高いハードルⅢ
ビジネスホテル『設楽』。
夜間のフロントでは、南平がいつものように、勤務についていた。
全ルーム満室・・No vacancy。
リラックスモードで、スマートフォンを眺めていた。
『哉カナ☆』のHPへジャンプする。
━ 『レイティングに放送される、ラジオドラマの収録、ぶじ終了』 ━ と告知がされており、
収録時の模様や、出演者全員の集合写真の画像が、アップされていた。
台本片手に・・
マイクに向かう主演女優の表情は・・
いつになく真剣であった
トン!トン!トン!
階段をのぼってくる、
お客様の足音をキャッチした南平。
すぐさまスマートフォンから目を切り、立ち上がると、
お客様の顔を確認!
後ろのハチの巣(キーボックス)を見ることなく、
迅速正確にルームキーを引き抜き、
「お帰りなさいませ」と言い、キーを手渡した。
このスキルは、南平だけのもので、主任にもサユリにもできなかった。
完成までに・・約二カ月を要した。
オーナーから賞賛された・・技・・である。
いっとき・・感化された涼が、
◆楠 南平 秘伝 『抜刀キーの術』◆
にチャレンジしたけれど、完成にはいたらなかった。
主任は・・案外・・根気に欠けるところがあった。
サユリは、面白がりはしたものの・・
ヒト真似は避け・・自己のスタイルを貫いていた。
乙骨Pは・・『火の接吻』・・の収録済みテープを前に、
ひとつの決断を迫られていた。
━ 加工することなく、このまま(若干の微調整のみで)オンエアするか?
━ エフェクトや編集を徹底的に加えて、迷彩を施すか?
何回テープを聞き返しても・・結論は・・でなかった。
汐坊の・・『犯人と目される二人の彼女』の・・演じ分けは見事だ。
汐 自らが、
執拗なまでの「ダメ出し」を行い、
構築した結晶が・・目の前のデジタルテープに・・収まっている。
収録現場は、
限界まで加圧された圧力鍋さながら・・
声を当ててゆく汐の粘りは、ファナティックなフェーズまで、突き抜け!
ほとんど・・宗教儀式の・・ようであった。
乙骨Pの目には、
女優というよりは・・『何かが憑依した』・・霊媒師のごとくに見えた。
「(女優ってのは・・つくづく・・不思議な人種・・だぜ!!)」
否・・
オレは何人もの女優を・・知っているじゃねーか。
主語を・・入れ替えるべき・・だろう。
「(汐坊ってのは・・不可思議だ!?
オレの理解を・・軽々・・超えやがる!)」




