ギド
丁重に頭を下げて、
記者の矛先を、収めにかかる。
苦いインタビューは・・終了した。
左近は、
すぐさま、事務所に連絡を入れた。
事務所の調査部門が動く。
記者の経歴や背景を、洗い出す。
ヒモ付きでないと確認できたら、
TPOに従って・・
ときに・・懐柔(お金もしくは、交換条件)。
ときに・・圧力をかける。
聖林プロダクションには、
スキャンダルを防止のための、
そつのないシステムが確立されていた。
取り扱い要注意なインタビュアーも稀にはいたが、
ほとんどは・・持ちつ持たれつ・・友好的だ。
近ごろの質問で多いのは、
大ヒットした映画に関するもの。
特に・・ラストのサプライズついてである。
◇「意表を突かれた!」
◇「面白かった!」
◇「ハッピーになりました!」
◇「映画ならではの興奮!」・・などなど、
社交辞令だけではない・・お褒めの言葉をちょうだいする。
褒められて、悪い気はしない。
脚本家の名誉のことが・・
脳裏をよぎらないではなかったけれども・・
・・事実を、ありのまま語った。
そもそも、脚本はオーソドックスな展開で、
場面の巻き戻しなど・・なかったのである。
あのシーンは、
ギド(=監督)との会話から偶発的に生まれたものだ。
「博打の借金返済のために」・・渋々映画を引きうけた監督と、
「スクリーンにたいする憧れ」+「直観の発動」によって、
TVドラマを蹴とばし、低予算映画の主演を決めた・・十七歳の女優は、
撮影後に、
背もたれの後ろにネームの書かれた、
それぞれのアーム・チェアに座り、
缶ビールを飲みながら、雑談をしていた。
(インタビューでは・・缶ビールを、缶コーヒーへと脚色した)
「おい、汐坊!
このままじゃ、平凡な映画で終わっちまうぞ!
初主演作が、
墓場への、片道切符になりかねんぜ!
売れっ子DJなら、
ぶっ飛ぶようなアイディアを、アドリブで、披露してみんかい!」
監督と乙骨Pは、とてもよく似ていた。
共に、
強烈な個性の持ち主である。
乙骨さんが、
どこか、父性を感じさせる・・「縦型」であるとすれば、
監督は、
完全なる・・「横型」だ!
目線は水平・・
年齢などおかまいなし・・トモダチ感覚であった。
前者は政治力・・すなわち調整に優れ、
後者の監督は、
調整などクソ喰らえ!
予算やスケジュールのオーバーなど・・当たり前。
そんなことは、
まったく眼中にない (今回も、めでたく予算オーバー)。
偏執狂のごとくネバりにネバり、
欲するイメージ(画)をフィルムに刻みつけていく。
仕事への姿勢は、独裁者そのもの。
人柄とは・・真逆なのだ!
そのくせ・・
スタッフには慕われてしまう、不思議なヒトなのであった。
撮影が始まったばかりの頃、デザインが気に入らないからと、
監督は・・
金属バットを持ち出してきて、セットをムチャクチャに破壊した。
「(これは、とんでもない組に・・来ちゃったなあ⤵⤵)」
と嘆息した汐だった。
しかし・・
よくよく事情を訊いてみれば、
セットはプロデューサー主導で強引に建てられたもので、
そこが・・監督の逆鱗に触れたのだ!
その日を境に・・
プロデューサーは・・
顔面神経痛を発症するようになった。
セットの破壊っぷりの凄ざまじさは、
汐に・・『シン・ギドラ』の怪獣を・・連想させた。
以来・・敬意をこめて、
監督を『ギドラ』と呼ぶようになり。
いつの間にか・・『ギド』・・に落ち着いた。
ギド(監督)のモノ造りの姿勢には、
汐も・・少なからず・・感じ入るところがあった。
〈いい作品にするためには・・ここまでヤらなけりゃ・・ダメなんだ!?〉
映画の完成直後、
プロデューサーは、胃潰瘍で、救急搬送された・・(合掌)!
ギドの体育会系コミュニケーションに、
缶ビールを、グビリとやった汐は、
「うーーん・・
ラストをヒネって・・さ、
そうだ!
いっそのこと・・
場面を・・巻き戻し・・ちゃえば」
思いつきを、ポポン!と述べた。
以前DVDで見た、
汐の大好きな女優の主演していた、
旧い映画が印象に残っており、
そのアイディアを、とっさにアレンジしたのだ。
ちなみに・・
汐の最も好きな女優とは、
『ローマの休日』の王女役・・
そう・・あの『お方』・・なのです。
「へっ!?
うむ・・そいつはいいかもな。
一丁やってみるか!」
こんな・・会話から、
巻き戻しはのシーンは、生まれた。
以来・・ギド(監督)とは・・マブダチの関係。
インタビュアーの女性は、
ICレコーダーを持ったまま、
興味深く聞き入っている。
「笹森さんの・・お気に入りの映画ベスト5・・を教えていただけませんか?」
あらかじめ頭の中で準備してある定番の四本に、
カルト映画・・『エル・トポ(70)』か『イレイザー・ヘッド(77)』。
気分よっては、
『恐怖奇形人間(69)』のいずれかを、
一本プラスして答える。
━○━○━
雑誌が出たのち・・
DJアイドルは、
スマートフォンを使い、
〇『汐坊ちゃんねる』や
〇『笹森サイト』もしくは、
〇『哉カナのページ』などへ・・出かけていく。
自分の映画の趣味(プラス一本の作品について)を、
ネットの住人たちが、
《YES・NO論争》しているスレッドを、
読むのが・・密やかな・・楽しみなのであった!
ヒドイ書き込みに、イラっとさせられるコトを、含めてだ。
否定派が七割弱。
『17歳のガキのくせして、通ぶるんじゃない!』
『おまえは・・ポケモンでも見てろ!』
『笹森汐の異常性を考察する』という論文までUPされていた。
それらを読んで・・
笑い転げたり、腹を立てたり、するのである。
━○━○━
こういう話で、
予定の時間を消化していく。
新曲の紹介。
ファースト・ライブについて。
来夏に控えている、テレビドラマのこと。
お決まりの恋愛話は、
まあ・・適当に流した。
ラジオ番組の宣伝はしなかった・・(左近さんがフォローした)。
生い立ちや、家族の話はNGである。
インタビューを受ける際の、必須条件!
すべてのインタビューを終え、
どことなく淀んだ空気の中、
オレンジジュースを飲み、
トーストサンドをハフハフ食べている・・汐。
左近もハフハフしながら、
今後の予定を伝えている。
ふたりとも・・昼食抜き・・だったのです。
部屋に戻り・・メイクを落とした汐は、
お人払いして、
シャワーを浴び、ベッドへ横になる。
室内には、独りきり。
左近さんは、
緊急の打ち合わのため・・六本木へ向かった。
付き人は別の部屋に待機している。
ホテルの歓迎会には、まだ時間に余裕があった。
ベッドの上。
あお向け姿勢の汐。
「(懐かしいなあ・・
昔と同じレイアウト。
同じ音、同じ匂いがする)」
残念ながら、703号室ではなかった。
思い出の部屋には・・付き人が入っていた。
七階はファンが占領しているので、
混乱を避けるための措置である。
枕の中心部に、
頭を乗せ、
天井を見上げる。
シミが滲んでいた。
雑念を振り払い、イメージを浮かび上がらせる。
汐の視るイメージは、一般の人よりも、ずっとリアルである。
ヴォルテージの高いときなどは、
画像がテレビ並みに鮮明に映ったりする。
ときどき、
現実との境界線が溶解して、
混乱してしまう事もある。
まれにだが、
まったく知らない、自己の別人格と出遭う事すらあった。




