女優魂
乙骨Pは、雪空の下、
タクシーで東京へ、とんぼ返り。
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今朝がた、
聖林プロダクションの弁護士から、
内容 証明 郵便が届いた。
最後通告・「事務所の決定」・を突きつけて来たのだ。
当事務所所属タレント、
笹森 汐の、
体調維持並び管理のため、
無謀な企画を撤回しない限り、
ラジオ番組の出演を本年 十月いっぱいで、
見合わせることを決定した旨を通告する。
違約金は契約書通り、全額支払われる云々・・という内容である。
聖林プロは、本気のようだ。
ラジオから撤退するのも辞さない腹づもり らしい。
アジア進出に向けての会社の方針転換か。
・・(聖林プロの社長の思惑が透けて視えやがる)。
・・交渉の余地は最早ないようだ。
それで、あわててポルシェをぶっ飛ばして、
汐のロケ現場までやってきたのだ。
汐 本人に、
抜きがたい感情のしこりや、
拒絶反応があるのなら、
もはや、諦めるより仕方のないこと。
オレもあれこれ言い過ぎたきらいはある。
失敗したタレントのツテを、
彼女には絶対踏んで欲しくないゆえ、である。
しかし、言われる方はウザったかったろう・・(反省しなければ)
女優の ━ 汐坊の、
潜在力の上乗せを、
望めない限り、
生ドラマの成功なんぞ、ありえない。
あの子の、
先ほどの良性な反応から察するに、
汐坊は、
たぶん、
脚本を読んだに違いない。
脚本の勘どころ ━ 可能性を、
直感で、見抜いたに違いない。
自身の技量で・・
さらに豊かに、
そして高みに、
ドラマを持っていけると、
判断したのだろう。
多数の公募の中から、
厳選したダイヤモンドの原石を、
わがチームが、
全力を傾注して、カッティングをほどこしたのだ。
その・煌めきが、
あの子の・女優魂に・届かないはずはない!
汐の・・
肝の部分を、
乙骨は、
手に取るように理解できた。
当人さえ、
乗り気であれば、
前進の余地はある。
汐には、
度胸があるし、
ここぞと決めたら、
テコでも動かない、
頼もしい頑固さも、
持っていた。
映画出演のときがそうだった。
事務所に徹底抗戦した、
意志の強さには、
傍から見ていた乙骨も、
舌を巻いたほどだ。
結果・・
独立プロの企画に、
映画会社と聖林プロの資本が入り、
スゴ腕の監督が(偶然とはいえ)加わり、
映画は大ヒットを飛ばした。
生ドラマのオンエアは、
こちらが覚悟を決めれば、いいだけの話だ。
問題は、気の毒なくらい、
密度の詰まったスケジュールを、
どう、
調整してあげられるかに・かかっている。
本人の気合いや、
意志力やだけではどうにもならない。
言い出しっぺである、オレの手腕にかかっている。
汐がこなす、大量の仕事の中で、
ラジオのギャラが一等安い!
という・・
左近マネージャーの言葉は、
耳が痛かった。
ラジオDJの相場としては、
決して安くはないのだが・・
汐坊は・・
いまや・・
聖林プロでも、
上位の稼ぎ手である。
彼女の年収は、
八桁の後半か、
九桁に・近いはずだ。
給料は、
デビューの時から、
母親の希望をいれ、
歩合制だと聞いている。
契約時の選択は、正解だったわけだ。
しかし、まあ、
この成長ぶりはどうだろう。
オーディションの時に見た、
あの・・
頼りない感じの少女が、
いまや、
スポットライトの中心に、位置している。
あの時点で、
ほかの審査員の先生たちが、
「補欠合格にも賛成しかねる・・」
という、
意見を述べたのも、無理からぬところはある。
これは悪意ではなく・・
ひとりの少女の人生を遠回りさせてはいけない・という配慮からである。
ルックスに特別 ☆華☆ があるわけではなく、
グランプリの女の子とは、
比較にすら、ならなかった。
ただ・・うまく言えないが・・
どことなく、
惹きつけられるものはあった。
ちょっとした身のこなし、
タイミングの取り方、
変化する表情の多彩さ、柔軟性、そして・・切れ。
残念ながら、
どれも、輪郭に乏しく、
よくよく見れば、
という、
レベルに過ぎなかった。
インパクトはないが・・飽きもこないという・・
短所なのか?
長所なのか?
理解に苦しむような特徴も見受けられた。
結果からさかのぼれば、
大いなる長所だったワケだが。
どことなく、
評価も、
あいまいにならざるをえない。
ひざを打ったのは、演技力。
オーディションの時に、
すでに(未熟であったが)サムシングが存在しており、
乙骨の芝居レセプターを刺激してきた。
素人目には、分かりにくい、
微妙なものだが・・
それは、
たとえて言えば、
Xという人物が、
役を演じて、
Xプラスという成果を上げたとする。
その役者は、
一見巧そうに見えるけれど、
たいして伸び代はない。
持って生まれた円周内にとどまったまま、
概ね、成功しないで終わる。
成功しても・・小規模だ。
Xの演技が→X自身のワクを打ち破り、
すれすれ・Yの領域に・若干でも手が届けば、
可能性有りといえる。
笹森 汐が演じて、
いかにも「笹森 汐でござい」ではダメなのだ。
その手のタイプで、
有名な役者も、いないこともないが、
一風変わった個性を持つ・脇役、
もしくは・・
人間離れしたオーラの持ち主、
いわゆる 「大スター」 という人種である。
十年に一人出るかという、
ほんとうに・・マレな例外だ。
役者は、
別人格が、
(XからYへの跳躍)
表出してくるくらいでないと、
見込みはない。
この人がこんなふうになるの?というような、
なりきり力、
トランス力、
飛躍の意外性が・ものを言う。
これが・・
役者の才能という、
目に見えない存在の判断材料。
いわゆる・・
乙骨基準である。
下手っピー が、
莫大な努力の新陳代謝の末、
名優になるケースもある。
それは・・また・・別の話だ。
汐は粗削りながら、
(XからYを超え→Zくらいの)
先を行っていた。
だからこそ・・
他の審査員の反対を押し切って、
推挙したのだ。
たいしてオーラのなかった 汐坊。
彼女の場合、
スター性(オーラ)は、あとから育ってきた、格好だ。
才能とオーラのバランスがとてもいい。
(たとえ・・短命に終わってもいいではないか!)
(汐坊は・・流星なのだ!)
そのような解釈に、
乙骨の思考は傾きつつあった。
運命の巡りあわせで、
笹森 汐という名の、
新人を任されることになった。
Pが新人テストを仕掛けたときの、
(頭を小突いた)反応はナイスだった。
思い出すと、笑ってしまう
睨み返してくるということはガッツ!があるということだ。
ダメ出しにいちいち くじけ ていたら話にならない!
そのぶん・・
進歩が遅れてしまうのだから。
それに・・
オレの奥から発信されている、
信号を感受する繊細さも、持ちあわせていた。
『ラジオドラマ』の企画を立ち上げたのは、
オーディションのときの彼女から、
インスピレーションを得たものだった。
一般には、
乙骨Pが、ラジオドラマを再生させ、
広めたとの認識が、定着していた。
(『哉カナ』の成功を受けて、
他局でも、こぞってラジオドラマを始めた)
しかし・・元をただせば、
汐の存在が、
導き寄せたといえなくもない。
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汐は、
手脚をバタバタさせ疲れ、
アクションは、
自然停止された。




