ギミック
力量では、遥かに劣る汐。
男の銃口が、
彼女へ・・向けられる。
引き金を引く指に、
キリキリ・・力が込められていく。
そのとき・・汐に、
或るヒラメキが・・訪れる☆
太陽光線を遮断している、
黒塗りの天窓を撃ち抜き、
鏡に太陽を反射させ、
小さな太陽で、
男の目を眩ませる。
その瞬間をつかまえて、
復讐の弾丸を男に射出。
「(B級には違いないが・・よくできたストーリーだ!)」
先読みした涼は、
腕組み姿勢のまま、うなずいた。
しかし、
映画は、
思いもよらない方向へ、
進行していく。
弾丸を発射!
砕け散る天窓!
光の反射!
視界を・・失う・・男!
なんと・・ここで・・
汐のピストルは ━━ 弾丸切れ!
別のピストルを・・抜き出そうとした刹那・・
体勢を立て直した男に、
撃たれて、
あっさり・・死んでしまう。
ドン!と転がる・・汐の死体。
マイナスの意味で、
意外な結末である。
とんだ・・肩すかし。
すこぶる・・後味が・・良ろしくない!
男は、教え子の汐に、
花を一輪手向け、
いずこかへと・・去っていく。
□ エンドマーク □
客席のあちこちから、
拍子抜けした声や、
タメ息が漏れる。
そして・・ブーイングも!
落胆の・・舌打ち!
しかァ━━し
短気は損気。
早合点は、禁物だ!
この映画には、
仕掛け(ギミック)が施されていた。
エンドロールに移って、三十秒の・・後。
画面は、急きょ、
〈テロテロした音声と共に〉
逆回転を・・開始。
汐扮する主人公と、
男との、
撃ち合いの場面に・・戻った。
そして・・冒頭と同じ、
脚本のアップ。
対決シーンの印刷されたページが、
パラリ!と開かれる。
文字は、
みるみる・・消え、
白紙と・・なった。
キーボードを叩く音が入り、
クライマックス部分は、
カタカタ!
と、書き直されていく。
━━速いオーバーラップ━━
海面から、浮かびあがるように、
ズン!と、
顕われる・・画面!
汐と男との、
一対一の対決シーン・・ふたたび!
主人公、とっさのヒラメキ☆
天窓を、撃ち抜く、汐!
射しこむ、太陽光!
鏡に、乱反射!
男の目がくらむ!
汐━・━・トリガーを引く!
弾丸発射!
男の心臓、撃ち抜く!
西部劇のヒーローよろしく、
銃口に、
「ふっ!」と、
息を吹きかける・・汐!
麻薬部屋にドポドポとガソリンを撒き、
火を放つ!
煙を、吐き散らし、
燃え上がる建物!
夕空へ、
もうもうと噴き上がる、黒煙!
消防車のサイレンの音が、近づいてくる。
海をのぞむ・・崖。
たたずむ・・汐。
波の音。
沈みゆく、太陽。
海に向かって、
ピストルを投げ捨てる。
去っていく主人公の、うしろ姿。
閉じられてゆく脚本のアップ。
オーバーラップ。
□エンドマーク□
汐が歌うエンディング曲
『小さな太陽』が流れ・・エンドロール。
上映時間、105分。
『小さな太陽』は、終了した。
場内を、
好意的な拍手が、
埋め尽くした。
「(どうやら・・賭けは・・
吉と・・・出たようだな)」
映画の出来ばえと、
汐の成長ぶり、
そして・・
衰えを感じさせない監督の腕前に、
涼は、感心した。
懐かしの、
回転寿司店内で、
涼は、
カウンター席に腰を落ち着け、
ガリ(生姜)と映画の余韻をつまみに、ビールを飲んでいた。
夕飯どきには・・まだ早い。
とはいえ・・
日曜日という事もあり、
店内は、まずまずの混みぐあいであった。
「多忙な主演女優は、
本当に・・現われるんかいな?」
左隣りの席に、
セカンドバッグを置いて、
場所を確保している・・涼であった。
映画館でも、
回転寿司店でも、
汐は、
いつも・・
涼の、左側に座った。
ちょんちょん!
と、
肩を叩かれた。
ふり返ると、
キャップを被った若者が、
立っていた。
「お待たせ、涼にいちゃん!」
席から立ち上がる・・涼。
右手人さし指で、
キヤップを、持ち上げ・・
汐は、
上目使いに、相手を見た。
澄んだ目の奥から、
放射される光が、涼を照らした。




