高いハードルⅡ
「汐坊・・
レイティング用の台本だよ・・よろしくね。
ドラマは・・90分のブチ抜きでオンエアされるから・・がんばって!」
マネージャーの左近が、さらっと手渡してよこした、
『火の接吻』というタイトルの分厚い台本、
そして原作本を、
読み終えた汐は・・
珍しく・・頭を抱えてしまった。
物語は、たいへんオモシロイ。
ヤリガイは・・あり過ぎるほど・・ある。
映像化は不可能!
音声ドラマのための物語・・といっていい。
ためしに・・
かつて、映画化された、
(56年版と91年版の)dvdをレンタルして見たが、
おせじにも・・成功作とは言えなかった。
さすがは乙骨さん・・
素晴らしい宝石を見つけ出してきたものである!
脚色も申しぶんなく、
この音声ドラマを成功に導けるか、
否かは、
ひとえに・・汐の力量に・・掛かっていた。
今回ばかりは・・
演出や効果音は・・
━〈汐の駆使する、声の演技の〉━
・・補助輪として機能するだけだ。
前回、
好評を博した・・
サスペンスミステリー『幻影の女』で、
主役を務めたのは、
ベテランの声優であり・・
汐は脇であった。
ナレーションも同時に受け持ったので、
あたかも・・
主役のような印象を与えたにすぎない。
『火の接吻』で、
プロの声優として・・
真の実力が試されることになる。
女優・笹森 汐の中核をなす重要アイテム。
表情や所作、
そして・・必殺技ともいうべき、
(オーラを含む)ヴィジュアルパワーは、
ラジオでは、無用の長物と なりはてるのだ。
声オンリーの・・一本どっこ!!
スマートフォンを取り出して、スケジュール表を眺める。
仕事が びっしり・ぎっちり詰まっていた。
「音声ドラマの役作りは、いったい、いつ、するねん?」
不思議な方言でグチる、汐。
負の意味でのプレッシャーはなかった!
演ずるという仕事は・・
汐の得意ジャンルだったからである。
たとえそれが・・
『火の接吻』のような・・
難易度の高い作品であっても。
負のプレッシャーとは、
自分の不得意、
あるいは、
実力を遥かに超える障害に、臨むときに、
生じるものではないだろうか?
そのとき・・
スマホがブルブルっと、ヴァイブレーションを起こした。
左近マネからのメール。
最新のスケジュール表が添付されてあった。
それを見たとたん・・
汐の目は・・キラリと光った!
レイティングの『ラジオドラマ』のためのスケジュールが、
しっかりと・・確保されていたからだ。
「乙骨さん、あなたの投げ込んできた、試練の剛速球!
わたし・・
笹森・・
必ず・・
打ち返してみせます!!」




