なんという夜!・・・その3
男の耳元で、言葉を撃った!
〈それは、南平の 心の叫び!〉
「押し付けイヤだけど!
おせっかいきわまりないけど!
こんなこと言おうとしている自分を恥じるけど!
ちゃんと見てやってくれよ!
あの子の!
あなたの娘さんの目を!
生きているんだ!
生きているんだよ!
あんたを見つけたのは、娘さんなんだ!
頼むから!
あきらめないでくれよ!
頼む!
頼みます!
お願い・・だ・・から・・!」
パチンコ店裏の駐車場。
濃紺の夜空。
星がまたたいている。
ロープのない、青空リング。
倒れこんでいる、
父親と南平!
ぜーぜー 荒い息を吐いて・・ふたり!
「パパァ!」
セコンドから、
女の子の声がした。
彼女は、
里見に、抱きかかえられていた。
その横に、母親。
サユリとその仲間達の姿も、
半円を描くように、あった。
うめき声を漏らし、
顔を覆うようにして、泣いている母親。
父親は、
ゆっくりと立ち上がった。
里見から、
わが子を受けとると、やさしく抱きしめた。
「パパァ・・」
娘が父親の頭へ、
アンバランスな、か細い両腕を、まわした。
父親の肩が震えて、
わが子の胸に顔をうずめた。
倒れこんだまま、動かない・・南平。
近づいてくる・・里見とサユリ。
「ご苦労さま」 (手を差し出す、里見)
「たしかに・・あの娘には・・
表情は、なかったかもしれん」 (南平を、起こし上げた)
「だが、たぎるような感情は、あったのだ!」
南平の肩へ・そっと手を置く・サユリ。
「やったね!
今夜の南平さん、とっても熱かった。
デートの件・・もちろん・・OKよ・・!」
南平は、
こみ上げてくる、
めんどうくさいものを、
押さえ切ることができずに、
人目をはばからず・・泣いた。
ほんの束の間、
どうにもならなかった、
━¦自分の枠¦━
氷の塊は・・溶け去った・・のだ。
「でかしたぞ、南平!」
ホテルへ戻ると、
主任は、あたたかく迎えてくれた。
レジの締めを終えたあと。
「ご褒美だ!」
と言って、ワインをふるまってくれた。
「ほら、葉巻も、一本やれや」
ありがたく頂戴した。
キューバ産の・・『真夏の雪』。
一度でいいから、
この逸品を、味わってみたかったのだ。
赤い柄のナイフを、
主任から借りて、
喫い口を切り落とし、
長い軸のマッチで、火を点ける。
ソファーに寄りかかり、
素晴らしく繊細な煙を味わう、
なんという・・高度なバランスだろう!
神韻を帯びるというのは・・このことに違いない。
「南平よ。
女の子は、見かけとは裏腹に、
ずいぶん、シッカリしていたワケだな」
感心したように、涼は言った。
こちらも、葉巻をやっている。
「そうです。部屋の窓から、
ずーっと・・父親を捜していたんです。
父親の方も、
妻子のことは、気になってはいたんでしょう。
磁石に引き寄せられるように、
ホテルの近辺へと、足が向いてしまい、
あの娘に・・目撃されてしまった」
「それで、シンパシーを感じていた南平に、
助けを求めた!
だが・・あの状況で、
よくもまあ、瞬時に、事の全体像を、
把握できもんだ。
その後の行動力といい、見上げたもんだよ!」
「もう、本能と本能の交信でしたね。
テレパシーの一歩手前!
もたもたしてたら・・アウトですから!」
のどを鳴らして、ワインを飲む。
「母親にではなく、
南平に助けを求めたところに、
あの娘のパッションと賢さを、感じる。
母親では、取り押さえることは、とうていムリだったろうから」
「ですが・・
父親の・・あのようすでは、
遅かれ早かれ、
戻って来ただろうと思います」
「そうかもしれない。
でもなあ、
ときには、
事態を一挙に洗い流す、
土砂降り雨のような展開も必要なのさ。
ほら、ワイン、もう一杯飲めよ」
「遠慮なく、いただきます」
グラスを差し出す南平。
「ところでなあ・・ナンペイ。
お前さんが、放ったオレのスマートフォンなあ、
どうも・・故障したらしくてさ、
修理代の請求書を回すから、よろしくな」
一夜明け、
親子三人は、
「もう一度やり直してみます」と言って、
チェックアウト手続きした。
夫婦の表情には、
こころなしか・・
希望の光が・・射しているように感じられた。
キーを操作して、エレベーターを一階まで降ろした。
別れぎわ、
車いすの女の子は、
・・手を振った。
手を振り返す・・南平。
「元気でガンバレよ。
きみは・・なかなかの利口者だ!」
その後・・
遅番でフロントに入るたび、
南平は、
奇妙な脱力感を覚えた。
一人でフロントにいると、
空虚な気分に・・とらわれる。
左隣に、ポッカリあいた、空間。
精神の月蝕。
ちょっとした、喪失感。
あの娘は、元気に、しているだろうか?
そういえば、オレ・・
赤の他人と真に心を通い合わせたって経験・・
あの、女の子が・・初めてのような気がする。




