・?・?」
左近マネのスプーンの動きが止まった。
表情は、
一瞬、
珍妙な空白となった。
タレた目じりが、さらにタレた。
ラジオ イコール 時代遅れ、
という認識は否めなかったからだ。
ネット世代の若者には、
ラジオを聴いたことのない者すらいるのである。
そんな、ご時世に、
わざわざ旧いメディアに進出して、どうしようというのか?
文化人ならともかく、
若年層をターゲットとする汐に、
ラジオは、
限りなくゼロメリットである。
持ち歌もヒットしていない!
CS放送やインターネット、
セル専用のDVDなど、
別のメディアに、
活路を見いだすべきだろう。
左近マネは、
「汐坊」と、
優しく話しかけ、
噛み砕いて諭すように説明した。
汐は・・想う。
なるほど。
なるほど。
左近さんの言うことは、ごもっともで、
反論の余地はない。
タレント二年生の私に、
プロデューサー的な、
業界戦略などなければ、
筋の通ったプレゼンもできない。
それでも、
汐は、
とつとつと、
言葉を紡いでいった。
━○━○━
話は、
ビジネスホテル『設楽』に、
滞在する以前へとさかのぼる。
汐の母親は、
大のラジオ好きで
おでんの屋台の仕事中や、
仕込みのときには、
必ずと言っていいくらい聴いていた。
仕込みの手伝いをする、
汐も、
お付き合いを余儀なくされた。
あまり、
興味の持てなかった、
ラジオという世界の扉を、
開いてくれたのが・・・
日曜の午後に放送されていた、
ワイド番組であった。
なにげなく耳を傾けているうちに・・ヤメられなくなった。
リスナーの、
【記憶の穴を埋めていくコーナー】が、
とくにお気に入りで、
ワクワクしながら、
耳を、そばだてるように聴いたものだ。
ラジオって面白い!
━○━○━
このときの汐の感動が、
時間をかけて、
発酵され、
醸成され、
彼女の内部で、
明確ではないけれど・・
形を取りつつあったのだ。
構成の練られた番組で、
一過性ではない、
密度の濃い時間をリスナーと共有する。
そんな・・
ラジオ番組は・・
できないものだろうか?
世間知らずの娘が、
思い描く夢?
空想?
理想?
∴そうとばかりもいえない∴
∴よくわからないけど∴
∴なにか∴
∴そう・・∴
∴理屈じゃないの∴
∴ただ・・∴
∴感じるの∴
∴わ・た・し!∴
∴未来へ・・∴
∴通じる道・・∴
∴うっすらと・視える・みたいな!!∴
汐の目に光が射し、
語り口は熱を帯び、
加速していった。
ありったけの思いを、
あますことなく、
左近マネージャーにぶっつけた。
デビュー以来、
初めてのことだった。