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汐坊の『哉カナ』   作者: カレーライスと福神漬(ふくじんづけ)
1/103

ビジネスホテル━『設楽』

          第一部 『ホテル編』

 

 設楽したらりょうは、

 サウナルームのなかで、たっぷり、あせをかいていた。


 ザッブーン!!


 しきとおのくちょくぜんまで・・ねばると、

 まんして、

 みず風呂ぶろびこんだ。


 瞬時しゅんじに、

 外界がいかいおとは、遮断しゃだんされた。

 変容へんようする・・

 ・・時間じかん感覚かんかく


 身体中を、

 素晴すばらしい快感かいかんが、

 はしける。


 火照ほてった身体が、

 外側そとがわから、

 一挙いっきょやされていく。

 キーン!とした心地ここちさ。


 もやのかかっていた、

 あたましんがスッキリ!して、

 しきわたっていく。


 生きていることを実感じっかんする、

 せんこうてきしゅんかんだ!


 しばしのあいだ、

 せんすいしたあと、

「ふーっ!」

 水面すいめんから、顔を出して大きく息をつく。


 はげしくびこんだために、

 手首てくびけたロッカーキーの、

 マジックシールの一部いちぶが、がれてしまった。

 キチンともとどおりにりなおす。

 

 浴室よくしつない時計とけいる。

 昼の十二時を、

 少しまわったところだ。

 

 りょうはもう一度、

 水風呂に、

 ぜんしんしずめる。

 時間を置いて、ゆっくり浮かび上がる。

 じゅんの高い、

 ゆきみずのような、

 とおったえきたいが、

 みぞおちのあたりからきあがってくる・・

 目を閉じて・・

 らさず・・受容じゅようする。


 目を開く。


 みず風呂ぶろ浴槽よくそうには、

 自分じぶんひとりだけ。

 状態じょうたいだ。


 およぎのようりょうでプカプカ浮かび、

 ふー!といきついて、

 ふたたび、

 目をじ・・

 さくばんごとを、おもかべた。



 設楽したらりょうは、

 ビジネスホテル・・『設楽しがらき』の、

 マネージャー(フロント部長)である。

 従業じゅうぎょういんからは・・「しゅにん」・・とばれていた。


 フロントがかりは、

 りょうれて四人。

 ギリギリの人数にんずうで、まわしている。


 はやばんせんもんの女性が二人。

女子じょしだいせいと、みの女性じょせいだ)


 おそばんには、

 くすのきなんぺいという大学だいがくせいが、

 しゅう五日いつか勤務きんむく。

 ちなみに・・なんぺいは、

 りょうの大学のこうはいにあたる。


 しゅうのうち、

 のこりの二日ふつかは、

 りょう自身が、

 遅番おそばんのフロントにはいる。


 さくばんは、

 なんぺい公休こうきゅうだったため、

 フロントぎょうを、

 りょうが、こなした。


 すんなり、まんしつになれば、いうことはないのだが、

 あいにく、当日とうじつキャンセルが三件と、

 チェックインの予定よてい時間じかんを、

 おおはばに遅れたじょうれんさんや、

 酔客すいきゃくがいたりして、

 満室まんしつ(No Vacancy)になったのが・・午前三時過ぎだった。


 最終さしゅうチェックイン時刻じこくが午後十一時(23時)。

 門限もんげんが午前一時(25時)という設定せっていのホテルなのにである。


 レジめやら、

 翌日よくじつ準備じゅんびやらで、

 けっきょく

 ちょうみん時間はきとんでしまった。


 どーゆーわけか、

 おそばんに、

 りょうはいると、

 満室まんしつになる時間じかんがズレむのだ。

 結果けっか・・仮眠かみん時間は・・けずられることになる。

 しん年度ねんどのマイナス打率だりつは、

 ななわりちょうだ。


 遅番おそばんレギュラーのなんぺいは、

 ブッキングの「み」がするどく、

 当日とうじつ予約よやくさいに、

 ・・「このお客はアブナイ!」・・と判断はんだんすれば、

 くうしつ(Vacancy)にもかかわらず、

 平然へいぜんことわり、

 確実かくじつにチェックインしてくれそうなおきゃくをセレクトし、

 予約よやくを入れていた。


 ・・かと思えば・・

 ダブルブッキングすれすれの荒技あらわざ使つかったりする。


 うべきかるい、

 若者わかもの特有とくゆうの、

 あるしゅのゲーム感覚かんかくに、

 えなくもなかったが、

 その、しゅんべつする判断力はんだんりょくや、

 満室まんしつにまでってゆく手腕しゅわんには、

 りょうも、

 一目いちもくいていた。


 午前九時五十五分。

 はやばんきつぎをえるころ、

 オーナー(涼のじっ)が、

 事務所じむしょ姿すがたをみせた。


 フロントすぐ後方こうほう位置いちする事務室には、

 つうじょうのホテル業務ぎょうむと、

 セキュリティーをねて、

 かならだれかが在室ざいしつしている。

 といっても、

 オーナーさいりょう

 つまりは、

 設楽したら一家いっかの 「だれか」 である。


 『設楽しがらき』は、

 家族かぞく経営けいえいの、

 しょうなビジネスホテルなのであった。



「それじゃ、サユリちゃん・・あとよろしく」


 はやばんすずサユリに、

 ぎをすませると、

 りょうは、

 制服せいふくのまま、

 一階へり、

 そくに自転車をって、

 しろく、まばゆい、なつひかりなかを、

 ばやくペダルをこいで、

 いつもの場所ばしょかった。


 夜勤やきんづかれの特効とっこうやくは、

 なんといっても・・サウナである。




 じたひらく。


 みず風呂ぶろからて、

 あらかう・・りょう


 バスチェアにこしかけ、

 ミラーの前で、ていねいにヒゲをそり全身を洗い流した。


 クーラーのきいたロッカールームで、バスローブにえ、

 休憩室きゅうけしつ移動いどう

 

 ボディソニック機能きのうそなえた、

 テレビ付きのリクライニングシートが30席ほど並んでいる。

 すみほうの一台をえらんで、

 からだをよこたえる。


 きんけのタクシードライバーや、

 ワケありのカップルがいたりするが・・

 おきゃくは、まばらだ・・

 平日へいじつ昼間ひるまであるから、

 まあ、当然とうぜんといえる。


 ウェイターにロッカーナンバーをげ、

 ちゅうなまビールと枝豆えだまめ注文ちゅうもんする。


 伝票でんぴょうにサインしてから、

 はこばれてきたちゅうなまビールをゴクゴクとみきる。

 いのちのビールだ。


 おわりをもらう。


 二杯目の生ビールは、

 枝豆えだまめをつまみながら・・じっくりとあじわう。

 ついで、

 そなきのタバコにをつけ、くゆらせた。


 テレビのめんをボンヤリながめているうちに、

 いつしか、

 まぶたがおもくなってきて・・スイとねむりにちた。


 ハッ!としてがる。

 時間じかんが、

 ポンとんだような印象いんしょうだ。


 スマートフォンの時計とけいると・・午後六時ジャスト。


 留守るすでんとメールをチェック。

 きゅうようする連絡れんらくは、一件いっけんもなし。


 休憩きゅうけいしつないを見まわす。

 お客のかずは、

 けっこう・・していた。


 よほどふかねむったのだろう・・

 すっかり、つかれがけていて、身体はかるかった。

 あたまなかもクリアだ。


 えをすませると、

 貴重きちょうひん専用せんようロッカーから、

 サイフを取り出し会計かいけいをして、

 サウナをあとにした。


 出勤しゅっきん時間である午後七時には、

 まだ余裕よゆうがあった。

 サウナちかくの、

 牛丼ぎゅうどんチェーンてんる。

 しんメニューに、好奇心こうきしんうごかされ、

 注文ちゅうもんしてみる。


 はらごしらえをしたところで、

 ふたたび自転車マイカーって、

 ビジネスホテル『設楽しがらき』へかう。


 JR線のU駅から、

 徒歩とほ十五分の場所である。


 上着うわぎすそが、ヒラヒラひるがえる。

 見なれたまち風景ふうけいが、スピーディーにながれてゆく。


 がかたむいて、

 夜にバトンをわたそうとする、

 わずかな時間帯じかんたい

 その・・

 絶妙ぜつみょう光線こうせんのなかで、自転車をはしらせる。

  ━ これが、りょうの、目下もっかのおり ━


 べつ次元じげんに、

 突入つつにゅうしていくような、

 われぬ感覚かんかく

 じつにさわやか、

 なつあつさも、さして・・にならない。


 ビジネスホテル『設楽しがらき』へ・・帰還きかん


 入口エントランスわき、

 観葉かんよう植物しょくぶつ植木うえきばちたてにならんで区切くぎられた、

 その真横まよこが、

 自転車じてんしゃである。

 りとひろいスペースだ。


 いつもの場所ばしょ愛車あいしゃ駐輪ちゅうりんして、

 自動じどうドアをくぐった。

 

 ホテルは地上ちじょう八階はちかい

 クリーム色のほそなが建物たてものである。


 フロントは、

 二階にかいである。


 一階いっかい玄関げんかんぐちで、

 ホテルの敷地しきちないには、コインランドリーと駐輪ちゅうりんじょうがある。


 三階から七階までが客室きゃくしつだ。

 かくフロアに・・それぞれ五室。

 うちわけは、

 シングルルーム三室とツインルームが二室。


 末尾まつびに「4」のつくルームはない。

 縁起えんぎをかついで、敬遠けいえんしていた。

 この業界ぎょうかいでは、

 さして、めずらしいことではない。

 しきたり・・というものである。


 八階は、

 設楽したら一家いっかむペントハウス。


 フロントのある二階には、

 喫茶きっさしつがあり、

 朝食ブレック・ファーストサービスのみをおこなう。

 

 喫茶きっさしつには、

 ユニークな趣向しゅこうらしてあった。


 『設楽しがらき』ならではの、

  ━(小さな工夫くふう)だ━

 これが、あるしゅのおきゃくよろこばせていた。

 

 えきから、

 徒歩とほ十五分というのは、

 ビジネスホテルとしては、

 いささか不利ふりなのだが、

 常連じょうれんきゃくが七割以上をめているため、

 日曜にちよう祝日しゅくじつ特定とくてい・・(おぼんなど)・・以外いがいは、

 ほぼ、満室まんしつ(No Vacancy)である。

 

 すぐちかくに、

 コンビニや24時間営業のス-パーがあり、

 集客しゅうきゃくりょくを、あとししてくれていた。

 

 機能きのうせい重視じゅうしの、ビジネスホテル業界ぎょうかいにあって、

 『設楽しがらき』は、

 若干じゃっかんの、異彩いさいはなっていた。


 オーナーのこだわりで・・

 『快適かいてき時間じかん空間くうかん提供ていきょうしよう』

 ・・という意図いとのもとに、設計せっけいされた客室きゃくしつは、

 ひろくてゆったりとしていた。

 全室ぜんしつにセミ・ダブルベッドを使用しよう


 ツインルームもベッドふたつでキツキツではなく、

 あるきまわれるスペースが、ちゃんと、確保かくほされていた。


 オーナー自身じしんが、

 なにかんがごとをするときには、

 室内しつないあるまわる、習性しゅうせいぬしだったので、

 必然ひつぜんてきに・・そうなったのだ。


 室内しつないあるくと、

 ちょっとした、

 気分きぶん転換てんかんには(たしかに)なる。

 

 りょうのアイディアではじめた、

 ◆有料ゆうりょう自転車じてんしゃサービス◆

 も、

 好評こうひょうだった。


 地方ちほうから、

 出張しゅっちょうしてきたサラリーマンのなかには、

 満員まんいん電車でんしゃや、

 混雑こんざつした駅をきらい、

 自転車で、

 得意とくいさきまわりをしている者もいた。


 3.11の震災しんさい以降いこう

 その需要じゅようは、

 飛躍ひやくてきびた。


「東京のまちを自転車で走るのは、

意外いがい新鮮しんせんである!」

 そのような、

 おきゃくこえすくなくない。

 

 仕事からもどると、さっそくシャワーをび、

 ホテルからビックリするほどはなれた、

 ナイトスポットまで、自転車で遠征えんせいする、

 つわもの(お客)もいた。

 

 個人こじん商店しょうてんの、

 ちいさなホテルがのこっていくのは、

 なみ大抵たいていのことではない。


 オーナーのモットーは、

堅実けんじつ常識じょうしきじんであると同時どうじに、すぐれたアイディアマンたれ!】


 ネット予約よやく

 全室ぜんしつインターネット無料むりょうサービスも、

 『設楽しがらき』は、

 早い時期じきから導入どうにゅうしていた。


 テレビは地上ちじょうにBSと、

 CSの映画えいがチャンネルを無料むりょう提供(ていきょう)している。

 アダルト番組ばんぐみは・・「有料ゆうりょう」・・である。


 意外いがいだったのは、

 りょうのちょっとしたおもいつきではじめた、

 ラジオサービスだった。


 ◆radikoラジコ◆と契約けいやくして、

 客室きゃくしつないけるようにした。


 日本にほん全国ぜんこくのラジオ番組ばんぐみを、

 無料むりょう提供(ていきょう)したところ、

 一部いちぶのおきゃくに、あつ支持しじたのだ。


 贔屓ひいきのプロ野球チームの、

 実況じっきょう中継ちゅうけいをリアルタイムでたのしむひとや、

 東京とうきょうにいながら、

 自分の出身しゅっしん地方ちほうのラジオ番組ばんぐみき、

 故郷こきょう情報じょうほうらることを、

 うれしがるひとから、

 とおりいっぺんではない、感謝かんしゃ仕方しかたをされた。


 アンケートにも、喜びのこえしるされていた。

 年配者ねんぱいしゃばかりでなく、

 わかそうからの反響はんきょうも・・すくなからずあった。


(いまどき、ラジオ放送ほうそうを、熱心ねっしん若者わかもの存在そんざいするんだ)


(ラジオから人気にんきものが出る余地よちは、のこされていたということだ)


(ニッチからしたアイドルってわけか!)

 

 フロント主任しゅにんの、

 ある疑問(・・)は、こうして、氷解ひょうかいした。

 

 ネット予約よやくのおきゃくには、

 チェックインのさい

 boxティッシュや、

 朝食ちょうしょく割引わりびきけん

 ━「カップめんまつり」━と、

 めいったりして、

 つきわりローテーションせいで、

 さまざまな特典とくてんをもうけていた。




 自動じどうドアをくぐり、

 階段かいだんを、いきおいよく、のぼっていくりょう


 フロントは二階だが、

 システムじょう

 エレベーターは、一階にはろさない。

 「二階止まり」に設定せっていされていた。

 したがって、階段かいだんをのぼることになる。


 身体の自由じゆうなお客や、

 大量たいりょう荷物にもつったお客の場合は、

 インターフォンや携帯けいたい電話で、

 そのむねつたえてもらい、

 フロントがかりが、キー操作そうさをして、

 一階まで・・エレベーターをろすこともある。


 階段かいだんをのぼりながら、

 うで時計どけいる。

 ・・時刻じこくは午後六時四十五分。


 フロントには、

 白ワイシャツにこんのネクタイ、

 えんじ色のブレザーをた、

 遅番おそばん専門せんもんの、

 くすのき南平なんぺいはいっていた。


 工学こうがくの大学三年生。

 フロントれき三年。

 フロントマンとしてのうでは、

 水準すいじゅん以上いじょうたっしていた。


 フットワークがかるく、

 おまけに、手先てさき器用きようで、

 ちょっとしたホテルの備品びひんや、

 機械きかい修理しゅうりなどは、おのもの。

 オーナー夫妻ふさいからの信頼しんらいあつかった。


 なんぺいは、

 りょう足音あしおとを、

 ばやきわけると、

 起立きりつして・・むかえた。


「おはようございます、主任しゅにん

 

 ホテル内では、ひるであろうとよるであろうと、

 仕事しごと従事じゅうじするもの同士どうし

 最初さいしょのあいさつは、

 「おはようございます」が・・まりである。


「おはよう。

客室きゃくしつ状況じょうきょうは、どうだい?」


良好りょうこうです。

きょうは、いいながれです」

 

 りょうは、

 フロントの内側うちがわにまわって、

 宿泊しゅくはくパネルと、

 パソコンのモニターをチェックする。


 「満室まんしつか・・ほほう、

 部屋へやかたもウマいものだ。

 あとは、常連じょうれんのチェックインちだな」


花火はなび大会たいかいのおかげですよ。

常連じょうれんさん以外いがい予約よやくは、

一切いっさいことわりする、という、

主任のち出した方針ほうしんが、たりましたね。

ピン(一人)のお客は、丁重ていちょうにおことわりして、

できるだけ、

カップル (シングルルームをダブル使用しようで) や、

家族かぞくれ (ツインルームにエキストラベッドを入れて) に、

ターゲットをしぼってりました。

のこった空室くうしつは、びこみのおきゃくや、

当日とうじつ予約よやくけるさいに、

早番はやばんのサユリちゃんに、

協力きょうりょくあおいで、

おなじようにブッキングしていきました。

かせどきですから」


「ホテルのげまでかんがえるとは、

えらいじゃないか・・南平なんぺい


「へへ、かりはありません!」

 

 そのとき

 フロント正面しょうめん左手ひだりての、

 エレベータードアがひらいた。


 エレベーターまえ

 90度の角度かくど設置せっちされた、

 等身とうしんだいかがみに、

 うつむき加減かげん女性じょせいが・・うつしだされた。


 瞬間しゅんかん

 顔をしかめる・・なんぺい

 しかし・・

 たちまち・・

 笑顔えがおにメタモルフォーゼ。

 

 応対おうたい準備じゅんびをととのえた。


 りょうは、

 そのから、

 おともなくはなれ、

 おく事務じむしつへ、

 はいっていった。


 くろっぽいワンピースをた、

 二十代後半の、

 おとなしそうな雰囲気ふんいき女性じょせいは、

 不安ふあんそうに、

 あたりをまわしながら、

 フロントへ、

 静々(しずしず)あゆみよってくる。


「どうか、されましたか・・弓削ゆげさん?」

 営業えいぎょうスマイルで、

 なんぺいがたずねた。


「あのォ━・・」

 童顔どうがん心持こころもち、

 フロントがわにかたむけ、

「だれか、わたくしのあとを、

けまわしているひとがいるのです」

 秘密ひみつを、

 うちけるような口調くちょうで言った。


かりました。

どんな人物じんぶつなのか、

くわしく、

お聞かせくださいますか?」

 メモをとるふり(・・)をする。


は、

コレと言った特徴とくちょうがありません。

やせ形の若者わかもの・・めだたないタイプです。

わたくしのあとをけまわしています。

あのは、

からぬことを、

たくらんでいるにちがいありません。

かるんです・・わたくしには」


「なるほど、承知しょうちいたしました。

きょうから、

いつも以上に、

警備けいび体制たいせい強化きょうかして、

警察けいさつとも、

緊密きんみつ連絡れんらくを取ることにいたしましょう。

安心あんしんください」


「・・ ・・ ・・」


 うつむいている、

 弓削ゆげさん。

 

「いまのはなしで、

納得なっとくしていただけました?

・・弓削ゆげさん?

・・弓削ゆげさん?

・・よろしいですか?」

 

 白紙はくしのメモと、

 弓削ゆげじょうを、

 交互こうごに見ながら、

 なんぺいは、たずねた。


「よろしくございません!」

 言葉ことばを、

 ムチのようにしならせて、

 ビュン!とたたきつけた。


 興奮こうふんした彼女かのじょ顔色かおいろは、

 またたくに、

 から蒼白そうはくわった。

 発作ほっさを起こしたように、

 全身ぜんしんを、

 ぶるぶるふるわせ、

 はらそこから、

 しぼり出すように、

 抗議こうぎの声をげる。


「ど━うして、

わたくしの言うことを、

しんじてくださらないのですか?」


 「ど━うして」・・というこえが、

 異様いようなまでに、ちからづよい!

 コンクリートが、地割じわれをこして、

 なかから鉄柱てっちゅうが、

 ドドーン!としてくるようなかんじである。


 フロント周辺しゅうへんに、

 戦慄せんりつはしった。


 弓削ゆげさんれ、していないひといたら、

 彼女の尋常じんじょうじゃない、

 訴求そきゅう迫力はくりょくに、

 まれて、

 自分を見失みうしない、

 いなりになってしまうことだろう。


 「ど━うして」・・を武器ぶきにたずさえ、

 一度いちどは、やってきて、

 フロントの人間にんげんを、

 げ、なやませ、くるしめるのだ。


「ど━うして、

メモをふり(・・)をして、

わたくしを、

適当てきとうにあしらい、

かえそうとするのですか?」


「そんなことは、ありませんよ」と南平なんぺい


「ど━うして、

ケイベツをふくんだ態度たいどで、

応対おうたいするのですか?

そのような教育きょういくを、

支配人しはいにんは、なさっているのですか?

もしも・・わたくしに、

まんいちのことがあったら、

責任せきにんは、どのように、

りになるつもりなのですか?

いったい、あなたのメモには、

なにが・・かれてあるのですか?

さしつかえなかったら、せていただけませんか?」


「・・ ・・ ・・」


「ど━うして、ど━━うして!ど━━━うして!!ど━━━━うして!!!」

 こえが、しだいに、

 デングリがえってくる。

 

 ピキ!ピキッ!

 おとてて、

 南平なんぺい自制心じせいしんに、

 こまかな亀裂きれつしょうじる。


 抗議こうぎは、

 たっぷり三十分ほど、つづく。


 フロントマンは、いしばり、

 ただひたすら、

 いしにならざるをない。

 サービスぎょうのツライところだ。

 

 弓削ゆげさんは、

 南平なんぺいこころに、

 あさからぬ爪痕つめあとのこして、

 ようやく、

 自室じしつへ、ひきあげていった。


 ほぼ、同時どうじに、

 フロント背後はいごにある、

 事務じむしつのドアがひらいた。


 りょう姿すがたを見せる。


「ご苦労くろうさん。

701号室の、

弓削ゆげさんの対応たいおうは、

今後こんご・・

まえさんに、

一任いちにんすることにしよう」

さも、おかしそうにった。


冗談じょうだんはやめてください!

だい苦手にがてですよ・・彼女かのじょは。

あの圧迫あっぱくかんときたら、

もーーう、

寿命じゅみょうちぢおもいです。

はやいとこ、チェックアウトしてもらいましょう!」


「まあ、そううな。

ほんのちょっとピントがズレてるだけさ。

なにかめよ・・おごるから」


「じゃあ、コーラを」

 

 フロントからかって、

 正面しょうめん右手みぎてには、

 自動じどう販売機はんばいきが二台ある。


 さけやタバコ、ソフトドリンクを販売はんばいしている。

 フロントと自販じはん中間ちゅうかんには、

 マガジンラックや、

 本棚ほんだなえつけられ、

 新聞しんぶん

 雑誌ざっし

 文庫ぶんこやコミック等がかれている。


 二階にかい喫茶きっさしつや、

 自室じしつへ持ち込んで読める。

 ただし・・新聞しんぶんは・・禁止きんしである。


 そもそも・・新聞しんぶん以外いがいの、

 雑誌ざっしほんは、

 全部ぜんぶ、チェックアウトきゃくが、部屋へやいていったものばかりである。

 じつに、効率こうりつのいいリサイクルといえた。


 販売はんばいまえつと、

 りょうは、

 コーラのボタンをして SUICAを タッチさせた。


「ありがとうございます」

 南平なんぺいは、

 かんコーラを受けとると、

 やくばらいをするように、のどへながしこんだ。

 

 りょうは、

 アクエリアスのペットボトルを持って、

 二つあるドアのうちの、

 (フロント背後はいごではない)

 外側そとがわほうひらき、

 事務じむしつはいっていく。

 

 よほどのことがないかぎり、

 事務室には、つねにだれかがいる。

 昼間ひるまはオーナーかおくさん・・夜間やかんりょうである。

 

 満室まんしつになって、

 レジめが終了しゅうりょうすると、

 事務室はフロントのものに、わたされる。


 仮眠かみんに入ってもらうためだ。


 基本きほんてきに、

 午前二時から五時過ぎまでの、正味しょうみ三時間。


 はやいうちに満室まんしつになれば、仮眠かみん時間じかんえる。

 ぎゃくならば、るわけで、

 遅番おそばんものは、満室まんしつをめざして、ひたはしることになる。


 ・・「早く満室にしてリラックスしたい」・・

 よるのフロントをあずかるものの、

 いつわらざる本音ほんねである。


 自分のデスクのまえこしをおろすと、

 りょうは、

 アクエリアスを飲みながら、

 郵便ゆうびん

 メール便びんたばへと、をやる。


 それらは、

 デスクの左端ひだりはしほうけされ、

 それぞれが、

 きっちりかさねてかれていた。

 いかにも、

 几帳面きちょうめんなオーナーらしい。


 ダイレクトメールのたぐいは、ゴミばこへ。

 のこった郵便ゆうびんぶつに、

 とおす。


 速達そくたつの、

 あかしるしされた、

 配達はいたつ記録きろく郵便ゆうびんが、

 まった。


 にんは・・『聖林プロダクション』


 リラックスモードは、解除かいじょされ、

 りょう表情ひょうようが、

 集中しゅうちゅうモードへ・・わる。


 デスクのうえで、

 封筒ふうとう垂直すいちょくにして、

 トントン!たたく。

 中身なかみを、

 下に、

 としこみ、

 ハサミで上部じょうぶを、

 丁寧ていねいった。

 なかには、

 プレミア試写ししゃかいの、

 招待状しょうたいじょう(指定席)と、

 可愛かわいらしい便びんせんがはいっていた。


 手書てがきの、文面ぶんめんむ。


◇ 前略ぜんりゃく

  りょうにいちゃん、お元気ですか?

  ごぶさたしております。

  しおりは、とっても元気にしています。


  『ちいさな太陽たいよう

  しおりの、

  はつ主演しゅえん映画えいがが、ようやく完成かんせいしました。


  ぜひ、試写ししゃかいに、

  あしはこんでくださいませ。

 

  ってまーす。


  しおりぼうこと ━ 笹森ささもりしおり


  PS.毎日まいにち

  キャッチボールの練習れんしゅうはげんでいます(笑) ◇



 ・・りょううちに、

 なつかしいような、とおい日の思い出が、

 よみがえる・・・


 ・・笹森ささもりしおり・・

 ・・しおりぼう・・






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