向こう側の人
それにしても・・冴子の持つ雰囲気は、
(肉感あふれるボディーを含めて)、
汐がどんなに求めても、手の届かないたぐいのものだった。
そう・・
「育ちの良さ」・・
幼いころから、苦労知らず。
経済的自由が約束され、
肩身のせまい思いなどしたことはなく、
「世の中・・おおむね対等である」という、
環境で生まれ育まれた・・幸福な人種である。
長髪時代の若き涼も、
そういう雰囲気を・・多分に有していた。
哀しいかな・・育ちというのは、
どんなに取り繕っても・・にじみ出てしまうものなのだ。
その手の・・選ばれた人種に接すると、
汐はいつも、
ある種の気づまりを覚える。
意識せずとも、
人は、
背景の履歴を発信している。
とはいうものの・・
冴子は・・どことなく違った。
汐の人物表にはメモリーされてない、
新種の珍重すべき個性だった。
ストレートで無邪気!
かと思えば・・
意外に鋭い洞察を見せる。
性格は・・強そうだ。
人としてのスケールも・・感じられる。
なによりも、
<刺さって>きたのは、
汐に対して・・まったく悪意がないところ。
第一印象は、書き換えられ、
短時間のコミュニケーションで・・好感度は飛躍、急上昇した。
「中邑冴子」
見かけによらず・・オモロイ女性!
歓迎会が進むにつれ、
汐と冴子はすっかり打ち解け、意気投合していった。
メールアドレスの交換もすませた。
片や・・
従業員代表のサユリには、充実した時間となった。
主賓のDJアイドルとは、
ほんの・・ひと言ふた言・・交わしただけであったが、
(そもそも、自身が前面に出るより、
対象を観察しているのを好むタイプなので)
有名アイドルと、間近に接する機会は、
知的好奇心を、大いに満たしてくれた。
笹森汐の、
残像を僅かばかり引きずって、
クルクル変化する、
キレのある表情の数々は・・サユリの視線をクギ付けにした。
とりわけ・・キラキラ輝く目は印象的だった。
生命の光というべきものが放射されており、
その光に触れると・・シンプルに気持ち良いのだ。
タイ語でいうところの・・「サバーイ!」・・である。
アイドル?・・否!
彼女は・・紛れもなくスター☆
存在することによって、
周囲をハッピー♪にしてしまえるのだから。
プラスして、
設楽主任の婚約者。
いずれは・・上司として、
(奥さんの後継者として)
ホテルを切り盛りする・・
身近に接することになるであろう、
中邑冴子の・・気さくな・・人となりに、
接することが出きたことも・・収穫であった。
━「(同性に慕われるタイプだろうな)」と感じられた。
さらに・・その・・存在感の大きさから、
以下の結論に到達した。
━「(主任・・尻に敷かれちゃいそう!)」
仰天させられたのは・・
冴子と会話をしていた笹森汐が・・
突如!
冴子のモノマネを・・繰り出したことだ!
顔こそ、似ていなかったけれど・・
表情、動作、イントネーションは本人そのもの。
◇ 冴子と冴子が会話する ◇という、
摩訶不思議な場面が現出。
一同は・・(汐を除いて)・・抱腹絶倒!
喫茶室に、爆笑の嵐が・・巻き起こった!
特に、
冴子の笑いっぷりは凄ざまじく、
椅子から転げ落ち、
涙で・・化粧が崩れるほどであった。
彼女は口の前に手をやりつつ・・・
お上品に笑うタイプではなく・・
天真爛漫子供のように全身全霊・・
燃えカス、ひとかけらも残さず・・
(泪橋出身、あの伝説のボクサーみたいに)
完全燃笑した。
レセプション体温の数値は・・マックスまで上昇。
歓迎会は盛況のうちに・・終了した。
オーナー夫妻は、八階のペントハウスに引き上げる。
サユリは自宅へ帰って行った。
涼は、
したたか泥酔した婚約者に肩を貸して・・送って行く。
汐は、
エレベーターで、自室へ引き上げた。
南平も、
間接的にではあったが・・宴を楽しんだ。
喫茶室から漏れてくる、
華やいだ会話や、
笑い声に、
(冴子の声が、六割以上を占めていた)
どうしたって気持ちは・・上に向く。
ただし・・
冴子の・・「酔った姿」・・だけはいただけなかった。
今宵の宴の・・「瑕瑾」・・だと思った。
しかしだ・・
なんといっても・・
生汐のグッドバイブレーションにはシビれた。
このあとには、残りものとはいえ、
豪華な夜食が待っているし・・
ビールでも飲みながら、味わうとするか。
客室は早々と満室。
事務室には、誰もいない。
なんという解放感。
たまには、こんな日があっても・・いいだろう。
大きな伸びをする、南平。
「カタン!」
エレベーターが開く音。
大鏡に視線をやる。
Tシャツにジーンズ、キャップを目深にかぶった若者だった。
つかつかフロントに歩み寄ってきて、
断りなしに、
Ⅼ字カウンターの、短い方を上げ、
仕切りとなっている真横の自在扉から、
フロント内に、細身のからだをすべらせてきた。
予測を上回る、速い動き!
身構える・・南平。




