真夏の雪
時刻は午前一時を回った。
事務室のソファーでうとうとしている設楽主任。
トントン!
ノックの音。
南平が顔をのぞかせた。
少しギラついている、
深夜モードの目を向けて報告した。
「主任、満室になりました」
「お疲れさま。レジを閉めよう」
涼は、
伸びをしなが言った。
その言葉を聞いてホッとする南平。
レジ締めさえ終了してしまえば、
主任は退室。
・・あとは自由時間。
夜食にテレビのリラックスタイム。
仮眠すれば、
疲れの大半は取れる。
フロントのデスクに着く 涼。
レジのお金を数え、
カード精算したお客の確認や、
当日分のレシートと、
客室管理票を、
詳細にチェックしているあいだ、
南平は、
すぐ横で起立姿勢である。
金銭の出納に関しての、
質疑応答が交わされる。
この二人態勢には、
防犯の意味合いもあった。
「おい、南平!
里見さんの宿泊代が、
入っていないじゃないか!」
「ええ。
明日の19時までには、
必ず支払うとのことです。
大丈夫ですよ、
あの人に関しては」
「担保は、お預りしているのか?」
「いいえ」
「だめだよ。
うちは前払いが原則なんだから」
「しかし、里見さんは、
信用できそうな人物です・・」
「黙れ!南平!
遊びじゃない!
ビジネスなんだぞ!
あした、
19時までに入金がなかったら、
即座に退室手続きをしろ!
一分の猶予もなしだ!
わかったな?」
「はい・・」
「よーし、忘れるな。
こんど 掛け売り なんかしたら、
お前の給料から差っ引くゾ!」
「・・わかりました」
こと金銭に関しては
厳しい主任であった。
レジ締めが終了。
フロントは、
一日の終わりを迎えようとしていた。
売り上げを、
事務室内の、
大型金庫へ納めると、
涼は、
釣り銭用の紙幣と小銭を、南平に渡す。
釣り銭をレジにセット。
ロックをかけると、
南平は、
各階の見回りとゴミ出しに取りかかる。
夜の作業を片づけてから、
近所のコンビニまで、
夜食の買い出しに走った。
その間、
涼は、
いつもの儀式・・『葉巻タイム』。
デスクの引き出しから、
木箱に収められた、
新品の葉巻(シガー)を取り出した。
ある人から贈られた、
高級品である。
期待に胸が高鳴る。
ふだん喫っている、
安葉巻とはモノが違った。
木箱を持って、
ソファーまで移動すると、
腰を落ち着け、
深く呼吸をしてから、
丁寧に封を切った。
木箱のフタを開き、
中細の葉巻を一本抜き取る。
包装を剥いた。
素晴らしい香りが・・漂う。
専用の小型折りたたみナイフを、
ダークブルーの制服の内ポケットから、
抜き出すと、
慎重に喫い口を切り取った。
赤い柄の、
しゃれたデザインのナイフを、
折りたたんで、
テーブルの上にコトン!と置く。
ロングサイズのマッチで、
葉巻を回しながら、
先端に火を点けていく。
煙を喫いこんで、
じっくりテイスティング。
「うーむ」
(まるで・・粉雪)
(飛びっきり・・・繊細だ)
(それでいて、ズン!とくる存在感)
(贈り主そのものではないないか!)
噂にのみ聞いていた葉巻は、
やはり、逸品だった。
そのぶん、値段も破格だ。
涼のサラリーでは、
常用などありえない。
極上の時間が、
煙となって立ちのぼってゆく。
気がつくと、
コンビニの袋をさげた南平が、
入口の所に寄りかかっていた。
「コレが噂に高い、
キューバ産の・・」
と南平。
「【真夏の雪】
特別限定品だ!」
言い添える涼。
「繊細ですね!
香りのラインがごたまぜにならず、
一本一本がキレイに立っている」
「しかも、有機的に。」
目を細め、
煙をくゆらせる涼。
「おすそ分けしてやりたいのは、
やまやまだが、
オレの宝物なんでな」
「わかってますって!
例の大事なヒトからの、
贈り物でしょう?」
意味ありげな表情で、
小指を立てる。
「ふふふ・・まあ・・」
意味深な表情で、
こたえる涼。
「ぼくもいつか、
葉巻をやれる身分になりたいです。
いまは、【メビウス】という強い味方がありますから」
ポケットからタバコのボックスを出して、
指ではじいてみせた。
葉巻タイムを終えた主任は、
ナイフを、
上着の内ポケットにしまいソファーから立ちあがった。
「あとを、頼んだぞ」
「おつかれさまでした」
ビジネスホテル『設楽』の一日は、
終わった。




