里見恭平
里見の言葉に同意を示すように、
首肯した南平は・・口を開いた。
「ぼくは、地方出身者です。
大学を卒業したら、
コネで・・
地元の企業に就職することになっています。
ですから、
東京にいることじたいが、
ひとつの・・旅なんです。
ヒマができれば、ひとり、バイクで走りまわって、
史跡や名所見物。
流行りの店をのぞいたり、
たまに・・
友人達と飲みに行って、
バカ話することも含めて・・
それが、ぼくの旅なんです」
「うむ!
それは・・感心だ。
人生設計が、できているようだね」
南平は、
湯気を立てているナポリタンに、
タバスコと粉チーズを振りかけ、
器用にフォークに巻いて、口へ運ぶ。
里見はパイプを、灰皿に置いた。
「ところで・・
きみとマネージャー氏は、
なかなかの名コンビぶりじゃないか」
「ええ、仕事抜きにしても、
相性はいいでしょうね。
ただ・・設楽主任、
近ごろずいぶん、分別くさくなってきました。
まだ・・三十路前なのに。
以前は、
ヤクザ相手に、立ち回りするくらい、
血気盛ん。
その上、話の分かるひとでした。
いまでは、奔放なところは、
すっかり影をひそめてしまった・・残念です。
やはり、
DNAの部分が、大きいんでしょうかね・・オーナーの」
コーヒーの味を、
吟味するように飲む・・里見。
「憑かれたような目をした、
7階の女性は、何者だい?」
「ああ、弓削さん。
中程度のパラノイアですね。
架空の男性に、
ストーキングされてると信じこんでいて、
フロントをてこずらせてくれます。
宿泊代の支払いは、
きちんとしているので、文句は言えませんが・・
正直、頭痛のタネです。
問題を起こさなければいいんですけど」
「ホテル住まいをしているところをみると、
訳ありなんだろうが、
金銭的には、不自由していないってところか」
「仄聞したところによれば、
実家は、お金持ちらしいです。
かかりつけである、精神科のクリニックが近いので、
うちのホテルに滞在しているとか。
マズいな・・個人情報なのに。
オーナーに知れたら、大変だ!」
「だいじょうぶ。
ここでの話は、どこにも漏れない。
安心したまえ」
食事を終えた南平が、
退席のあいさつをして、
自分の伝票を取ろうと手を伸ばすと、
里見は・・それを制して・・言った
「お近づきのしるしだ。よい一日を!」




