危惧
映画の大ヒットのご褒美に、
汐は、
社長賞として、
賞状とキャッシュと丸一日(24時間)のオフをもらった。
『小さな太陽』への批評は、
おおむね・・好意的であった。
監督の力量を、
称賛する声が多く、
その次に、
主演女優の演技の功績が来る、かっこうであった。
業界内での評価は、
驚くほど高く。
テレビ局主導でないことや、
少ない製作費(大宝と聖林プロダクション二社の出資)で、
━〈それでも、監督のあくなきイメージ追及の結果、
製作費は・・予算額の1・5倍にふくれ上がり、
プロデューサーが進退伺いを出す一幕はあった〉━
多大な利益を上げたこと。
尻あがりに、
観客動員数が増加していったことを、
称えていた。
シネコンが大勢を占める現在では、
これは・・珍しいことらしい。
製作委員会方式の、
是非を問う・・声も聞こえてきた。
『小さな太陽』は、
続編の製作が、正式に決定したと、
記者会見で発表された。
主演は・・もちろん・・笹森 汐。
監督は、すったもんだの末に降板。
急きょ・・娯楽映画づくりには定評のある、
ヒットメーカーに交代した。
監督降板の件を、
会見の直前に聞かされた汐は、
席上で、
努めて笑顔をみせたけれど、
内面のとまどいや落胆を・・隠し通せるまでにはいたらなかった。
この会見の模様は、動画サイトで繰り返し視聴され、
さまざまな憶測を呼び、
想像力逞しい、書き込みが、後を絶たなかった。
○《監督のコメントの最中、主演女優はソッポをむいていた》
○《司会者による監督紹介の際に、舌打ちをした》・・などなど。
会見のあと、移動の車の中で、
珍しくも・・汐は、
左近マネージャーから、お叱りを受けた。
左近さんはタレ目がつり上げて(といっても・・客観的に見れば・・目じりはタレていた)言った。
「おめでたい席で、お通夜みたいな顔をして。
汐坊は・・プロの女優なんだから・・
本音の部分は、演技でカヴァーしなくちゃダメだよ!」
ペナルティーとして24時間のオフを、半日に削られてしまった。
いまでは、
左近マネの、人心掌握術は、
そうとうなレヴェルまで達しており、
タレントのエゴなど、こともなげに、封じ込めてしまう。
こと仕事に関しては、
自己主張の強い汐であったが、
グウの音も出ず・・黙ってうなづくしかなかった。
以前は、
アメ9割に対してムチは1割程度だったのに・・
いまは、7:3の割合に変化していた。
それは、さておき・・
汐の多忙ぶりは、凄さまじいばかり。
社長賞のオフ(半日)も、
ペンディングされていた。
あちこち引っぱりダコで、
ベッドに入る暇などなく、
移動中の乗り物で、
細切れに睡眠をとり、疲労を抜いた。
よくしたもので、
短時間の睡眠は・・たいそう深く、
質に関しては、抜群であった。
バッ!と寝てサッ!と起きる。
慣れると、けっこう快感なのデス・・(汐曰く)。
大ヒットという現象は、
さまざまな副産物を生みだす。
その最たるものは、
汐が、
歌手としてブレイクを果たしたことだ。
映画のラストで流れたテーマ曲、
『小さな太陽』が、
ヒット・チャートを席巻した。
歌手としてはダメだとあきらめていただけに、
汐の喜びも、ひとしおであった。
批評家による、
気になる指摘に、
「欠点のないタレントと言われる、
笹森汐ではあるが、
流行歌手へのハードルは高い」
というものがあり。
汐自身も、
なんとなく、
そう思いこんでいたのだ。
オリコン初登場二位、
有料音楽サイトのダウンロード数第一位、
というのは・・立派な成績ではないか。
胸を張りたくなる。
「エッヘン♪どんなモンだい!」
ただし・・ある人物だけは、
映画での成功を認めつつも、
汐の将来性に、
危惧をいだいていた。
乙骨プロデューサーである。
汐の演技には、
ある時期を境に、
失速していってしまうような、
脆さ・・欠陥が・・見られたからだ。
♠『若いがゆえに、成立している演技』♠
モデルチェンジの、
恐ろしく・・難しいタイプの・・演技なのだ。
アスリートの有りように似ている。
優れた能力が、
体力・・即ち・・若さに、
そのまま、直結しているのである。
・・早熟な彼女は・・
・・彗星タイプなのかもしれん!?・・




