二時間サスペンス
南平は、
背面跳びの要領でピョーンとはね、
ソファーに飛び乗った。
「ああー、終わった!」
同時刻。
汐は一人、ハイヤーで、ロケ先へ向かっていた。
『日曜ワイド劇場』が、
春・秋の番組改編期および正月に放送する、
『お手伝いさんは見た!/パート4』
正月放送分の撮影のためだ。
脚本は・・
汐の映画撮影により、
ペンディングされていたものを・・正月向けに、改変したものだ。
マネージャー同行の、
早朝出発でも、じゅうぶん間に合うけれど、
思うところあって、独断で先着することにした。
ハイヤーの中で、脚本に目を通す。
睡魔さえ、邪魔立てしなければ、
乗り物の中というのは、
暗記モノには、恰好の場所である。
不思議と頭に入ってくるのだ。
テレビ局が力を入れている割には、
お粗末な脚本だった。
著名な作家の中編原作があって・・コレだ。
要のトリックは悪くない。
使い方が・・イマイチなのだ!
よくもまあ・・
14%台の視聴率が取れるものである。
汐の中で・・
旧い映画の記憶が、よみがえった。
以前、
涼にいちゃんとふたり・・事務室で見たDVD。
モノクロームの画面に展開される法廷ミステリー(1957年公開)。
あれには・・鳥肌が立った!
脚線美を誇る女優の名演技と・・
弁護士役の男優が見せてくれた、
超の付く名演は・・忘れ難い。
エンドマークが出たときの、
涼にいちゃんの、呆気に取られた顔は、
けっ作だった!
ああいう作品に、
一生に一度でいいから・・出てみたいもんだ。
『お手伝いさんは見た!』 の演出は、
映画畑出身の、ベテランが担当する。
いつ、いかなる時でも、
タバコをくわえている風変わりな老人で、
間接納税者として、
国から表彰されても、おかしくないほどだ。
一作目からの継続登板である。
老監督は、
女優を艶っぽく撮る腕前に、
長けていた。
七十歳を越えて・・なお、
現役を続けていられる、
最大の秘訣は、そこにあった。
汐特有の、
揺れるような多彩な表情や・・
仕種から・・
時おり、
ズバッ!と・・『女』を・・引き出して見せるのだ。
誰しもが、感嘆するところだ。
一番驚いたのは、
試写を見た、汐自身であった。
「(へぇー!ワタシって、けっこうイイ女じゃん!)」
テレビで、仕事を続けていくための必須条件である
スケジュールに遅れることなく、
そつなくまとめ上げる器用さも、老監督は、あわせ持っていた。
映画全盛期のプログラムピクチャーで培ったスキルである。
早撮りの名手でも・・あったのだ。
✕ ギドじゃ・・絶対・・無理だ! ✕
汐のアドリブにもほとんどダメ出ししない・・
どころか、
それを楽しんでいるフシさえ見受けられる。
担当プロデューサーは、
監督には厳しかったが、
主演女優には、甘かった。
タイアップ先の旅館で、宴会のとき、
隣席の、
酔いの回った・・くわえタバコの監督から、
ボソボソっとした口調で、
耳元へ・・こう囁かれた。
「この脚本とスケジュール、
それに、あの御用プロデューサーのもとでは、いい作品はでけん!
ひとつだけ、印象に残る場面を作るから、
協力しておくれ・・お嬢ちゃん!」
一瞬・・「えっ?」と・・思った汐が、
老監督の方を振り向くと、
なにごともなかったように、盃を口に運んでいた。
・・二作目の撮影の時の出来事である。
一作目は、
ご祝儀代わりに、
プロデュサーも・・予算を組み、
監督のこだわりの場面の撮影を許可してくれた。
━○━○━
監督は・・
「スティディカムを使い、
オープニングの10分間を・・ワンカット撮影で行く!」と・・宣言した。
役者やスタッフは大わらわ。
トチッたら始めから・・すべて・・やり直しになる。
汐も気合いを入れて、リハと本番に臨んだ。
「よーい!はい!」
本番スタート!
イイところまで行くのだが、誰かがしくじり・・NG・・撮り直し。
6回目でようやくOKが出た!(撮影には・・四日かかった)
━○━○━
この撮影で予算に足が出たので、
以後・・プロデューサーは財布のひもをキツく締めるようになった。
撮影の苦労を共有したことにより、
出演者とスタッフには一体感が生まれた。
『お手見た!』組・・の誕生である。
『日ワイ』の現場は、リラックスできる。
スケジュールはタイトだが、
和気あいあい・・アドリブOK。
うるさくいう人は、いない。
作品の完成度は、
お世辞にも・・高いとは言えないけれど・・
批評も、
本筋の部分では芳しくなかった、
褒められるのは・・
ディテールや遊びの場面だ。
「出演者やスタッフのノリが、
そのまま画面に現れていて、楽しい」とのことだ。
汐 的には・・
温泉につかって、
土地の人と交流し、
美味・珍味をいただく、
命の洗濯場でもあった。
愉快なのは、
チョイ役で土地の人に出演してもらう・・サービスカット。
些細なことだが、
土地の人との交流にもなるし、
結構喜ばれるのだ・・コレが。
道をたずねる主役の汐。
土地の素人さんがこたえる。
といった類の、
たいして意味のない場面だ。
簡単なやり取りではあるけれど、
NGの連続になる。
素人さんは、
キャメラやマイクを目の前にすると、
引きつったような表情となり、
ひと言のセリフに・・つっかえたりしてしまう。
一生懸命なだけに、微苦笑を誘うのだ。
場面に割ける・・限られた時間内で、
汐は遊ぶ。
脚本にないアドリブを・・かましたり。
奇妙な間を、作ってみせたり。
意味のない涙をポロポロ流してみたり・・と。
相手役の素人さんは、
ワケが分からず、
目を白黒させる!
スタッフと監督は・・大喜びだ。
時間が迫ってくると、
汐は、本気を出した。
プロの演技力に引きずられるように、
素人さんから、自然なセリフが発せられ、
「OK!」
監督の声がかかる。
こだわりの場面につき合うのも、
今では、大きな楽しみになっている。
古ダヌキの監督は、
それを、
撮影 最終日 近くに持っていく。
しかも、主役の汐のからむ、
重要な箇所ときている。
「凝った画作りなど、無用だ!」
そう言い張る御用プロデューサーに、
主演女優の協力をあおぎ、
場面の必要性を説く。
心得たもので、
「ストーリーの進行上にも欠かせない、
大事な場面です。
わたしからも、お願いします。
『お手見た!』の売りですから!」
左近マネに加勢してもらい、
番組の降板をにおわせつつ、
バックアップする・・汐。
予算を引き出す、毎度の手順である。
プロデューサーは、
しぶしぶ・・承知する。
二作目では・・
派遣先である、
上流階級の屋敷にて、
お手伝いさん役の汐が、
偶然に、殺人を目撃してしまう。
ここで・・
老監督の手腕が発揮された。
犯人は覆面をしており、
正体不明!?
被害者である女帝は、
この家の実質的支配者。
目が不自由で・・サディスティックな性格だ。
女帝が、絞殺される!
その・・刹那、
掛けていた黒メガネが外れ!飛んだ!
床に落ちたメガネ。
黒いレンズの片方に、
絞殺の瞬間が、
極端にデフォルメされて・・映し出される。
老監督は、
特注で大型レンズを作らせ、
役者に、
立ち位置をミリ単位で細かく指示。
ライティングに細心の注意をはらい、
キャメラの角度に工夫を凝らして、
こだわりの場面を描出した。
どこかで見たような気がしないでもない映像ではあった。
しかし・・
印象に残るコトは・・残る。
新作では、どんなこだわりを発揮してくれるのやら、
共犯者としては・・今から楽しみである。
汐はバッグから、
別の脚本を引っぱり出した。
リラックスした表情が、
一転、
真剣味を帯びる。
それは、
━『めんちゃも屋/夏のアルバイト』━
と題されていた。
今度のレイティングで・・「生放送」・・予定の、
曰くつきの脚本だ。
リスナーから公募した脚本の中から、
見事・・グランプリに輝いた作品だった。
応募者の許可を得て・・
いわゆる、原石に、
『哉カナ』の精鋭脚本家チームが、
綿密なトリートメントをほどこしたものであると・・左近マネージャーから聞いている。
ためらいがちに、ページをめくる。
読み進めるうちに引き込まれ、
思わず唸ってしまった。
失礼ながら、
『お手伝いさんは見た!』とは、比較にならない。
クリエイティブだし、
理屈抜きで、面白かった。




