夜勤明け
夜勤明けの、
もやっとした頭をかかえ、
ホテルを出た・・南平。
旧盆・・八月半ば。
まだ、午前中なのに、外はひどく暑い。
街並が、変に、まぶしく感じられる。
太陽光線への耐性が、
低下していた。
典型的な、明け番現象だ。
早いところDVDが見たかった。
しかし、
まずは、
空腹を満たすことが先決だ。
賄いだけでは・・足りないのである。
ホテルの近くを避け、
駅の反対側へ向かう。
黄色い看板のファミレスに入る。
店内は・・素敵に涼しかった。
タバコが喫いたかったので、
喫煙席を、選択。
メビウスに火をつけ、
煙を、肺まで喫いこんだ。
頭が・・クラクラっときた。
(気持ち悪くて・・気持ち良い!)
タバコのアルカロイド成分によるケミカル効果。
この感じは・・クセになる。
「おやっ?」
奥の席に、
里見の姿を見つけた。
パイプを片手に、
新聞を広げて、コーヒーを飲んでいる。
相手が気づくまで、視線を・・止どめておく。
待つこと・・〈二分〉・・目が合った。
ジェスチャーであいさつする、南平。
里見はニッコリすると、
パイプの煙をモワッと吐き出し、
向かいの椅子を、
指さして、手招きした。
「こんにちは・・
楠 南平・・くん」
席を移動した南平は、
フルネームで呼ばれたことに、ビックリした。
里見のテーブルの上には、
食べかけのモーニング・セットと、
ノートPCが置かれていた。
ナポリタンのセットを注文した南平は、
好奇心を、
押さえきれないようなようすで・・たずねた。
「気にさわったらカンベンして下さい。
里見さんは、
なにを・・
生業に、されている方なのですか?」
里見はクスクス笑って。
「かけ引きなし。
直球できたね」
「不器用な性質なもんで」
「いやいや、ご謙遜を。
きみの仕事ぶりには、いつも感心している。
理系とは、意外だったけどね」
「どうして、ぼくのことを?」
「こいつが・・ぼくの仕事。
俗に言う・・私立探偵。
企業から個人まで、
さまざまな調査を、専門としている。
経済状態いかんでは、
ペット捜しだって、引き受ける。
この、ご時世だ、
・・贅沢は言っていられないからね」
「ホテルの部屋を事務所にするなんて、カッコいいですね。
まるで、ハードボイルドの映画みたいだ」
「そんな優雅なものではない。
前の事務所を追ン出されたばかりでね。
必要に迫られての、ホテル暮らしさ」
南平は思う・・
声は人となりを、あらわわす・・というけれど、
これくらい安定した声の持ち主はマレである。
さざ波ひとつ立たない。
里見さんとの、
外見ともマッチしている。
努力による自己構築だけでは、どうにもならない。
持って生まれた資質が、
こういう存在感のある人物〈おとな〉を作り上げるのだろう。
・・深く、感じ入った。
「いくら、若いとはいえ、
大学に通いながら、
週五日の、
夜勤をこなすのは、大変だろう?」
「滞りなく、
業務が収まれば、
仮眠時間があるので、
翌日に支障を来たすことは・・あまりないです。
アンラッキー日は、
週一・・〈五回に一回〉・・くらいの割合ですかね。
慣れれば、楽な仕事です。
それに・・今、
大学は夏休みですから」
「夏休みは、どこへも行かずじまいなのかい?」
「ええ」
「有給休暇は、取れるんだろう?
夏の想い出というのは、
不思議と・・
心に深くきざみこまれる。
若いうちは・・特にね。
セミの季節と若さは・・イコールみたいなものだ。
大事にしたまえよ」
探偵の言葉を咀嚼しながら、
南平は・・大きくうなずいた。




