既視感
季節は・・完全に・・秋へ移行した。
夏の暑く厳しいトンネルを抜けたあとの、
秋の空気は、たまらなく爽快だ。
深まりゆく季節と共に、
暑さでこうむった、身体のダメージも癒え・・
人々にエネルギーがチャージされていく。
スーパーの果物売り場には、
種なし柿がお目見え・・
小さな一画は・・目に優しく、そして・・鮮やか。
柿色のオアシスであった。
馬肥ゆる秋・・人も肥えるのデス。
そんな、ある日のこと。
ビネスホテル『設楽』のフロント周辺は・・ざわめいていた
先日、
汐のマネージャー・左近が、ホテルを訪れ、
オーナーと面談して、
喫茶室の使用許可を、求めたのだ。
雑誌社数件のインタビューを、
まとめてこなすのと、
社長賞の休暇を、
汐が消化するための場所を、
提供してほしい・・という依頼であった。
「ええ。 そうです。 笹森たっての希望でして。
雑誌には、必ず、ホテル名を出させますから。
パブリシティーにもなりますよ」
両者の思惑は・・一致した。
きょうの午後・・
笹森 汐がやってくる。
夜勤が明けると、
南平は・・
ホテルでシャワーを浴び、ファミレスで食事を済ませ、
昼過ぎには、ホテルへ戻った。
サユリの横で、
顔を上気させて、フロントに待機している。
サユリも、
ふだんとはようすが違い、ちょっぴり興奮気味であった。
703号室は、汐のために用意された。
七階の他の部屋は、
(弓削さんの701号室以外)は、
ルーム指定予約で、すべて、埋まっていた。
インタビューは、午後二時からの予定である。
DJアイドル笹森汐は、
時間ぎりぎりに、
マネージャーや付き人と共にチェックイン。
チェックイン手続きは、左近マネージャーが行い、
本人は、
スタイリストやメイクさんと共に、どやどやとエレベーターに乗り込んだ。
三十分を過ぎた頃、
メイクを済ませた汐は、
マネージャーに付き添われて、降りて来た。
オーナー夫妻が・・うやうやしく迎える。
「立派になったねぇ、汐ちゃん」
慈愛のこもった目で、
じっと、見つめながら・・オーナーは言った。
「ごぶさたしています。
オーナーさんも奥さんも、お元気そうで、なによりです。
・・涼・・にいちゃん・・
涼にいちゃんは・・どうしていますか?」
「あれは、まだ、上で寝ているんじゃないかな?」
南平が、ひょいと割り込んだ。
「主任なら、サウナへ行っていますよ」
汐の目が、クルっと、印象的に動いた。
「ということは・・
きのう・・
満室になるまで、手こずったワケね」
「ええ、おっしゃる通り。
満室になったのが・・午前四時でした」
「あなた・・南平さんでしょう?
噂は聞いてますよ。
笹森 汐です・・よろしくね!」
手を差し出す、汐。
その小さな手をとって、握手をする・・南平。
とても、繊細な手ざわりだ。
(・・はてな?・・この感触・・
・・記憶にあるゾ・・初対面なのに・・なぜ?
・・「デジャ・ビュ」・・なのか?)
ポーっとして手を握ったままの南平に、
ひじ鉄を、お見舞いする・・サユリ嬢。
汐は、
こぶしを口の前にやり、
クスクス笑った。
オーナーが口を開いた。
「左近マネージャーさんには、
その旨・・お伝えしておいたのだけれど、
インタビューが終了したら、
ささやかだけれど、汐ちゃんの出世祝いを、
開こうと思ってね」
奥方の方を手で、さし示し、
「家内が、腕によりをかけたご馳走だよ」
「わーい、嬉しいです!
奥さんの料理はホッぺが落ちる。
ニュートンより先に生まれていたら、
私が、
万有引力の発見者に、なっていたと思うな」
「ヒュー♪」
口笛を吹く、南平。
「オッホホホ。
あい変わらず、汐ちゃんは、
ひとを喜ばすのが、お上手だこと」
「それじゃ、のちほど」
汐は、
マネージャーにうながされて、喫茶室へ向かった。
喫茶室の前には、
『貸し切り』の立て看板が置かれた。
オーナー夫妻は、事務室へと、引き取った。
サユリは、南平の耳元に、小声で話しかける。
「見ました? 笹森 汐の素顔?」
「ナイスフィーリング♪気取りもないし」
手のひらに、視線を落として、
応じる南平。
「違います! そっちじゃなくって、
スッピン=素顔
化粧をしていないという意味の、ですよ!」
「しっかりメイクしてたから・・分からないな」
「インしたときに、見なかったんですか?」
「帽子を目深にかぶって、
サングラスをかけた上・・うつむき加減。
見られるワケないっしょ」
「わたしは、見ました。
すっごく・・顔色が悪かった!
まるで病人みたいに・・」
「ハードスケジュールだから、ロクに寝てないんじゃないの?
売れっ子アイドルなんて・・そんなものだよ」
「そっかなー?」
インタビューの、フォーマットは決まっていた。
最初に、
記者に同行したキャメラマンによる、
写真撮影。
ポーズをとる汐。
カンの良い彼女は、ポーズの形を瞬時に決め、
またたく間に・・絵を成立させる。
・・キャメラマンは楽だ。
そして・・インタビュー。
汐は、おおむね、そつなくあしらった。
厄介なのは・・
失言やスキャンダル狙いのインタビュアーである。
中には、
隠し玉を仕込んでくる・・
たちの悪い記者もいた。
「近ごろ、
乙骨プロデューサーとの関係が、
悪化しているという・・噂ですが?」
ジャブを繰り出してくる、記者。
「噂ばなしには、答えられません」
ガードを固める、汐。
「火のない所に、煙は立ちませんよね?」
さらに、ジャブ。
「むりやり煙を立てるような、ヒトもいるようですけどね」
ジャブを返す。
「高級クラブで、乙骨さんが、
あなたへの不満をぶちまけているという情報が、
多数寄せられていますよ」
イヤな角度からのフック。
「それだけ、心配して下さっているという事です」
ひたすら、ガード。
「そうでしょうかねぇ?
回転ずし店で、
あなたご自身が、
知人の男性を相手に、
乙骨さんへの不満を、述べているのを、
耳にはさんだ人物が、いるのですよ。
裏も取れてます!
笹森さん・・
あなた、ビールがお好きなようですなあ?
ちなみに、
年齢は、おいくつでしたっけねえ?
たしか・・プロフィールによれば・・
二十歳まで、あと三年強あるのではないかと?
名誉棄損になると、まずいので、
念のため、
弁護士に依頼して・・
あなたの、住民票を取り寄せて、
確認させてもらいました。
・・『十七歳でしたか』・・・はあ。
それから、
マネージャーの件についてうかがいますけど、
左近係長の他にも、いらっしゃるのですか?
U駅界隈の雑踏で、
酔ったあなたと、
担当以外のマネージャーがいるのを、
見かけた人がおりましてね・・それも・・大勢。
証拠の画像を、お目にかけましょうか?」
━ 予想外の、アッパーカットがヒットした!
汐の顔に、動揺が走った。
同時に、
わなわなと・・怒りが・・
付随して・・恐怖が・・わいてくる。
即座に左近マネージャーが割り込み、
インタビューを中断させた。




