ビジネスホテル━『設楽』
第一部 『ホテル編』
設楽涼は、
サウナルームの中で、たっぷり、汗をかいていた。
ザッブーン!!
意識が遠のく直前まで・・粘ると、
満を持して、
水風呂に飛びこんだ。
瞬時に、
外界の音は、遮断された。
変容する・・
・・時間の感覚。
身体中を、
素晴しい快感が、
走り抜ける。
火照った身体が、
外側から、
一挙に冷やされていく。
キーン!とした心地好さ。
靄のかかっていた、
頭の芯がスッキリ!して、
意識が澄み渡っていく。
生きていることを実感する、
閃光的瞬間だ!
しばしのあいだ、
潜水したあと、
「ふーっ!」
水面から、顔を出して大きく息をつく。
激しく飛びこんだために、
手首に付けたロッカーキーの、
マジックシールの一部が、剥がれてしまった。
キチンと元通りに貼りなおす。
浴室内の時計を見る。
昼の十二時を、
少しまわったところだ。
涼はもう一度、
水風呂に、
全身を沈める。
時間を置いて、ゆっくり浮かび上がる。
純度の高い、
雪解け水のような、
透き通った液体が、
みぞおちのあたりから湧きあがってくる・・
目を閉じて・・
漏らさず・・受容する。
目を開く。
水風呂の浴槽には、
自分ひとりだけ。
貸し切り状態だ。
背泳ぎの要領でプカプカ浮かび、
ふー!と息ついて、
ふたたび、
目を閉じ・・
昨晩の出来事を、想い浮かべた。
設楽涼は、
ビジネスホテル・・『設楽』の、
マネージャー(フロント部長)である。
従業員からは・・「主任」・・と呼ばれていた。
フロント係は、
涼を入れて四人。
ギリギリの人数で、回している。
早番専門の女性が二人。
(女子大生と、住み込みの女性だ)
遅番には、
楠南平という大学生が、
週五日の勤務に就く。
ちなみに・・南平は、
涼の大学の後輩にあたる。
週のうち、
残りの二日は、
涼自身が、
遅番のフロントに入る。
昨晩は、
南平の公休日だったため、
フロント業務を、
涼が、こなした。
すんなり、満室になれば、いうことはないのだが、
あいにく、当日キャンセルが三件と、
チェックインの予定時間を、
大幅に遅れた常連さんや、
酔客がいたりして、
満室(No Vacancy)になったのが・・午前三時過ぎだった。
最終チェックイン時刻が午後十一時(23時)。
門限が午前一時(25時)という設定のホテルなのにである。
レジ閉めやら、
翌日の準備やらで、
結局、
貴重な仮眠時間は吹きとんでしまった。
どーゆーわけか、
遅番に、
涼が入ると、
満室になる時間がズレ込むのだ。
結果・・仮眠時間は・・けずられることになる。
新年度のマイナス打率は、
七割超だ。
遅番レギュラーの南平は、
ブッキングの「読み」が鋭く、
当日予約の際に、
・・「このお客はアブナイ!」・・と判断すれば、
空室(Vacancy)にもかかわらず、
平然と断り、
確実にチェックインしてくれそうなお客をセレクトし、
予約を入れていた。
・・かと思えば・・
ダブルブッキングすれすれの荒技を使ったりする。
背負うべき荷の軽い、
若者特有の、
ある種のゲーム感覚に、
見えなくもなかったが、
その、峻別する判断力や、
満室にまで持ってゆく手腕には、
涼も、
一目置いていた。
午前九時五十五分。
早番に引きつぎを終えるころ、
オーナー(涼の実父)が、
事務所に姿をみせた。
フロントすぐ後方に位置する事務室には、
通常のホテル業務と、
セキュリティーを兼ねて、
必ず誰かが在室している。
といっても、
オーナー夫妻か 涼。
つまりは、
設楽一家の 「誰か」 である。
『設楽』は、
家族経営の、
小規模なビジネスホテルなのであった。
「それじゃ、サユリちゃん・・あとよろしく」
早番の鈴木サユリに、
引き継ぎをすませると、
涼は、
制服のまま、
一階へ降り、
即座に自転車を駆って、
白く、まばゆい、夏の光の中を、
素早くペダルをこいで、
いつもの場所へ向かった。
夜勤疲れの特効薬は、
なんといっても・・サウナである。
閉じた目を開く。
水風呂から出て、
洗い場へ向かう・・涼。
バスチェアに腰かけ、
ミラーの前で、ていねいにヒゲをそり全身を洗い流した。
クーラーのきいたロッカールームで、バスローブに着替え、
休憩室へ移動。
ボディソニック機能を備えた、
テレビ付きのリクライニングシートが30席ほど並んでいる。
隅の方の一台を選んで、
からだを横たえる。
夜勤明けのタクシードライバーや、
ワケありのカップルがいたりするが・・
お客は、まばらだ・・
平日の昼間であるから、
まあ、当然といえる。
ウェイターにロッカーナンバーを告げ、
中生ビールと枝豆を注文する。
伝票にサインしてから、
運ばれてきた中生ビールをゴクゴクと飲みきる。
命のビールだ。
お代わりをもらう。
二杯目の生ビールは、
枝豆をつまみながら・・じっくりと味わう。
ついで、
備え置きのタバコに火をつけ、くゆらせた。
テレビの画面をボンヤリ眺めているうちに、
いつしか、
まぶたが重くなってきて・・スイと眠りに落ちた。
ハッ!として起き上がる。
時間が、
ポンと飛んだような印象だ。
スマートフォンの時計を見ると・・午後六時ジャスト。
留守電とメールをチェック。
急を要する連絡は、一件もなし。
休憩室内を見まわす。
お客の数は、
けっこう・・増していた。
よほど深く眠ったのだろう・・
すっかり、疲れが抜けていて、身体は軽かった。
頭の中もクリアだ。
着替えをすませると、
貴重品専用ロッカーから、
サイフを取り出し会計をして、
サウナをあとにした。
出勤時間である午後七時には、
まだ余裕があった。
サウナ近くの、
牛丼チェーン店に寄る。
新メニューに、好奇心を動かされ、
注文してみる。
腹ごしらえをしたところで、
ふたたび自転車を駆って、
ビジネスホテル『設楽』へ向かう。
JR線のU駅から、
徒歩十五分の場所である。
上着の裾が、ヒラヒラ翻る。
見なれた街の風景が、スピーディーに流れてゆく。
日がかたむいて、
夜にバトンを渡そうとする、
わずかな時間帯。
その・・
絶妙な光線のなかで、自転車を走らせる。
━ これが、涼の、目下のお気に入り ━
別の次元に、
突入していくような、
得も言われぬ感覚。
じつに爽やか、
夏の暑さも、さして・・気にならない。
ビジネスホテル『設楽』へ・・帰還。
入口わき、
観葉植物の植木鉢が縦にならんで区切られた、
その真横が、
自転車置き場である。
割りと広いスペースだ。
いつもの場所に愛車を駐輪して、
自動ドアをくぐった。
ホテルは地上八階。
クリーム色の細長い建物である。
フロントは、
二階である。
一階は玄関口で、
ホテルの敷地内には、コインランドリーと駐輪場がある。
三階から七階までが客室だ。
各フロアに・・それぞれ五室。
内わけは、
シングルルーム三室とツインルームが二室。
末尾に「4」のつくルームはない。
縁起をかついで、敬遠していた。
この業界では、
さして、珍しいことではない。
しきたり・・というものである。
八階は、
設楽一家の住むペントハウス。
フロントのある二階には、
喫茶室があり、
朝食サービスのみを行う。
喫茶室には、
ユニークな趣向が凝らしてあった。
『設楽』ならではの、
━(小さな工夫)だ━
これが、ある種のお客を喜ばせていた。
駅から、
徒歩十五分というのは、
ビジネスホテルとしては、
いささか不利なのだが、
常連客が七割以上を占めているため、
日曜、祝日、特定日・・(お盆など)・・以外は、
ほぼ、満室(No Vacancy)である。
すぐ近くに、
コンビニや24時間営業のス-パーがあり、
集客力を、後押ししてくれていた。
機能性重視の、ビジネスホテル業界にあって、
『設楽』は、
若干の、異彩を放っていた。
オーナーのこだわりで・・
『快適な時間と空間を提供しよう』
・・という意図のもとに、設計された客室は、
広くてゆったりとしていた。
全室にセミ・ダブルベッドを使用。
ツインルームもベッドふたつでキツキツではなく、
歩きまわれるスペースが、ちゃんと、確保されていた。
オーナー自身が、
何か考え事をするときには、
室内を歩き回る、習性の持ち主だったので、
必然的に・・そうなったのだ。
室内を歩くと、
ちょっとした、
気分転換には(たしかに)なる。
涼のアイディアで始めた、
◆有料貸し自転車サービス◆
も、
好評だった。
地方から、
出張してきたサラリーマンの中には、
満員電車や、
混雑した駅を嫌い、
自転車で、
得意先まわりをしている者もいた。
3.11の震災以降、
その需要は、
飛躍的に伸びた。
「東京の街を自転車で走るのは、
意外に新鮮である!」
そのような、
お客の声も少なくない。
仕事からもどると、さっそくシャワーを浴び、
ホテルからビックリするほど離れた、
ナイトスポットまで、自転車で遠征する、
つわもの(お客)もいた。
個人商店の、
小さなホテルが生き残っていくのは、
並大抵のことではない。
オーナーのモットーは、
【堅実な常識人であると同時に、優れたアイディアマンたれ!】
ネット予約、
全室インターネット無料サービスも、
『設楽』は、
早い時期から導入していた。
テレビは地上波にBSと、
CSの映画チャンネルを無料提供している。
アダルト番組は・・「有料」・・である。
意外だったのは、
涼のちょっとした思いつきで始めた、
ラジオサービスだった。
◆radiko◆と契約して、
客室内で聴けるようにした。
日本全国のラジオ番組を、
無料提供したところ、
一部のお客に、熱い支持を得たのだ。
贔屓のプロ野球チームの、
実況中継をリアルタイムで楽しむ人や、
東京にいながら、
自分の出身地方のラジオ番組を聴き、
故郷の情報を得らることを、
嬉しがる人から、
とおりいっぺんではない、感謝の仕方をされた。
アンケートにも、喜びの声が記されていた。
年配者ばかりでなく、
若い層からの反響も・・少なからずあった。
(いまどき、ラジオ放送を、熱心に聴く若者が存在するんだ)
(ラジオから人気者が出る余地は、残されていたということだ)
(ニッチから飛び出したアイドルって訳か!)
フロント主任の、
ある疑問は、こうして、氷解した。
ネット予約のお客には、
チェックインの際、
boxティッシュや、
朝食割引券、
━「カップ麵祭り」━と、
銘打ったりして、
月替わりローテーション制で、
さまざまな特典をもうけていた。
自動ドアをくぐり、
階段を、勢いよく、のぼっていく涼。
フロントは二階だが、
システム上、
エレベーターは、一階には降ろさない。
「二階止まり」に設定されていた。
したがって、階段をのぼることになる。
身体の不自由なお客や、
大量の荷物を持ったお客の場合は、
インターフォンや携帯電話で、
その旨を伝えてもらい、
フロント係が、キー操作をして、
一階まで・・エレベーターを降ろすこともある。
階段をのぼりながら、
腕時計を見る。
・・時刻は午後六時四十五分。
フロントには、
白Yシャツに紺のネクタイ、
えんじ色のブレザーを着た、
遅番専門の、
楠南平が入っていた。
工学部の大学三年生。
フロント歴三年。
フロントマンとしての腕は、
水準以上に達していた。
フットワークが軽く、
おまけに、手先が器用で、
ちょっとしたホテルの備品や、
機械の修理などは、お手のもの。
オーナー夫妻からの信頼も厚かった。
南平は、
涼の足音を、
素早く聞きわけると、
起立して・・迎えた。
「おはようございます、主任」
ホテル内では、昼であろうと夜であろうと、
仕事に従事する者同士、
最初のあいさつは、
「おはようございます」が・・決まりである。
「おはよう。
客室状況は、どうだい?」
「良好です。
きょうは、いい流れです」
涼は、
フロントの内側にまわって、
宿泊パネルと、
パソコンのモニターをチェックする。
「満室か・・ほほう、
部屋の売り方もウマいものだ。
あとは、常連のチェックイン待ちだな」
「花火大会のおかげですよ。
常連さん以外の予約は、
一切お断りする、という、
主任の打ち出した方針が、図に当たりましたね。
ピン(一人)のお客は、丁重にお断りして、
できるだけ、
カップル (シングルルームをダブル使用で) や、
家族連れ (ツインルームにエキストラベッドを入れて) に、
ターゲットを絞って売りました。
残った空室は、飛びこみのお客や、
当日予約を受ける際に、
早番のサユリちゃんに、
協力を仰いで、
同じようにブッキングしていきました。
稼ぎ時ですから」
「ホテルの売り上げまで考えるとは、
偉いじゃないか・・南平」
「へへ、抜かりはありません!」
その時、
フロント正面左手の、
エレベータードアが開いた。
エレベーター前、
90度の角度に設置された、
等身大の鏡に、
うつむき加減の女性が・・映しだされた。
瞬間、
顔をしかめる・・南平。
しかし・・
たちまち・・
笑顔にメタモルフォーゼ。
応対の準備をととのえた。
涼は、
その場から、
音もなく離れ、
奥の事務室へ、
入っていった。
黒っぽいワンピースを着た、
二十代後半の、
おとなしそうな雰囲気の女性は、
不安そうに、
あたりを見まわしながら、
フロントへ、
静々と歩みよってくる。
「どうか、されましたか・・弓削さん?」
営業スマイルで、
南平がたずねた。
「あのォ━・・」
童顔を心持ち、
フロント側にかたむけ、
「だれか、わたくしのあとを、
尾けまわしている人がいるのです」
秘密を、
うち明けるような口調で言った。
「分かりました。
どんな人物なのか、
くわしく、
お聞かせ下さいますか?」
メモをとるふりをする。
「見た目は、
コレと言った特徴がありません。
やせ形の若者・・めだたないタイプです。
わたくしのあとを尾けまわしています。
あの目は、
善からぬことを、
たくらんでいるに違いありません。
分かるんです・・わたくしには」
「なるほど、承知いたしました。
きょうから、
いつも以上に、
警備体制を強化して、
警察とも、
緊密に連絡を取ることにいたしましょう。
ご安心ください」
「・・ ・・ ・・」
うつむいている、
弓削さん。
「いまの話で、
納得していただけました?
・・弓削さん?
・・弓削さん?
・・よろしいですか?」
白紙のメモと、
弓削嬢を、
交互に見ながら、
南平は、たずねた。
「よろしくございません!」
言葉を、
ムチのようにしならせて、
ビュン!と叩きつけた。
興奮した彼女の顔色は、
またたく間に、
真っ赤から蒼白に変わった。
発作を起こしたように、
全身を、
ぶるぶる打ち震わせ、
肚の底から、
しぼり出すように、
抗議の声を上げる。
「ど━うして、
わたくしの言うことを、
信じて下さらないのですか?」
「ど━うして」・・という声が、
異様なまでに、力強い!
コンクリートが、地割れを起こして、
中から鉄柱が、
ドドーン!と突き出してくるような感じである。
フロント周辺に、
戦慄が走った。
弓削さん慣れ、していない人が聞いたら、
彼女の尋常じゃない、
訴求の迫力に、
巻き込まれて、
自分を見失い、
言いなりになってしまうことだろう。
「ど━うして」・・を武器にたずさえ、
日に一度は、やってきて、
フロントの人間を、
突き上げ、悩ませ、苦しめるのだ。
「ど━うして、
メモを取るふりをして、
わたくしを、
適当にあしらい、
追い返そうとするのですか?」
「そんなことは、ありませんよ」と南平。
「ど━うして、
ケイベツを含んだ態度で、
応対するのですか?
そのような教育を、
支配人は、なさっているのですか?
もしも・・わたくしに、
万が一のことがあったら、
責任は、どのように、
お取りになるつもりなのですか?
いったい、あなたのメモには、
なにが・・書かれてあるのですか?
さしつかえなかったら、見せていただけませんか?」
「・・ ・・ ・・」
「ど━うして、ど━━うして!ど━━━うして!!ど━━━━うして!!!」
声が、しだいに、
デングリ返ってくる。
ピキ!ピキッ!
音を立てて、
南平の自制心に、
細かな亀裂が生じる。
抗議は、
たっぷり三十分ほど、続く。
フロントマンは、歯を食いしばり、
ただひたすら、
石にならざるを得ない。
サービス業のツライところだ。
弓削さんは、
南平の心に、
浅からぬ爪痕を残して、
ようやく、
自室へ、ひきあげていった。
ほぼ、同時に、
フロント背後にある、
事務室のドアが開いた。
涼が姿を見せる。
「ご苦労さん。
701号室の、
弓削さんの対応は、
今後・・
お前さんに、
一任することにしよう」
さも、おかしそうに言った。
「冗談はやめてください!
大の苦手ですよ・・彼女は。
あの圧迫感ときたら、
もーーう、
寿命が縮む思いです。
早いとこ、チェックアウトしてもらいましょう!」
「まあ、そう言うな。
ほんのちょっとピントがズレてるだけさ。
なにか飲めよ・・おごるから」
「じゃあ、コーラを」
フロントから向かって、
正面右手には、
自動販売機が二台ある。
酒やタバコ、ソフトドリンクを販売している。
フロントと自販機の中間には、
マガジンラックや、
本棚が据えつけられ、
新聞、
雑誌、
文庫やコミック等が置かれている。
二階の喫茶室や、
自室へ持ち込んで読める。
ただし・・新聞は・・禁止である。
そもそも・・新聞以外の、
雑誌や本は、
全部、チェックアウト客が、部屋に置いていったものばかりである。
じつに、効率のいいリサイクルといえた。
販売機の前に立つと、
涼は、
コーラのボタンを押して SUICAを タッチさせた。
「ありがとうございます」
南平は、
缶コーラを受けとると、
厄祓いをするように、のどへ流しこんだ。
涼は、
アクエリアスのペットボトルを持って、
二つあるドアのうちの、
(フロント背後ではない)
外側の方を開き、
事務室へ入っていく。
よほどのことがないかぎり、
事務室には、つねに誰かがいる。
昼間はオーナーか奥さん・・夜間は涼である。
満室になって、
レジ締めが終了すると、
事務室はフロントの者に、明け渡される。
仮眠に入ってもらうためだ。
基本的に、
午前二時から五時過ぎまでの、正味三時間。
早いうちに満室になれば、仮眠時間が増える。
逆ならば、減るわけで、
遅番の者は、満室をめざして、ひた走ることになる。
・・「早く満室にしてリラックスしたい」・・
夜のフロントをあずかる者の、
いつわらざる本音である。
自分のデスクの前に腰をおろすと、
涼は、
アクエリアスを飲みながら、
郵便、
メール便の束へと、目をやる。
それらは、
デスクの左端の方に仕分けされ、
それぞれが、
きっちり重ねて置かれていた。
いかにも、
几帳面なオーナーらしい。
ダイレクトメールのたぐいは、ゴミ箱へ。
残った郵便物に、
目を通す。
速達の、
赤い印が押された、
配達記録郵便が、
目に止まった。
差し出し人は・・『聖林プロダクション』
リラックスモードは、解除され、
涼の表情が、
集中モードへ・・切り変わる。
デスクの上で、
封筒を垂直にして、
トントン!叩く。
中身を、
下に、
落としこみ、
ハサミで上部を、
丁寧に切り取った。
中には、
プレミア試写会の、
招待状(指定席)と、
可愛らしい便せんが入っていた。
手書きの、文面を読む。
◇ 前略。
涼にいちゃん、お元気ですか?
ごぶさたしております。
汐は、とっても元気にしています。
『小さな太陽』
汐の、
初主演映画が、ようやく完成しました。
ぜひ、試写会に、
足を運んでくださいませ。
待ってまーす。
汐坊こと ━ 笹森汐。
PS.毎日、
キャッチボールの練習に励んでいます(笑) ◇
・・涼の内に、
なつかしいような、遠い日の思い出が、
よみがえる・・・
・・笹森汐・・
・・汐坊・・