レトロな自販機
涼は・・
汐の主演映画の、
プレミア試写会の招待券を、
あらためて手にとり、
日時を・・確認する。
トン、トン!
ノックの音がした。
ドアが少し開き、
南平が顔だけをのぞかせる。
「失礼します、主任。
喫茶室にある、
ソバの自販機ですが、
お客様から、
汁がぬるいとクレームが入りました」
「だいぶ老朽化しているからな、
自販機のお歴々。
で?お客様への対応は?」
「調理室のどんぶりをお貸しして、
喫茶室のレンジで温めてもらいました」
「ナイスフォロー」
「修理、ぼくが、やりましょうか?
前回と同じケースなら、
そう時間は、からないと思うんですけど」
「オレが見るよ。
お前さんは、
フロントに専念してくれ」
「はい」
持ち前の観察力に、
好奇心が連動した、南平。
「ところで主任・・
なにかイイことでもあったんですか?」
「うむ。
汐坊から、
プレミア試写の招待状が届いた」
事務室内へ、
直進していく南平氏。
「ワオ!
『小さな太陽』の?
クーッ!笹森汐は、
ぼくの憧れのアイドルなんです。
ラジオ番組は録音して欠かさず聴いてます。
一度でいいから・・会ってみたかったなァ」
「えっ?
南平は、
会ったことなかったっけか・・汐坊と?」
「ちょうど、入れ違いでした」
南平は、
残念そうに息をついた。
「それにしても彼女、
危険な賭けに出たモノですね。
プライム・タイムの連ドラ主演が決まりかけていたのに・・
それを蹴って、
意志を貫いての映画出演でしょう?
大作ならまだしも・・」
「感性の問題だろうな。
昔からそういうとこあるんだよ・・汐坊には。
『walk about/美しき冒険旅行』という、
カルト映画が好きでな・・
何度もレンタルしては、
繰り返し、繰り返し見てたものさ。
この事務室で。
『ローマの休日』と共にヘビーローテーション。
東西の横綱さね。
何回 付き合わされたことか」
「そのエピソードいただきます。
笹森マニアにとっては上ネタです。
ところで、
その『ローマの休日』じゃない方の映画の内容なんですが?」
「ほら、ほら、
お客様がフロントでお待ちだ」
主任の言葉を受け、
あわてて、事務室から出て行く南平。
喫茶室のドアが開いた。
工具箱を持った主任が、
疲れた表情をして、出て来た。
「直りましたか?」
フロントから声をかける南平。
「なんとかね。
だいぶ傷みが激しいな。
あのタイプの自販機は、
もう製造されていないから、
部品を入手するのがひと苦労さ」
「コンビニの普及とともに、
姿を消したモノですよね。
なんとも言えない佇まい、
昭和の雰囲気が、ぼくは好きです。
見ているだけで、心穏やかになるんです」
「同様の事を言ってくれる、
お客さんも多い。
楽しみにしてくれる人がいる以上、
だましだましでも稼働させないとな」
「懐かしそうな顔をして、
スマートフォン片手に写真を撮っている、
お客さんもいますしね」




