贈り主
「トン!トン!」
背後の扉からノックの音がした。
ハッとして振り向く・・南平!
ボサボサ頭の主任が立っていた。
「読書中スマン。
悪いけど・・
この葉巻を、
もらってくれないか?」
引火しそうなアルコールの匂いが、
南平の鼻先をかすめた。
片手をパタパタ動かし、
アルコール濃度を拡散させながら、
シガー・ボックスのラベルを見た。
スマホで、ラベルのQRコードを読み取り、検索をかける。
「『コブラの威嚇』・・
キューバ産の最高級品じゃないですか。
あのNBAのスパースターが愛煙している銘柄だ!」
(複雑な表情を浮かべて・・)
「まだ、
封も切っていない新品を、
ぼくなんかが頂戴して、いいんですかね?」
「オレには喫う資格、なし!」
「あの・・
冴子さんからの・・
贈り物ですよね?」
ためらいがちに訊ねる。
「そうだよ」
涼は、
相手の視線を微妙にはずすと、
うなずいてみせた。
「それにしても、
スケールの豊かな女性ですね」
クスッと笑う南平。
「『真夏の雪』の次に、
『コブラの威嚇』をプレゼントするなんて。
振り幅がハンパじゃない・・さすがです」
「?」
首をかしげる涼。
「なにかカン違いしているんじゃないのか?
『真夏の雪』は・・冴子さんの贈り物ではないよ」
「えーっ?
だって・・
主任は・・
たしか・・
大事な女性からの贈り物だと・・」
その瞬間!
南平は 「あっ!」 と思った。
自分の 右の「手のひら」 を見る。
━ 眼前にパノラマのようなイメージが広がった ━
あの粉雪のような繊細さ、
高度なバランス、
控えめだけれども揺るぎない存在感。
そうか・・
贈り主は ”彼女” だったのか。
ホテルで握手した時の、
あの感じ・・
あれは <デジャ-ビュ> なんかではなかった!
水面をじっと見つめている、
純白のコートを着たDJアイドル。
手数は少ないけれど、
効果的な変装で、
笹森 汐とは、
誰にも気付かせなかった。
年明け。
もっとも平均気温の低い・・1月。
真冬のS池。
すぐ近くは、駅と繁華街。
ただし、
ここは別世界。
静寂が支配していた。
夏場には夥しい葉を連ね、
伸びやかに、
圧倒的な生命力で、
池を濃い緑一色!
鮮烈に染め上げた蓮群も冬枯れで、
いまは見る影もない。
すでに日は落ちている。
ちょっぴり雲行きが怪しい。
「回転寿司なんかでいいのかい?
鍋物の方がふさわしい季節だと思うけど」
彼女の背中越しに、
声をかける涼。
吐く息がシャープに白い。
「うん。
いっしょに行くんなら、
やっぱり回転でしょう」
「汐坊がそう望むのならば、
オレはかまわないけど」
「ハァ━━っ!」
大きく息を吐くDJアイドル。
マンガの吹き出しみたいな形になって、
すぐに消えた。
涼は、
手袋をした両手をこすり合わせた。
「ゴメンね。
こんな寒い日に。
お店で待ち合わせればいいものを。
急にS池が見たくなったの。
このあたり、
よく二人で歩いたよね」
汐は、
コートの左右のポケットに、
それぞれ手を入れると、
缶飲料を取り出した。
「はい、これ」
「〈ホットカフェ・用意がいいぞ・冬の友♨〉か・・ありがとう」
「へへ。
今度ね、
そのコーヒーのCMに出るんだ。
味見してみてくれる」
「CMが解禁になったんだね」
「うん。
もう撮影済み。
お茶の間に流れるのは、来月。
以前のスポンサーのCMも継続になったから。
近々またTVモニターを賑わすことになると思うよ」
「やったじゃん。
ついに本格 再始動ってワケだ!」
「うん」
ウレしそうにうなずいて、
「お蔵入りしていた『お手伝いさんは見た!/パート4』も、
春の改編期に放送が決定してね、
一部撮り直しのために、
おとといまで東北へロケに行ってたんだ」
缶コーヒーをホッペに当てる。
「そんでもってビッグニュース。
箝口令が敷かれているんだけど、
涼にいちゃんだけには言っときたい。
(内緒話モードへ)
朝の連続テレビ小説の主演が、
どうやら本決まりになりそうなの。
時は・・
ラジオの深夜放送華やかりしころの70年代。
主人公は、
ラジオDJを目指して奮闘するという設定で、
私自身とも重なるし、
頑張って代表作にしたい!
十月から放送される秋の陣。
また忙しくなりそう!」
「忙しいぐらいの方がいいだろう、バディ?」
コクリとうなずく汐。
「また、
乙骨プロデューサーがムクれるだろうな。
『ラジオの仕事が荒れてきた!』
『小手先だけでこなしてやがる!』ってさ」
ガラガラ声で、
Pを模写して言った。
思わず笑ってしまう涼。
物マネの精度のほどは、
本人を直接は知らないので、
判然としないが、
・・たぶん似ているのだろう。
汐 坊の姿カタチから、
突如、
別人格が誇張されて出てくると、
妙におかしい。
汐のチャンネルが、
高速チェンジ!
プクッと両の頬をふくらまし、
目がキツくなる。
「里見さんから報告を受けたけど・・
どーして?
太一くん と 汐の 区別がつかなかったかなぁ?
いくら似せているとはいえ。
別の誰かなら構わないけど・・
他ならぬ、
涼にいちゃんが、間違えるとは?
許せンな!
いったい、
うちら、
何年ごしの知り合い?」
「いやはや、面目ない」
頭をかいて、
「暗い所で、短時間。
さすがに見分けがつかなかった。
言い訳めくけど・・
視点を変えれば、
だからこそ、
映画 『小さな太陽』 は成功したといえる。
女優 笹森 汐が、
アクション場面をスタントなしで、
こなしているとしか思わせない、
見事な・・《ダブル》・・だった。
よく言うだろう?
敵を騙すにはまず味方からって」
「ちょっと、
たとえが違うような気もするけど。
身を挺してまで、
かばってくれたんだから・・善しとするか!」
「そーゆーことじゃ」
缶コーヒーのプルトップを、
同時に起こす二人。
「分かったゾ!」
涼は、
過去からの、
解答通信をキャッチした。
「なるほど・・
思い返せば、
《ダブル》くんの足の裏をくすぐった時に、
反応が少しばかり遅れて出てきた。
汐 坊なら、
瞬速でくすぐったがるもんな。
あのとき・・オレじゃなく・・
里見さんが あの場にいたら、
異変に気づいていたんだろうね」
「お言葉ですけど・・涼にいちゃん。
里見さんだったら、
あのシチュエーション、
あのタイミングで、
太一くんの足の裏を、
くすぐったりはしないと思うよ。
(クスクス笑いながら)
そうとうビックリしたろうね・・彼」
「ワッハハハハ!
そいつは、
たしかに言えてる」
涼は、
缶コーヒーを、
45度に傾け、
グビグビ飲んだ。
その様子を見ている、
汐は、
うっとりとシンクロ状態。
口の中にコーヒーの味が滲んでくる。
涼はコーヒーを飲みきり、
バディーの方を向いた。
「ところでさ・・汐 坊。
里見さんが、
有能な探偵であることは認めたうえで言うけれど、
ちょいと変じゃないか?
あのヒト」
「どういうところが?」
「オレにさ、
『どうしてミュージシャンの道を諦めたんだい?』なんて、
真顔で訊いてくるんだから。
言葉に詰まったよ」
「汐も、
以前から、
その理由を知りたかった」
「残酷な質問だな。
決まってるだろう・・才能がないからさ」
「才能っていうのは、
訓練を重ねた末に発揮されてくるものよ。
素質は目に見えるけれど・・才能は視えない。
見切りが早すぎたんじゃないカナ?」
「汐 坊、
自分のモノサシで他人を判断してはいかん!
きみは特別なのだから」
「・・ ・・」
マイCMのコーヒーを一口飲む、汐。
けっこう美味しい。
撮影のときはイヤになるほど飲んだものだが、
緊張状態にあったのだろう・・
味覚を感じ取るまでは至らなかった。
缶に口を付けるだけで、
実際には飲むのはNGという類のアイドルがいる。
汐は、
その手のCMを見るとカチン!と来るタイプだった。
(もし・・)
(私にオファーが来たら)
(目にモノを見せてやる!)
心に期するものがあったワケで、
リハを含め、
本気で本気に飲んだ。
CMの出来栄えは、
大いにスポンサーを喜ばせた。
その後・・
しばらく・・
コーヒー断ちすることになったが・・
久しぶりに飲むと、
『美☆微糖』 という商品名を裏切らない、
新鮮な味を感じる。
良心的なメーカーのいいCMに出たんだなア (ちょっぴり自画自賛)。
難敵『コンビニ・コーヒー』に、
どこまで対抗できるか・・楽しみである。
改まった口調で語りかける汐。
「涼にいちゃん・・
弁明と取られるかもしれないけど、
聞いて欲しいの?」
「なんだい?」
「よく・・汐の言動をさして・・
『スター特有のわがまま』とか『我が強い』とか、
マスコミや一部のヒトが書いたり、
談話を載せたりたりするじゃない。
事件を起こした 太一くんもしかり。
心外だからね!」
汐の眼光が増す。
「たとえばさ、
ラジオの生放送を支えるのが、
どんだけプレッシャーがかかるものか、わかる?
お芝居にしたって同様!
どれほどの集中力が要求されるか?
ミスをする共演者や行き届かない裏方を、
年少座長の私が叱りつけたりするケースも、
そりゃあ出てくるって。
それとね、
集中かけているときって、
頭が光速回転しているから、
カンもビンビンに冴える!
汐のスピードに、
共演者や裏方さんが付いてきてくれなくては困るの。
なんていうか、
うまく集中 入っているときって、
進むべきラインが、
目の前にハッキリ視えるの!
勢い、言い方もキツくなる。
そりゃあね、
汐にも至らないところは多々あるのは認める。
育ちだってよくないし、
学校もロクに行っていない、
一般常識に欠けるきらいもある。
こと仕事になると感情も激しい。
でもね、
目的はただ一つ、
素晴らしいモノを創造して、
リスナーや観客に提供すること、それだけよ。
作品づくりってオーバーでなく・・
ある意味 、 戦争なんだから!」
「なるほど・・
有事に平時の理屈は通用しない、と。
才能を要求される芸能の世界は、
一般社会の常識とは異質にならざるをえない、と。
その言い分・・
ある程度は理解できる。
しかしだ、汐 坊・・
傷を負わせてしまった相手には、
理由はどうあれ、
それなりのフォローは必要だろう?
違うかい?」
「うん!
打ち上げの時は、自腹切って、
ADを含めた裏方さん全員に漏れなくプレゼントを贈っている。
お酌だって・・して回ってる」
「うむ。
17歳にしては、
気が利いてる。
精神的なフォローもできるようになれば・・
一人前だ」
「心に刻んでおきます。
それと、
私・・
18歳になりましたよーダ!」
「そうか!
『芳紀』の冠の付く・・年齢に。
それはおめでとう。
選挙権も得たわけだね」
「(汐のバースデイ・・)
(覚えてなかったんだ・・)
(そんな程度の存在なんだ・・)(私って、) 」




