引き続き・・・鈴木サユリ
引き継ぎ後の、
ややこしい作業を終え、
ブルーマウンテンコーヒー(紙コップ入り/150円)を飲んでいるサユリ。
主任のおごりである・・(クレーム対応のご褒美だ)。
「ひじ掛け」のついていない、
フロント用チェアに腰を落ちつけ、コーヒーを味わう。
この椅子は、
サユリに大切なことを教えてくれた。
オーナーと主任の椅子には、
ひじ掛けがついている。
立場の上の者が、
ランクの高い備品を使用する。
しごく当り前のことにショックを受けた。
(へぇー、これが社会というものなのか・・)
長期のアルバイトをしたのは、
『設楽』が初である。
一年が、
あっという間に過ぎた。
世間智という観点からすれば、
大学よりも身になることは、はるかに多い。
世の中には、
ざまざまな仕組み(スキーム)があり、
実に、
多種多様な人がいる。
フロント業務開始当初は、
驚きの連続だった。
許容範囲を超える出来事に、
いくつも遭遇した。
コミュニケーションの取れない外国人のお客様を相手に、
(日本語が話せず)
(片言の英語もダメ)
(共通言語がない)
途方にくれたこともあるし。
ちょっとした言葉遣いで、
(悪気はなかった)
お客に激怒されたこともあった。
いままで、
面と向かって、
怒鳴りつけられた経験がなかったので、
個人的にはショックであり事件だった!
あのときは、
主任が、
とっても優しく慰めてくれたっけ。
ホテルのスタッフが、
親切にサポートしてくれたことや、
生来、もの覚えのいいこともあり、
フロント業務を、
人並に こなせるようになるまで、
それほど、時間はかからなかった。
接客のカンどころものみこんだ。
コーヒーをひとくち含み、
本日の客室状況を、
確認するため、
パソコンの画面に目を向ける。
ルーム指定予約が、
一件入っていた・・「703号室」。
エレベーターのドアが、不意に開いた。
サユリの集中がほどける。
現実の方に注意を向け直す。
エレベーター横の大鏡に、
弓削さんの姿が映っていた。
南平先輩のいわゆる・・フロントの受難。
お決まりの、
うかがうような表情でフロントに近づいてくる。
きょうは、髪に赤いリボンを巻いている。
心持ちフロントのカウンターに、
身を乗りだしてくる、弓削さん。
年齢のわりには、
幼い顔立ちをしている、
メイク次第では、
かなり、見映えのする顔だ。
口を開きかける剣呑な・・彼女。
サユリは、
その、
機先を制した。
内緒話モードへと、
極端に声を落とす。
そうしてから、
スピーディーに言葉を発した。
「弓削さん!
いま、警察の人が来て張り込んでいます。
ここで、ちょっとでも、
犯人の話をすれば、
逃げられて、
元も子もありません。
部屋に戻って、じっとしていて下さい。
なにかありましら、
すぐに内線電話にてお知らせしますから。
さあっ!早くっ!」
「まあーっ、そうですの!
教えて下さってありがとう。
わたくしの味方は あなただけですわ。
感謝します!」
(ゴメンね、弓削さん・・)
(きょうは、サークルの課題をまとめなければならないのよ・・)
事務室のドアを、
内側から静かに閉じる主任。
(南平よ!・・サユリちゃんを見習うことだ!)




