公開オーディション
笹森汐 ━ 汐坊。
当時から、
カンの良い子だな・・と思わされることが、
しばしばあった。
涼の心の動きを、
正確に読めるような、
怖い所すら、
汐にはあった。
ふだんの彼女は、
その事実を、
偶然そうなったかのように、
印象づけようとしていた。
「カンのいいことは・・誇るべきなのに」
不可解に思った涼は、
本人に、
それとなく、
探りを入れてみたことがある。
以前、
誰かに、
こう言われたらしい、
「水商売の子だから、はしっこい!」と。
この心無い言葉には、
そうとうショックを受けたらしく、
以来トラウマになってしまっていた。
他者より、
素早く反応できること、
頭の回転が速いこと、
(先読みの才)を、
イコール=狡さと思いこんでいた。
コンプレックスは、
優れた長所を、
長所として自覚できなくしてしまう。
涼は・・嘆息した。
もったいない話ではないか!
なんだかんだ言っても、
結局のところ、
汐の行動は、
持ち前のカンをベースにしていた。
涼は、
時間をかけて、
小さな相棒の、
考え方の矛盾点を、
解きほぐし、
コンプレックスを、氷解させ、
意識の、
軌道修正をほどこしていった。
一方、
夢叶ったりの汐は、
涼にいちゃんと、
フロント内で、
一緒に過ごす時間が増え、
開かれた扉のこちら側で、
ウキウキしていた。
月に一度の、
涼にいちゃんとの外出は、
宝物のような日であった。
汐の、
お気に入りのデート(汐主観であります)コースは、
映画鑑賞と回転ずし。
涼は、
初めて二人で出かけたのときに、
面くらってしまった。
「支払いは、
割り勘にしたい」と、
汐が申し出た、からだ。
涼が、
多めに支払おうとしても、
頑なに、
受け入れなかった。
会計は、
キッチリ割って、
半分ずつなのだ。
これには、理由があった。
汐の母親は、
しつけには、ことのほか厳しく、
他人から、
お金を出してもらうことを、
かたく禁じていたためだ。
それと・・
汐自身のコンプレックスの問題。
経済的余裕のない、
家庭の子が、
弱みを見せまいとする、
けなげな姿であった。
貸し借りなしの対等な関係は、
以後も、
継続されていった。
小さなバディと、
出かけるときには、
涼が、
客室まで出向き、
母親に断りを入れて、
承諾を得る。
という手続きを、
必ず..踏まされた。
年の差カップルは、
映画館に入ると、
チケットを購入し、
ソフトドリンクと軽食を、
売店で買い求め、
座席に腰をおろす。
━(映画のセレクションに関して、
イニアシチブを握っているのは、汐であった)━
シートに腰を落ち着け、
映画のパンフレットを抱き、
期待に胸をふくらまらせる・・汐。
パンフレットは、
汐のおこづかいでは、
高い買い物であるにもかかわらず、
毎回必ず、購入していた。
ホテルに帰ったあとで、
ストーリーの細部や、
製作の裏話、
スタッフ・キャストなどを、
細かくチェックするのである。
原作があれば、
学校の図書館でリクエストして、
取り寄せてもらい、
熟読した。
汐の読解力には、
非凡なものがあり、
国語の成績は、
抜群であった。
作文では、
何度か、
賞を貰ったこともある。
スクリーンを覆う、幕が開く。
CMや予告編を見るのも、
汐の楽しみで、
『NO MORE 映画泥棒!』
が始まると、
目を輝かせ、
ポップコーンを食べながら・・クスクス笑う。
後日、
フロント内で、
『映画泥棒』の、
パントマイムを真似してみせて、
涼のお腹の皮を、
大いによじらせた。
予告編は、
真剣にチェック。
来月見にいく映画を、
選ぶ・・
参考にするためだ。
本編が上映されると、
ビックリするような、
集中力を発揮して、
映画の世界へ、
グーン!と入っていってしまう。
ポップコーンへと往復していた手は、
ピタッと、
静止状態になる。
同時進行で、
彼女の周囲の空気が、
変化を遂げる。
毎度のことではあるが、
涼には・・
・・それがなにやら、
未知の現象のように、
思えて仕方がない。
映画館のシートに身をあずけ、
恍惚としたようすの・・小さな相棒。
スクリーンに、
身も心も溶ろかして、
遠い遥か彼方の世界へと、
想像をめぐらせているようすが、
隣に座っている涼には、
手に取るように感じられた。
対象と純粋に一体化している、
汐を見ていると、
『幽玄』という言葉が、
想起される。
笹森汐のデータが、
蓄積されてくるにつれ、
涼の内部に、
ある考えが生まれた。
いつのまにか、
それは・・
確信じみたものに 変わった。
この子は・・普通とは・・違う!
特別な・何か、
〈天分〉というパスポートを持っている。
ルックスだって悪くない!
国語力にも長けている。
才能がものをいう、
芸能の世界<タレント>に
向いているのではなかろうか?
運の波に乗りさえすれば、
スターにだって、なれるのでは?
汐が中学二年の時、
本人には、内緒で、
涼は・・
業界では中堅どころ、
『聖林プロダクション』主催のタレント・オーディションにエントリーした。
一次選考の、
書類審査を通過。
その時点で・・
汐を説得にかかった。
ひどく迷う彼女の、
━(迷いが深いぶん、本人は、真剣だった)━
背中を、
強く押した。
オーディションは、
中規模のホールで、
公開形式という形で、
行われた。
招待客や、
有料入場者で、
ホールは満員だった。
審査員五名が、
『公開討論でグランプリを選ぶ』という、
異色の試みが、
強い興味をさそったのだ。
派手目なデザインの水着を着て、
汐は、
コンテストに臨んだ。
(水着は・・涼からのプレゼント)
本番スタート!
クジ引きの結果、
汐は、
緊張度の高い、
トップバッターで、
出場することになった。
アワアワしそうになる汐。
緊張の波に、
押し流されそうな自分を、
土俵際で、
辛くも、食い止めた。
照明のまぶしさに加えて、
汐の脳内が、
ハレーションを起こしたせいで、
客席も舞台も、
まったく視界に、
入って来なかった。
涼にいちゃんの姿を、
目で追ったが、
どこにいるのか、
分からなかった。
客席の涼にも、
汐の緊張がシンクロしてしまい、
大量の汗が、
全身から噴き出した。
○課題A━「歌唱力」
歌声を披露する・・〈まずまず(涼の評価)〉
○課題B━「演技力」
芝居の 一場面を、
台本片手に、演じる・・〈これは、上出来(涼)〉
○課題C━「自己表現力」
スピーチ・タイム・・
〈悪くはなかった。ただし、アドリブを入れようとして・・トチった↘(涼)〉
控室に戻った、汐は、
本番の緊張から解放され、
放心状態に陥り、
五感が遮断されてしまった。
・・「戦士の休息」・・
入賞者を決める、
公開審査は、
紛糾した。
激論の結果、
審査員の一人による、
(感じの悪い男だった)
強引な推薦がきいて、
汐は・・補欠で合格。
瀬戸際で、
プロデビューを、
勝ち取った。
会場でオーディションのようすを、
自己流に、
採点しながら、
見ていた涼は、
困惑の表情を浮かべた。
「うーむ!
汐坊がギリギリでセーフだなんて、
ずいぶんと・・
ハイレヴェルな争いじゃないか!?」