再会の回転ずし
あいさつを終えると、
すぐさま、
目深に・・キャップをかぶり直した。
次いで、
セカンドバッグを、ひょいと持ちあげると、
涼へ手渡し・・着席した。
一連の動作は、
洗練されていて、美しかった。
さすがは・・女優である。
涼は、
ビールの入ったグラス。
汐は、
お茶の入った湯呑みで、
再会のカンパイ!をした。
「いい出来だったよ、映画。
スター誕生だ。
おめでとう、汐坊!
いや・・
汐さん?・・と呼ぶべきかな?」
「なに・・言ってるんだか。
いつまでも・・私は・・汐坊。
いま、
こうしていられるのも、涼にいちゃんのおかげ。
陰に陽に、
物心両面のフォロー、感謝してます。
ほんとうに、ありがとうございます!」
キャップを取り、
カウンターの上に置くと、
深々と、こうべを垂れた。
「よせやい!オーバーだよ!」
涼は、
戸惑ったような、
表情を見せると、
有名人となった、
バディーの小さな頭へ、キャップを被せてやる。
「お礼をしたかったの・・ずっと!
映画に出るなんて、
夢のまた夢だった。
この私が、
スクリーンの中の、人物になるなんて・・」
「アクション場面なんか、
相当な迫力だったよ。
あれは、CGではないんだろう?」
「モチよ!
あの監督は、
クレイジーなまでに、
リアルな迫力を追求するヒトだから。
すり傷や、あざが絶えなかった」
「女優業も大変だ」
「まあね。ウフフ」
汐は、
回転するお皿へ、
目を移し、
握って間もない、
エビの皿を取り、パクついた(もぐもぐ)。
美味しそうな表情、
こぼれるような笑顔は、
以前と・・ちっとも変わらない。
変化したのは・・
・・頭の高さだ!
涼の肩あたりまで、届いている。
三年前は、
胸のあたりだったのに・・。
体つきも、
ヴォリュームを加え、
ひと回り大きくなった。
歳月とは・・こういうものか。
それと・・筋肉・・である。
腕や肩が、盛り上がっていた。
パンツルックではあったけれど、
ふくらはぎの部分が、パンパンに張っているのがうかがえる。
涼は、
鉄火巻きを、口に運ぶ。
海苔の香りが、ふんわり広がり、
鼻腔を刺激した。
テンポよくパクついている、汐。
つぎに・・大好物の、
ネギトロが乗った絵皿に、手を伸ばした。
ピタリ!
(一瞬 の 逡巡!)
手の動きが 止まった。
その場面に、
涼の視線も、
ピタリ!と、止まった。
「あちゃーァ!」
汐は、
顔を朱に染めて、
自らの条件反射に、
「ククク」と笑った。
「おっかしいなあ?
芸能界に入って・・売れてからは、
オール時価のお寿司屋さんにだって、
普通に、入れるようになったのにイ。
涼にいちゃんといると、
どーゆーわけか、
ホテル時代に、タイムスリップしてしまう。
子供時代の汐には、
絵皿は・・贅沢品だったもん」
「うむ。これで安心して、
汐坊と、呼べるワケだ」
「テヘヘへへへへ」
すっかり打ちとけ、
以前に戻った、ふたりであった。
「いつしか、
女性としての気品が、
備わって、
『坊』が取れるように、ガンバリまーす」
「敬称を添えて、呼ぶのも、
そう・・遠いことではないさ」と涼。
「ほんとうは、いらないんだけどね。
敬称・・なんて」
「えっ?」
「まあ、その話は、置いといて・・と」
━○━○━
汐は、以前、
同期の声優の子と、
お茶をしたときに聞いた、
初体験の話に、ショックを受けた。
以来ずーっと・・
頭に、こびりついていて・・離れなかった。
「『ねえ、汐坊!聞いてくれる。
カレシったらさ、
ふだんはチャラくて、
私を━「ちゃん」━づけで呼ぶコト知っているでしょう?
でも・・あのトキは・・
真剣なまなざしを向けて、
震えるような声で、
私を、呼び捨てにしたのォ!
なんか、ウルウル来ちゃってさあ。
このヒトに、どこまでも付いていきたいなって、思っちゃった。
と━━っても、痛かったけど、
サクラメントって感じカナ!』」
その日の夜、
汐は、
身体がホコホコ火照って、
なかなか・・
眠りに就くことが出来ずに、
何度も何度も、
寝がえりを打つハメとなった。
汐は・・
まだ・・未経験であった。
━○━○━
お茶用の大きな湯呑みを、
棚から、
新たに、
抜き取った汐。
涼兄に向けて、
指を一本、
ピン!と立てる。
「お酒は、二十歳になってからだぜ、バディ」
言いながらも、ビールを注いでくれる。
ひと息に呑みほした汐は、
あらたまった口調で・・言う。
「涼にいちゃん。
ご婚約、おめでとうございます!」
「おう、ありがとう。
オレも今年で・・」
「七月七日で、二十九歳」(かぶせるように汐)。
「そうそう、その通り。
来年は・・三十路だ。
そろそろ、身をかためようと思ってな」
「キレイな女性?」
「女優じゃないから・・
まあ・・・そこそこのレベルかな」
照れ気味に、
指で、鼻の横をなでる。
「それは、ようござんしたねェ」
汐は、
山盛りのガリを頬ばった。
ビールの酔いが、
汐の顔を染め、
舌をなめらかにした。
毎日が、
とても充実しているという話を、
振り出しに、
映画撮影時の㊙エピソード。
内々に進行している仕事の話。
芸能界ウラ情報まで、
彼女の口から、
縦横に語られた。
汐がエントリーしたときのオーディションで、
グランプリに輝いたアイドルは、
ヒロインを演じた映画こそ大ヒットしたものの・・
準主演した、
プライムに放送されたテレビの連ドラと、
深夜ドラマが、
連続してコケ・・
その後・・
泣かず飛ばずでいることを、
ちょっぴりウレしそうに語った。
そのあとは・・
『小さな太陽』の撮影のウラ話。
監督の、
偏執狂じみた粘り!
キツすぎる要求!
サディスティックなまでのダメ出し!
に、
腹をブンブン立てた汐は、
ビン入りの炭酸飲料 半ダースを、
付き人に買いにやらせ、
それを・・
撮影所の外壁に、
一本ずつ、
力いっぱい投げつけて、
ブチ割ったことを・・喜々と話した。
このパンクな行為は、
けっこうなストレス解消剤になるそうだ。
ラジオドラマについて語り出すと、
止まらなくなった。
(どうやら、彼女にとって、本丸らしい!)
中身の濃い話が、
立て板に水のように語られる。
聞く者の興味をまったくそらさない。
DJ汐坊の、
面目躍如であった。
アルコールが回って・・気がゆるんだのか・・
話は、
グチ方面へと移行した。
ラジオ局の、
乙骨プロデューサーというのが・・ウザい!
ラジオの仕事以外にも、
私生活にまで、
細かく口出ししてくるので参っていると・・こぼした。
「サングラス姿のアクの強そうな人な。
新聞で見たよ。
ラジオドラマを蘇らせた 【仕掛人】として、
脚光を浴びているね。
まさに、飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
発言も、大風呂敷!
ただ・・
汐坊の言わんとすることは・・分からんでもないが、
サジェストしてくれるのは、
きみの将来を、心配してくれているからさ。
物事を、
悪い方には取らないことだ」
「サジェスト?
そんな・・生やさしいもんじゃない。
押しつけ!
強制よ!
ホント・・あったま来る!」
「オレさ・・以前・・
どこかで・・あの人を見た覚えがあるんだよ」
「近ごろじゃ、テレビにも顔を出して、
吼えてるからじゃない?
ほら・・
『哉カナ☆』は、ラテ局、
(ラジオとテレビ両方を持つ放送局)
でやってるから。
どちらも行き来可能なわけ」
少し考えこむ涼・・「なるほど、そうなのか」
「ヒック!失礼!」と汐。
「ちょいと呑み過ぎだ。
・・そろそろ・・行こうか?」
声を合図に、
汐はバッグから高級サイフを出して、
ブラックカード抜いた。
「涼にいちゃん、
きょうは私に、おごらせてね」
カードで精算する・・汐。
店を出ると、
涼は、
レシートの合計額を、
(消費税も含めて)
きっちり2で割り、
汐へ手渡した。
「これがバディというものさ!
・・違うかい?」
汐は、
苦笑しつつ・・受け取った。




