続・・・めんちゃも屋
クライマックスは、大会場での・・「売」
そこでは、
ロックバンドのコンテストも、同時に開かれていた。
歩(=) 汐 は、一計を案じ、行動に移す。
『めんちゃも』の露店を舞台に見立て、
ド肝抜くギタープレイを・・披露する。
大量の集客に成功。
ついに、
満塁ホームランを、かっ飛ばす!
汐にはピンときた!
「この脚本・・『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(’85)にインスパイヤされておるな!」
「その気持ち、超わかる!」
「あの面白さは、破格だったもん!」
「ふーっ」
脚本を閉じて、
後部座席に、ぐったり背をあずける。
多量の手汗を、ハンカチで拭う。
(集中力を使いすぎちゃった!)
(早送りで「ひと夏」を駆け抜けたみたい!)
スゴイ・・疲労感。
汐の頭の中から、
無数の光の粒子が、
彼方へ、吸引されていくように、
次々と・・抜け出ていく。
とたん・・
気を失なったように・・眠りこんだ。
午前七時、少し前。
ハイヤーの運転手に起こされ、
タイアップ先の旅館の玄関前で降りた。
身体をブルブルっと震わせる。
鉛色の空から、
例年より一足早い雪が降っていた。
北の地は、寒かった。
チェックインには、
非常識な時間で・・気が引けたけれど、
旅館側は、
女将をはじめ、
数人の仲居さんが、
下にも置かない態度で、迎え入れてくれた。
左近さんの、根回しのおかげだ。
私の突飛な行動を、いつも手ぎわよくフォローしてくれる。
マネージャーの鑑である。
なによりまず、温かい紅茶が、飲みたかった。
部屋の用意が整うまで、ロビー待機である。
仲居さんに、荷物をあずけ、ミルクティーを注文する。
キャップを目深にかぶり、
目立たないコーナーに、腰を落ち着かせた。
ロビーは、
快適に暖房がきいており、
革張りの椅子は、座り心地が良く、
革のいい匂いに、疲労も和らいだ。
窓の向こうは、綿のような雪が、舞っている。
汐のいる・・こちら側は・・ポッカポカ。
「和み雪、、哉」
汐は、ほっこりとつぶやいた。
新聞を手に取り、
記事に目を落とすと、
暖かさと安心感で、
まぶたが・・トロンと重くなってきた。
「お紅茶の前に、どうぞ召し上がれ」
お茶と漬け物が運ばれてきた。
まずは、お茶を飲む・・ ごく!
つづいて、
ツマ楊枝を使い、漬物を口に運ぶ・・ ポリポリ!
「うわっ、この漬物、おいしい!」
もう一度、
お茶を・・ごくごく・・飲む!
漬物を・・ポリポリ・・いただく!
ごくごく・・ポリポリ
ポリポリ・・ごくごく
あっという間に、
漬け物とお茶は、なくなった。
旅館の従業員たちが、
遠巻きに、
汐の姿を見ながら・・ひそひそ話をしていた。
彼らは、それぞれ、
サイン色紙や手帳を持っている。
即席のサイン会をすませ、
紅茶を飲みつつ、
ぼんやり新聞の活字を追っていると、
人影が、こちらに、近づいてきた。
顔を上げると、
見知らぬ男性の・・姿。
がたいのある中年男性で、
全身びしょ濡れだ。
汐は心の中で、舌打ちした。
「(プライベートなんだから・・そっとしておいてよ!)」
「 ・・・ 」 無言の汐。
「 ・・・ 」 男性もまた、無言。
沈黙のお見合い(映画の題名みたいだ)。
変な間を解消しようと、
こちらから話しかけてみる。
「なにか、ご用ですか?」
「 ・・・ 」
相変わらず、黙りこくっている男性。
ホテルの従業員たちは、
有名人の身辺を警護しようと、近づいてきた。
片手(無音)で、
従業員たちを制する、汐。
バッグからシルクのハンカチを出して、
男性に優しく、差し出した。
「とりあえず、これで拭って下さい!
カゼを引きますから。
ちょっと面積が足りないけどネ」
そういってから、
従業員に、
タオルを持ってくるよう依頼した。
男性の表情が・・少しユルむ。
目をそらすと、
言葉を発した。
「よう、元気そうだな!」
気安い呼びかけ。
「?」
どこかで、聞いたことのある・・ガラガラ声。
「オレだよ・・汐坊」
胸ポケットから、サングラスを引き抜いて、かけた。
「あっ!
乙骨さん!」
サングラスを取った素顔は、
意外や、
真面目人間風であった。
(ふだん、めったにサングラスをハズさない人なのだ)
「ポルシェで、ぶっ飛ばしてきたんだが、
途中で、エンストしやがって、
エライ目にあったぜ!」
口を開くと、
まぎれもなく乙骨プロデューサーだった。
「どうしたんですか?
わざわざ、こんなところまで?」
「汐坊、スマン。
生ドラマは止めだ。
中止!
いくらなんでも無謀だった。
カンベンな!」
大柄なPが、
いつもよりひと回り、小さく見えた。
威圧感も・・ない。
汐は、右ヒジを弓のように引き、
乙骨のボディに、
パンチの矢を、力いっぱい放った。
「ウグググググッ!」
「わたしは、演るよ!
以上!
バイバイ!」
汐は黒髪をヒュッとなびかせ、
迎えの仲居と共に、
ロビーから出て行った。
乙骨Pの心に、
一陣の風が・・吹いた。
「効いたぜ、いまのパンチ!
よーし!強行突破だ!
最高のオンエアにしようぜ!」
旅館の部屋に入ったとたん、
汐は、呻り声を上げた。
スマートフォンとにらめっこして、
過密なスケジュールのやり繰りを算段する。
予定表はスキの無いくらい、埋められ、まっ黒けであった。
ついに・・
『日ワイ』の牙城まで、
切り崩されてしまった。
ロケの合間を縫って、
というか・・こじ開けて、
東京との、
往き来をしなければならない。
宴会など、
夢のまた夢。
睡眠時間すら、
ろくにない始末だ。
「どうしても、ラジオの生ドラマを・・演りたい!」
乙骨Pを誤解していた・・自身の後悔の念が、
そう・・叫ばすのであった!
ただし、
リハは、綿密に行う必要性ありだ。
薄味の仕事だけには、したくない。
テクニック主体でいっちゃえば・・楽なのだが、
不完全燃焼・・後味の悪さは否めない。
「逃げ」の仕事なら、それでもいいのだが、
生ドラマは「攻め」の方である。
乙骨さんとの仕事は、
宿命的に、
そういった面が・・付きまとう。
Pの座右の銘は・・『のるか、そるか』
「わーん!時間が欲しいよー!」
汐は・・コテン!と・・タタミに寝ころぶや、
断末魔のような声を上げ、
ハイピッチで、
手足をバタバタさせた!




