なんという夜!
南平の背後。
扉ひとつ隔てた事務室内は、
熱々な波動に満ちていた。
主任は、
婚約者との、ラブコールの真っ最中。
通話は、
すでに一時間を越え、
話は、まだまだ尽きそうにもない。
事務室の扉は、厚いとはいえない。
耳を澄まさなくとも、聞きとり可能だ。
ふだんの設楽主任の口からは、
まず聞くことのできない、
ムーディーな単語が連発されていた。
こっちが赤面してしまいそーだ。
いい加減にしやがれってんだ!
けれど・・
正直・・
羨ましくも・・ある。
心を許せる異性がいるというのは、
いいだろうな・と・思う。
ただし、
南平の良ろしくない性分で、
先々のことを・・
ついつい、考えてしまうのだ。
遠からずして、熱愛から覚め、
平常な感覚に・・
(微熱は伴なってはいるが)
・・戻る。
すると・・
「あばた」は「えくぼ」でなくなり、
感情がコジれたときに、
たがいのエゴが、
真っ正面から・・ぶつかり合う。
「(うへぇー、かんべんしてくれ!)」
女性 男性を問わず、
他人との密着した関係は、
どうにも耐えがたい・・南平であった。
ツライ幼児体験が、
あるわけでは、全然なく、
子供時代から、一貫してそうなのである。
矯正不能。
性格は・・変えられない。
心の奥底に、
のめり込みを拒絶する、
氷の塊りが、貯蔵されているようなのである。
他人とのかかわり合いには、一線を引く。
だからといって・・無関心はダメ!
自分のできる範囲内でのみ、かかわりを持つ。
いわゆる、ひとつの・・【南平主義】
サユリちゃんの言うように、
オレってやっぱり・・冷めているのかなあ?
エレベータードアが開いた。
大鏡に、弓削さんの姿が、映った。
「うへぇー!憂鬱な展開!」
正面をチラッと見る。
探偵は、読書に没入していた。
灰皿に置かれたパイプから、
垂直に立ちのぼっている・・煙。
背後からは、主任のラブトーク。
なんて・・
間の悪い夜なんだろう。
南平は・・単身、
難物に立ちむかうべく、
椅子から腰を浮かせた。
すると・・
エレベーター内から、
弓削さんを、
ハジキ飛ばすような物凄い勢いで、
車いすの女の子 が現われた!
風圧に・・思わず・・よろける・・弓削さん。
少女は、南平のところへ、
ガガッ!っと、
一直線に寄ってきた。




