占い欄
喫茶室内の、かしましい声は、フロントにまで響いてくる。
いつもの日曜と、雰囲気は、だいぶ異なる。
今夜はどうも・・前向きな気分に・・なれない。
スポーツ紙の星占い欄に、目を通している南平。
カタン!
エレベーターが開いた。
降りてきたのは、里見であった。
「おや?
車いすのお譲さんは、どうしたのかね?」
「あの娘・・微熱があるらしくて、
部屋で寝んでいます」
「そうなのか」
ロビーの椅子を引き、
立ったまま、パイプに火を入れる。
「きみと居ると・・彼女、
なんとも・・嬉しそうだった」
ユルやかな煙が立ちのぼった。
「表情もないのに、なんで、分かるんですかねェ?」
南平は、意地の悪い質問を放った。
「うむ。
その証拠に、
きみ以外の人がフロントにいる時は、
近づかなかったよ・・彼女」
里見は、椅子に腰をおろした。
「ただの、偶然ですって」
「必然さ」
むしゃくしゃした気分に支配された南平は、
議論を続けて、
相手を論破してやりたくなった。
しかし・・里見が、
文庫本に目を落としたので・・やめた。
「まいど、今晩は。
食器を下げにまいりました!」
白衣姿の出前持ちが、
あいさつをして、エレベーターへ乗り込んだ。
おおかた、弓削さんだろう。
週に三日は、店屋物だ。
もう一度スポーツ紙を手に取り、
星占い欄を読む。
○てんびん座 ⇒ きょうはスムースに、事が運ぶ一日です。
○アフター・ファイブ ⇒ サプライズが待っているかも。
○ラッキーカラー ⇒ ネイビー・ブルー。
○ラッキーアイテム ⇒ スニーカー。
いくつかあるスポーツ新聞の中で、
ヨンスポの占いが、もっとも相性が良い。
遅番に入ったときには、必ず目を通した。
午後十時三〇分を回った。
電話は鳴らず、
なにも、動く気配なし。
フロント横の小窓を開ける。
濃紺の空、
深まりゆく夜、
外の静けさを・・深呼吸する。
二次会は、たけなわ。
フロント横の化粧室から、
サユリが出て来た。
「南平さん、調子はいかが?」
いい匂いが漂よってくる・・
今宵のサユリは、香水をまとっていた。
「全体の三割が空室じゃあ、
打つ手なし。
埋まって、あと一室か二室だろうね」
「最近、
七階のルーム指定リザーブ、
やたら多くありません?
二週間先まで・・入ってます」
「知らなかったの?
703号室は以前、
あの、笹森 汐が宿泊していたんだ」
「もちろん、知ってます。
一部のファンのライク・スポットになっていることも。
それとは・・別口。
703号室以外の予約が多いのは、
どう、分析します?」
「それだ!
このあいだ、主任と話していたとき、
引っかかったのは?」
「さっきカンパしてくれたお礼に、教えてあげよっかなァ。
いまも・・たまにですが・・ご当人が利用しています。
予約客は、それを狙っているみたいです」
「ご当人って、まさか?」
「ええ、そのまさかです。
私・・この目で・・目撃しました。
巧みな変装なので、よくよく見ないと分からない。
チェックイン・アウトは、お付きの人が済ませて、
彼女は束の間、
想い出の場所で・・過ごす」
「へぇーっ、そいつは初耳だ。
一度見てみたい!」
「ただし・・
彼女・・
一時間と居ませんよ」
「どこから情報が・・漏れるのやら。
それで、最近、オタクっぽい客が増えたワケか」
頬杖をつく、南平。
パイプの煙が、フロントまで漂ってきた。
サユリは小声で、
「ロビーにいる里見さんって、何者ですか?」
「気になる?」
サユリはうなずいて、
「ええ。
いつも慇懃・・されど無礼にならず。
ふところが深そーう」
「肯定的な返事をきかせてくれたら、
教えてあげる」
「?」
首をかしげるサユリ。
「先日のデートの件だよ」
「もーーう、南平さんたら!
すぐ、そうやって人の足元を見るんだから。
ハッキリ言って不愉快です。
答えは、言わなくても・・分かってるでしょう?」
サユリはきびすを返し、
ツンツンして、
喫茶室へ歩いて行った。
自分のおデコを一発叩いた・・南平。
「アフター・ファイブのサプライズ!
さすがは、ヨンスポ、よく当たること!
・・寒気がしてきた」
ジャケットを着こむと、椅子にすわりこんだ。
「(もう少し・・
駆け引きの勉強が、
必要だろうな・・きみは・・)」
探偵はクスクス笑った。




