ホーホー♪
「ホーホー♪」
どこからか、
洞穴を思わせる、
フクロウの鳴き声がきこえる。
「涼にいちゃん、
ひとつ訊いていい?」
上目づかいで、汐。
「このコーヒー・・わりとイケる。
缶飲料にしてはだけど」
「もーう、
話そらして。
昔からそーゆーとこあるよ。
逃げ上手っていうか」
相手の視線をつかまえる。
視線をスイとはずして、
池を見つめる涼。
「しっかりこっちを見なさい」
毅然と言い放つ。
まずは視線、
あとから顔がついてきて、
涼は、
バディのほうを向いた。
「君は恩人だ。
うかがいましょう、なんなりと。
追い込み上手くん!」
「・・冴子さんのこと・・」
「非は全部オレにある。
これ以上は言いたくない」
「冴子さんから、
番組《『哉カナ』》宛てに応援メールが届いたのよ。
║一身上の都合により身を引きました║との、一文も添えてあったワケ。
気になるんだけど・・
私、
冴子さんを誤解していた。
心に 涌き出る泉 を持つ、マレな女性じゃない?」
「汐 坊の洞察に委ねるさ。
この話はこれでおしまい」
「本当にいいの?
めったに出会えない女性だと思うよ?」
「理屈や情熱ではどうにもならないことが、
大人の世界にはあるものさ。
彼女は老舗の旅館を継ぐ、オレはビジネスホテルだ。
身体は一つしかない・・運命なのだよ」
「そーゆーもんか?」
うで組みして、汐。
「そーゆーもんだ!」
こちらもうで組み、涼兄ィ。
相似形の動作に、
どちらからともなく笑ってしまう。
「フフフフ」
「ハハハハ」
汐の顔から表情が消えた。
缶コーヒーを足元にそっと置く。
鉄柵に手をかけ、
夜のS池を見つめる。
手袋を通して 冷たさが 伝わってくる。
木の枝に止まっているフクロウが、
こちらに ゆるり と顔を向けた。
「ホーホー♪」
「ごめんなさい、涼にいちゃん。
放送で勝手に <私的な想い> を告白しちゃって。
迷惑かけたでしょう?」
「一躍 時のヒト だね。
肯定、否定取り混ぜて。
後者のほうが多いかな。
当分ヒゲ剃りには不自由しない。
生まれて初めて、
有名人の気分を味あわせて頂きました」
「折を見て、
放送で、
撤回宣言するから・・カンベン!
本当にゴメンなさい」
「なぜ?
ネット通販でカミソリ屋でも、
始めようと思ってたのに」
プッと吹き出す汐。
「もーう、
涼にいちゃんたら、
リアクト巧すぎ!」
二人して池を見つめる!
言葉の途切れた状態。
沈黙と静寂に包まれる。
こうした間・・
たがいに、苦にならない。
居心地が悪くならず ・・
不思議な安らぎが、生まれる。
笹森 汐と設楽 涼 ・・
二人のケミカル。
汐の鼻先に、
水滴がポツリと当たった。
「・・雨・・?」
不意に涼が口を開いた ・・ 「汐!」
「え!?」
「汐。」 再び涼。
「┃坊┃が 取れた!」
「好きだよ・・汐。」
「・・ ・・」
うつむいてしまう、
坊の取れた、
芳紀18歳。
「NGかい?
もう一回言う?
それとも・・
全国区のアイドルには、
失礼過ぎたカナ?」
うつむいたまま、
かぶりを振る汐。
目の前がボヤけて霞む。
「顔を上げてごらん。汐」
━「はい。」
しっかり相手の目を見る。
━「涼にいちゃ・・いえ・・」
いままでで、
もっとも難しいセリフを、
絞り出すように言った。
━「涼さん!!」
「遅くなったけど、
バースデイプレゼント。
受け取ってくれるかい?」
意外ラインを引いた表情で、
(忘れてなかったんだ!)(私のバースデイ!)
コクリとうなずく汐。
受け取った小箱を開く。
エンゲージリングが収まっていた。
薬指に嵌めるとピッタリだった。
ちょっと・・ビックリ。
「謎解きをしよう!」
パイプをくわえるポーズで、
涼は、
里見の口調を真似た。
「雑誌の名物インタビュー記事、
『99の質問』(笹森 汐ゲストの回)に、
君のリングのサイズが載っていたというワケだ。
意外にシンプルなプロブレムだった!
(実のところは、サユリと南平の入れ知恵)」
指輪の感触を確かめる汐。
大好きな映画のワンシーン。
憧れの 「あのお方」 が、
ひょんなことから転がりこんでしまった、
ジョー・ブラッドレーのアパートメントで・・
握手をするときに魅せた・・ 笑顔に匹敵する・・
現時点で・・
生涯 最高のスマイルを・・
ナチュラルな・・18歳は・・
その・・小さな顔に・・浮かび上がらせた♪
涼がうなずいた。
大きく手を広げる。
間欠泉放出まで・・あと二秒。
まっしぐらにダッシュする汐。
「涼さん!」 「 涼さん!」 「 涼さ━ん!」
バディをひしと抱きしめる涼!
身体のボリュームが増していた。
温かく、
しなやかで、
弾力がある。
汐のいい匂いが、
涼の男性をくすぐった。
「ずっと前から、こうなりたかったの」
しゃくりあげる汐。
「ずっと前から・・冴子さんみたいに」
「大好き、涼さん、誰よりも!」
「離れない! ━ 離さない!」
「オレもだ・・汐。
自分の気持ちが、
いま、
ようやく、
最終確認できた!」
たがいの顔が接近していく。
今夜から、
バディあらため ━ パートナー。
雨足が強まった。
求め合う二人には、
それが、
まるでライスシャワーのように感じられた。
「ホーホー♪」
その日の夜遅く、
汐の心身の奥に・・サクラメントが刻まれた。




