オーラⅡ
「負けたよ、汐坊!
神様のご宣託とあらばしかたない。
・・つきあいますか」
「しかたがないというフレーズには、
ちょっぴり引っかかるけれど、
これより・・平成版シンデレラの開幕なーりー♪」
「カボチャの馬車は・・いま・・いずこ?」
涼の問いかけに・・汐は、
スマートフォンを、差し出して。
「コレがそうよ!
高度な情報化時代のカボチャの馬車。
マネージャーからの連絡ひとつで、
涼にいちゃんの前から、
そっと・・姿を・・消すわ」
一粒の涙が、ハラリとこぼれ落ちた。
なんとも・・
切ない表情。
そして・・
訴求力。
汐の内界から、
(女の髄液を、たっぷり含んだ演技力から)
強大な・・「蠱惑パワー」が・・発動された。
十七歳のフェロモン攻撃の、
術中に嵌った・・涼。
金縛り状態に陥る。
あらがえきれない・・魅力。
魔性のパワー。
グイグイ引きずりこまれていく。
アリ地獄にかかった・・アリ状態!
「恐るべし・・
・・まじヤバイ・・!」
涼は、
とっさの機転で、
ビールびんを地面に落とした!
━〈ガッシャーン!〉━
「おっと、ゴメンよ。
ガラスのクツを踏ンづけちまった!」
汐の、
弩引力は、
サーッと・・ 消え去った。
「も━━う・・
意地悪なんだからぁ・・
いいところだったのにィ━━」
小悪魔のような表情、
視線が、
汐から・・消滅した。
素に引き戻されたDJアイドルは、
プクーッ!と、
両頬をふくらませる。
涼は、
ひとさし指で、
シンデレラの頬をつついて。
「時間は貴重だ!
いこうぜ、バディ!」
気を取り直した、汐は、
いつもの汐坊へ戻って、
ニコやかに、
敬礼のポーズをとってみせた。
「あいあいさー!」
再びコンビニへ寄り、
ビールを買うと、
涼と汐は、
夜の街を練り歩いた。
はずむ・・会話のキヤッチボール!
解放感にひたり、
両手を振りまわして・・
はしゃぐ・・汐。
彼女の心身の動きに、
ビートが刻まれ、ポリリズムが生まれた。
涼のビールをひったくり・・一気のみする。
理性のストッパーは、
━ポン!と━
はじけ飛んだ。
オーラ全開!
発光体と化した、汐。
夜の街で、
彼女だけが、
スポットライトを浴びたように、
明るく、浮かび上がっている。
「(まずいゾ!危険信号!)」と涼。
時すでに遅く・・
道行く人々の注目を、
集めてしまっていた。
○「ああっ、笹森汐だ!」
○「汐坊がいる!」
○「お忍びでデート?」
○「相手はダレ、芸能人?」
○「スマホで写しとけ!」
○「ネットにアップだ!」
○「写真週刊誌に売れるかも?」
続々と、人が集まってくる。
舌打ちする涼。
「ったく!
後光のオーラは、実在するじゃないか。
目の前に!ハッキリと!
汐坊よ、
いまのキミは・・ホタルの光!」
フラッシュやシャッター音が炸裂する。
涼の背すじに、
冷や汗がにじんだ。
笹森汐の、初スキャンダル!
スポーツ新聞の見出し!
テレビの芸能ニュース!
ネットへの書き込み!
人々の噂!
誹謗&中傷etc、etc。
心臓が収縮する。
DJアイドルは、
まるで、ハプニングを歓迎するかのように、
楽しそうにキャップを取り、
フォトジェニックな笑顔を、振りまいていた。
笑顔のまま、
タイミングをピタッ!と押さえて、
ビックリするほど自然に、
汐は、
涼に、
「マネージャーの役」を振った。
とっさに対処し、
即席に、
与えられた役割をこなす・・涼にいちゃん。
(ファンサービスに努めるアイドルをいさめ、
スケジュールに間に合わせようと、あせるマネージャー)
という・・アドリブが成立した。
ファンにペコペコしながらも、
毅然とアイドルを説得、
手を引いていくマネージャー役を演じる、涼。
ファンとやじ馬を、
どうにか、こうにか、やり過ごした。
人通りのない路地へ、
駆けこんだふたりは、
顔を見合わせて・・
大笑い。
「やるじゃないの、涼にいちゃん!
芝居心あるよ!」
汐は、
パチパチと、
ささやかな拍手を贈った。
「そりゃァ必死さ!
マスコミざたになったら、
汐坊の将来に、かかわるだろう?
しかし・・
やじ馬連中をケムに巻いたのは、
ちょっと痛快!」
「フフ。相手のことを真剣に思いやれるのは、
涼にいちゃんの得がたい長所!
私のネギトロ腹も満たしてもらったっけな」
「こう見えても、
サービス業に、従事していますからね」
汐は背伸びして、
クンクン・・匂いをかぐように・・
まじまじと、涼の顔をみつめる。
「ズイブン変わったよネ。
いまは、社会人然としてるけど、
以前は、長髪で、
世の中に、
どこか・・反抗している感じだった」
「うむ。そのとおり。
『仕事ができれば、
外見なんか、どうでもいいだろうが!』
という傲慢な気持ちでいた。
口うるさいオーナーに反撥していたところもあるかな。
気が付けば、
いつのまにか、
社会の歯車に、
組み込まれていたというわけだ。
まっ、
平たく言えば・・オトナになったということだ。
ところで、汐坊、
お母さんは元気かい?」
「有能なマネージャー氏の、
努力のかいあって、
こじれた関係は、修復されちゃった。
私の芸能活動については、
お母さん・・いまだに・・
こころよく思っていないけどね。
会うたび、
こう言われるの・・
『いい本を読みなさい。
繰り返し読んで、
内容を深く理解しなさい!』」
母親の口調、
表情を、
(意図的に)
気味の悪いほど、
そっくり真似て、言った。
涼の背筋を寒くするほどの、
根っからの、
エンターティナーぶり・・だ。
「汐坊と映画に行ったときに、
約束の門限に五分遅れて、
部屋まで送り届けたときに、
怒鳴りつけられたのには・・参った!
しっかりした人だもんな、君のお母さんは。
毎年、律儀に、
お中元とお歳暮を、贈ってくるよ」
汐のスマートフォンが光り、
バイブレーションを起こした。
「涼にいちゃん、タイムアップ!
カボチャの馬車の・・お出迎え!!」
「きょうは楽しかった。
映画のヒットを願ってるぜ。バディ!」
「ありがとう!」
と言うと、
汐は、スイッと接近し、
顔をグン!と寄せて、
涼の耳たぶを噛んだ。
「痛てッ!」
顔をしかめる・・涼兄ィ。
「ふふふ・・
ガラスの靴を壊した罰よ。バディ!」
汐は、
クルっ!と身をひるがえし、
髪を・・(セクシー度75パーセントに)・・たなびかせ、
足早に走り去った。
涼は・・思った。
「(残りの25パーセントが、
開花するのも、
時間の問題だろう)」と。




