デビュー
見習い期間を終えると、
いよいよ、
正式デビューである。
汐に・・
専属マネージャーが付くことになった。
プロダクションのお偉いさんから、
「左近さん」という、
実直そうな、
さえない外見の、
(60年代のグループサウンズを思わせる髪型をした)
三十代前半の男性マネージャーを紹介された。
汐を担当する、
新マネージャーの、
左近が手がけた、
有名タレントというのは皆無であった。
C級・D級・E級タレント専門のヒトだった。
陰の名を・・「死に水」。
左近が、
マネージメントするタレントは、
浮かびあがったためしがない。
つまり、
「あの世行き」を意味していた。
しかし、
世界は順列組み合わせ。
なにが災いとなり、
なにが幸いするか神のみぞ知る。
汐にとって、
このマネージャーの人選はラッキーに転がることになった。
左近は、
押しが弱く、
頼りがいのあるヒトでは全然ない。
反面、
誠実さにかけては天下一品であった。
なにより・・重要なのは、
汐の意見に、
真剣に、
耳を傾けてくれるタイプの人であったことだ。
後に、
汐の一大特徴となっていく、
自ら進んで、
アイディアを出し、
実現していく
『Myself』のスピリットが、
左近とのコンビネーションによって、
芽を吹き育まれていった。
左近マネージャーの立場からしてみれば、
プロ意識の強い、
汐の意見は聴くに値するものだった。
主観やナルシシズム、
エゴに立脚しておらず、
あたえられた仕事を、
効果的に、
表現するにはどうすべきかを、
客観的に、
夾雑物なしで考えることができたからである。
この年頃の子には、
大変めずらしく、
こと仕事に関しては・・自己幻想がなかった。
驚かされたのは、
経験を積むにしたがい、
提案してくるアイディアの質が、
向上していったことだ。
思わずうならされてしまうこともあった。
こういうときは、
たとえ煙たがられても、
ひたすら頭を下げて、
プロデューサーやディレクターに汐のアイディアを進言した。
採用されることあれば、
されないこともあった。
前者のケースでは、
汐の燃焼度は違った。
上手く行った場合の方が、多い。
しかし・・
自らのアイディアが空転したり、
失敗した場合の方が、
得るものは大きかったはずだ。
汐の内部で、
責任感や後悔、
そして、プライドが、
激しく火花を散らし、
修正能力や、
アイディアの質は、
より磨かれ、
整えられて行った。
デビュー直後の汐は、
気負いばかり、
先に立ち、
いささか、
空回り気味であった。
しかし・・
三か月も経過すると、
ほぼ、自分のペースで仕事をこなせるようになっていた。
順応性・適応力ともに「◎」(マネージャーの評価)。
気にかかる面といえば、
仕事以外では、
自己顕示欲に、
欠けるきらいがあったことだ。
控室(総室)では、
輪の外で、
ポワーンとしていることが多く、
仲間づくりや、
情報交換には、
とんと、興味がないみたいだった。
生き馬の目を抜く、
芸能界では、
影響力を持つ、
プロデューサーやディレクター、
看板番組を持つ、
先輩や、
人気の出そうな同期に、
お世辞や愛想を振りまき、
積極的にとり入っていく、
ずうずうしさ、
たくましさ、
生命力が必要なのだが。
(14歳という年齢など関係ない!)
その旨・・注意した。
けれども、
控室でポワーンは・・
改善されることはなかった。
この点は、あきらかに「▼」(マイナスポイントであった)。
汐のデビューは、
お世辞にも、
恵まれたものとはいえなかった。
事務所は、
補欠合格の汐を、
二軍選手と位置づけていた。
まずは・・
新人の通る道、
さまざまなルーティーンにチャレンジ。
○歌
(平凡な曲。ヒットせず!)
○マイナー雑誌のグラビア
(ごくごく一部で、反響あり!)
○TVの情報番組のリポーター
(商品中心の、画面構成。
本人さっぱり目立たず!)
○深夜バラエティー番組のひな壇
(アドリブの冴えが、MCの逆鱗にふれ、
出演場面九割カット!)
○ドラマのちょい役
(印象度の低いキャラ!)
○CM
(ほとんどエキストラ!)
○地方営業
(被り物を、たっぷりと、経験!)
など・・など・・など。
左近マネの視点で見れば、
ひいき目なしで、
汐は、善戦していた。
回ってくる仕事はスカばかり。
いかんせん・・彼女にスポットライトが当たらない。
骨折り損である!
これは・・もう・・本人の責任ではない!
与えられた仕事を、
汐は、
プロ意識を持って、
全力でこなしていたのだから。
マネージャーとしての自分が、
至らない点は、
素直に認めよう。
最大の問題は・・
事務所の、
バックアップ態勢であるのは、明白であった。
上役に相談すれば、
「実力の世界なのだ。
修業期間と考えて、
まずは力を養いなさい」
ニベもなかった。
グランプリの新人は、
話題の超大作映画、
『シン・ギドラ』のヒロインに抜擢されていた。
(クソッタレイ!)
(どこが・・実力の世界だ!)
(事務所のバックアップ以外の・・なにものでもないではないか!)
左近マネージャー自ら、
あちこち頭を下げて、
苦心の末、
条件のいい仕事を取ってきても、
事務所の方針とやらで、
ランキング上位のアイドルに横取りされてしまう!
会議の席で、
「フェアな仕事をしよう!」
と主張してみたところで一顧だにされなかった。
実績のない、
宮仕えの身としては、
どうしようもなかった。
酒の飲めない左近は、
理不尽な目にあうと、
仕事帰りに、
コンビニへ寄り、
大福やドラ焼きなどを、
しこたま買い込み、
深夜ひとりで、
熱いお茶をすすり、やけ食いする。
好物の甘いものを食べながらも、
仕事のことが、
頭から離れることはない。
事務所から、
なんの期待されていない、
担当新人の・・笹森 汐。
逆を返せば、
自由度が高いと言い換えることもできる。
汐の売り出しは、
基本、
マネージャーに一任(放任)されていた。
ゲリラ作戦もありだろう。
ある路線に特化していくというのも選択肢だ。
○自主映画への、
出演要請や、
アングラ演劇からのオファーは、
少なからずあった。
軽い役ではなかったけれど、
ギャラは安い。
評価は・・「△」。
一考の余地ぐらいはありか?
○少年院の慰問アイドル。
ニッチではあるが、
マイナーで終わりそうだ。
「×」である・・ダメ評価。
○アニメやゲームの声優はどうだろう?
汐は・・声優の仕事に、
ひとかたならぬ興味を持っていた。
アテレコの仕事をやったときは、
わずか二、三行のセリフだったが、
とても楽しそうに演じていたし、あがりもよかった。
「△」もしくは「○」評価。
こいつは考慮すべきだろう!
アテレコの仕事なら、
(主役クラスはムリだが)
取ってくる自信はあった。
聖林プロダクションが出資している、
ゲーム会社がいくつかあり、
その伝手でどうとでもなる。
しかし・・
どうしても・・
ためらってしまう。
汐には、声だけではなく、
表舞台で勝負してもらいたかった。
うまく言えないが・・
素の彼女には、
ちょっとした仕草や、
会話の最中に、
ハッ!とさせる、
引力の、
発生する瞬間があり、
思わず、
目が吸い寄せられてしまう。
潜在力が・・水底でキラめいていた。
表に噴出しようとしている、
マグマの胎動・・エネルギーを感じるのだ。
王道を、
行ってもらいたいと思う所以である。
ネット社会に移行して、
多様化・細分化の進んだ、
いまの時代、
なにが、
王道なのか、
正直よく分からない。
三~四カ月おきに新曲を出して、
プロモートしていくというビジネスモデルは、
(少数の例外を除けば)
とうの昔に崩壊していた。
テレビのゴールデンやプライムに、
歌番組花盛りのころや、
CDが飛ぶように売れていた時代は、
もはやノスタルジー。
旧き良き時代でしかなかった!
王道などないのかもしれない。
人気スターのほとんどが、
グループという形態を取って、
そこを母体として活動していた。
テレビ画面を占有しているのは、
お笑い芸人と呼ばれる人達であった。
その、
どちらでもないピンのタレントである汐には、
厳しい時代と言わざるをえない。
現状を、
打ち破るのは至難の業。
斬新なプロモートのアイディアなんて、
そう易々と出てくるものではない。
時代の流れを読める、
鋭い才覚に恵まれているわけではないし、
強力なコネも、
政治力も、
三流マネージャーの自分にない。
汐を、
売り出すためにはどうすべきか?
マネージャーとしての、
オレの将来もかかっているのだ。
この子を売り出せなかったら、
もう・・言い訳はきかない!
他者ではなく・・自分自身に対して。
汐の能力(可能性)が、
どの方面に向いているかも、
いまひとつ・・定かではなかった。
左近マネは、
頭を抱えつつ、
最後に残った、
よもぎ大福にかぶりついた・・(もぐもぐ)。