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第08話 出逢い


「だれかー……! いないのー……!」


 森の中に少女の声が響く。けれど、それに返ってくる声はない。木々に吸い込まれる声に、少女は奥歯を噛み締め、涙をこらえた。


「泣いちゃダメ……。早く帰らないと、おじいちゃんが心配する……」


 必死になって自分に言い聞かせ、少女は再び歩き出す。


 少女は森の中で道に迷っていた。山菜の入った籠を手に、今にも零れ落ちそうな涙をこらえながら森の中を進んでいく。周囲を見回し、見知った場所を探す。だが、見つける事ができない。


 年の頃は十二くらいだろうか。背中に掛かるほどまで伸ばした金髪に濃い緑色の瞳。

 普段は明るい笑顔が似合いそうな少女だ。しかし今はその顔は不安の色に染まっている。


 白のシャツの上に着た赤地のベストには青い花がワンポイントとして刺繍が施されている。その下の緑色のスカートには草花をあしらった刺繍が施されている。


 とてもここのような深い森の中を歩くような服装ではない。


 それも無理も無い。少女は村のそばにある森の中で山菜を採っていた。森歩きに適していない服装だとしても、大して問題もない程度には下草などが払われている。


 村の近くならば、獣やモンスターもよってはこない。森と言っても村の近くは村人によってある程度管理されている。そこまでならば子どもでも一人で森の中に入ることは許されていた。


 けれど今日、少女は見つけたきれいな蝶を追いかけていて森の奥へと進んでしまった。

 蝶の姿を見失い、気が付けば人の手の入っていない見知らぬ森の中だった。


 少女は、慌てて村へと戻ろうとした。その際に、道を間違えたのだ。

 村へ近づくどころか、村から離れる方向へ少女は進んでいった。もし、森の奥へ来てしまったと気がついた時点で大声を上げて助けを求めていたらば、村の人間に見つけてもらう事ができただろう。

 だが、勝手に森の奥へと入ってた事を祖父に怒られることを怖れて、少女は声を上げずに駆け足で村へ戻ろうとした。


 それが間違いだったのだ。


 少女はすでに三時間近く森の中をさまよい歩いていた。疲れた時には時々腰を下ろして休憩をしていたが、早く帰らないといけないという焦りから、ロクに休めてはいない。


 少女は知る余地もないが、今の場所は村から離れた森の奥だ。危険な獣やモンスターの縄張りの中にすでに入り込んでいた。


 今までそれらと遭遇しなかったのは彼女が幸運だというわけでは無かった。少女がその手に握る木の札が持つ獣避けの効果の恩恵だ。それは呪符と呼ばれる物で、それがなければとうの昔に襲われていただろう。


「だれかー……! いないのー……!」


 枯れ始めた声を上げる。けれど、返事は返ってこない。


 疲労によってふらふらとする足を無理やり動かし先に進む。視界を遮る枝葉を払いのけて、少しでも見知った場所を探そうとする。


 焦りと疲れから注意散漫になっていたのだろう。気がつけば足を踏み外していた。


 そこは崖の上だった。一瞬の無重力感に襲われ、崖肌を転がり落ちる。


「キャアァァァ!」


 悲鳴を上げて少女は落ちていき、その下の草むらに突っ込んだ。崖の高さは五メートルほどだろうか、垂直に切り立ってはいないこと。転がり落ちた事と、落下位置の草むらがクッションになったことで命を落とす事はなかった。


 ほんのわずかに場所がずれていたら、近くの大岩にぶつかっていた。その時は確実に命を落としていただろう。その点では少女は幸運だった。


 けれど、いくら幸運でも崖から落ちてダタで済むはずがない。


「うぅぅ……」


 全身に走る痛みにうめき、ボロボロと涙をこぼす。


「だれかぁ……。たすけてよぉ……」


 泣き声をもらす。不安と疲労に加えて、全身を襲う激痛にすでに少女の精神は限界を迎えていた。


 その時、がさりと近くの草むらが音を立てた。自然とそちらへ視線が向く。


「ヒッ……!」


 少女は引きつった声を上げた。草むらから姿を表したのは巨大な狼だった。


「あ、あ……」


 全身の痛みに、得に右足に走る激痛に立ち上がる事もできない。


 恐怖に必死になって後ずさる。


 少女は獣避けの呪符を目線で探す。呪符が無事ならば狼などすぐに逃げていく。呪符はてもとからさほど離れていない場所に転がっていた。手に持たずとも呪符の効果は発揮される。

 けれど、崖から落ちた時にぶつけたのだろう。呪符は二つに割れていた。こうなっては、獣避けの効果など発揮することなどできない。


 絶望に血の気が引く少女に対して、狼は余裕の見せつけるようにゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「だ、だれかぁ! たすけてよぉ!」

 

 その助けを求める悲鳴を聞いた人間は居なかった。


 けれども、人ではないモノには届いた。

 どこからとも無く飛来した石が、狼の胴体を打ち据えた。


「ギャンッ!」


 狼は悲鳴を上げ、石が飛来した方向を向いた。だが、石を投げた存在の姿は見えない。森の木々が鬱蒼と茂っているだけだ。


 と、再び、石が放たれた。

 先ほどとは違う場所から飛んできたその石は、狼の眼前の地面を削る。狼は慌てた様子で一目散に逃げ出した。


 少女は呆然と、狼が逃げていった草むらを見やった。自分が助かったことが到底信じられなかった。


「た、たすかった……?」


 ホッとしたのもつかの間。気がつけば、すぐ近くに一匹のスライムが少女のすぐ近くいた。


 スライムはモンスターだ。普段は簡単に追い払う事のできる弱いモンスターだ。


 しかし、こちらが弱っている時は話が別だ。身動きの取れない獲物を襲う時、スライムは恐ろしい捕食者となる。何でも溶かすその体に取り込まれ、じわじわと溶かされてしまうのだ。


「あ……」


 ゆっくりと近づいてくるスライムに、一度緊張の糸が切れてしまった少女は呆然と見ている事しかできなかった。




  ◇  ◇  ◇




 さて、どうしたものかとスライムは考えた。


 そろそろ日が傾きかけそうな時刻に早めに住処へと向かっていた。すると、住処の方から子どもの悲鳴が聞こえたのだ。


 人間の子どもの悲鳴だ。慌ててそちらへ向かうと、一人の女の子がちょうど狼に襲われていたところだった。


 狼は以前に住処の前でたむろをしていた群れのうちの一匹だろう。他の個体は見えなかった所をみると、群れが離散したか、ハグレだろう。

 飢えた様子で、今にも女の子に噛み付こうとしていた。慌てて石を狼に投げつけた。


 胴体に命中したが、狼は逃げずにこちらへと顔を向けてきた。けれど動きには怯えが見て取れた。

 もう一回、脅しのために石を狼の目の前の地面に叩きつけるように投げると、あっさりと逃亡を選択した。


 少女はホッとした様子で、逃げた狼を見送っている。


 少女をよく見ると、怪我をしている事に気がつく。

 所々から血を流し、厚手のスカートから覗く右足は、奇妙な方向へ曲がっている。足の骨が折れているのは明らかだ。


 狼に襲われてできた怪我ではなさそうだ。少女のいた場所からみて、崖の上かから落ちたのだろうか? 此処は住処から少し離れた場所で、崖の高さも相当に低い。けれど、落下すればタダでは済まない高さがある。


 少なくとも早めに応急手当をしてあげないといけない。

 近くの樹の枝に触手を伸ばし、適度な太さある枝を溶かし切る事で採取する。さらに、その枝を切る事でにちょうどよい長さに調整する。

 その間、とくに配慮したわけでもないが、音はほとんどしなかった。


 だからだろう。少女が気がついたのは、こちらが近づいたその時だった。


 少女がこちらを向く。悲鳴でも上げるかと思ったが、呆然とこちらを見ているだけだ。

 頭を打って朦朧としているのかと心配になった。


「あー。大丈夫か?」

「――――」


 日本語での問いかけに、聞いたことのない言語で、呆然とした様子の言葉が返ってきた。


 どうするかと一瞬、戸惑い。コミュニケーションより先に手当が必要だと判断する。


 触手を伸ばし、少女の折れた右足をつかむ。


「――!? ――!!」


 少女はとたんに悲鳴を上げて暴れだす。しかし、身体に痛みが走るのか、その抵抗は弱々しいものだ。


 足にもすり傷があり、泥と一緒に血で汚れている。触手で拭き取りと、簡単に血と泥の汚れはとれた。血が出ているがその傷は酷い怪我ではない。せいぜいかすり傷だ。


 それから、折れた足をゆっくりとまっすぐに伸ばす。少女は更に悲鳴を上げるが、それにかまってはあげられない。そえ木をあてて、折れた足を固定する。


 包帯代わりにしたのは、スライムの基本能力の一つである接着性の粘液だ。

 スキルでもなく、自分がスライムであると認識した時から有していた能力だ。もっとも、一度に大量に放出する事はできないため、今まで使い道がなかった。

 接着剤というよりパテに似た性質を持っている。速乾性と高い強度を持っているが、水であっという間に溶ける代物だ。応急手当の包帯代わりにはちょうどいい。


 そのついでにすり傷の方も触手で汚れを落としてから、粘液を固めて絆創膏代わりにする。水で溶けるといっても、かすり傷からにじむ血液程度ならば、硬化するのに影響はない。


「他に痛い場所はあるか?」


 足の手当を終え、スライムが問いかけた。崖から落ちたのならば確実に他にも怪我はあるだろう。

 その言葉に、弱々しいながらも必死になって抵抗を続けていた少女の動きが止まった。


 ぽかんとした表情で、スライムを見る。


「え? 喋った……?」


 少女の言葉にスライムも驚いた。少女の言葉が理解できた。いや、それ以前に、先ほど問いかけたのは、日本語ではなかった事に気がつく。


 まさかスキルを取得した?


 急いでスキルの確認を行う。


 ・擬態(人間) 人間の姿に擬態が可能となる。

 ・会話     言語を聞き理解でき、話す事が出来る。


 いつスキルができたのかと疑問が浮かぶが、今は少女を相手にすることが先だ。


「大丈夫か?」


 声をかけるが少女はスライムが言葉を話したことに更に警戒心をかきたてたようだ、

 ズリズリと後退る。近寄ろうとするたびにビクリと震え上がるのだ。


 どうしたものかと思う。やはり、このスライムの姿がまずいのだろうかと考える。それにこの声も不安もまずいのだろう。男とも女ともとれる不思議な声だ。信頼を呼び起こすような声質ではない。


 考えて、せっかく手に入れたこのスキルを使ってみる事に決めた。うまくいくと、根拠の無い自信があった。


 幸い、見本となる存在が目の前にいる。

 少女を見ながら、自分の姿が少女と同じような姿になるように、擬態スキルを使用する。


 背中まである金髪には少しクセがある。緑色の瞳に白い肌、整った顔立ち。汚れと血で今まで気が付かなかったが、この少女はかなりの美少女だ。年は十二歳ほどだろうか。濃い緑色のスカートに、白のシャツの上に着た赤地のベスト。チェック模様の帯で腰を締めていている。


 スライムはぐにゅぐにゅと身体を変化させる。触手は両腕になり、縦に伸びた全身が凹凸を生み出し、その姿は人の形に近づく。


 するとどうだろう、妙にしっくりと来る感覚を覚えた。思えば、自分は人間であると常に自分に言い聞かせてきたが、実際に人間の姿をとった覚えがない。


 不思議なことだ。例え、人へと変化するスキルを所持していないとしても、人の姿に近づくために、人の形を模しても良かったはずだ。


 今さらながらに気がつく。自分は人であることをどこかで諦めていたようだ。

 決して諦めたくはないというのに。


 スライムの姿は人の形に変わっていく。その姿は目の前の少女とそっくりなものになる。そう思っていたが、どうにも所々で差異が生まれた。


 金色の髪はどこか緑がかっているし、瞳も少女の深い碧色から比べれば、明らかに色の薄い緑色だ。


 顔立ちも似てはいるが、少女にない陰気さをわずかに漂わせた顔立ちへと変わった。

 服装も少女と同じだが、色合いは薄い。スカートは薄めの緑。白いシャツはどこか緑色がかっている。赤いベストが茶色に近い色に変わっている。

 顕著な違いは少女の服には大きく主張している刺繍はなくなり、無地に変わってることだ。地味に帯の飾りとなるチェック柄もシンプルなものに変わっている。


 少女を手本に姿を模しているのに明らかに違う姿だ。


 もう少し少女に似せようと努力をしてみるが、これ以上は似せる事ができない。


「な……? え……? ……なんで女の子に?」


 こちらの変化に少女は呆然としている。これ以上少女に姿を似せる事は諦めて、少女に問いかける。


「他に痛いところはないかい?」


 その声は、女の子の声に変わっていた。問いかけながらも、血が出ている額の傷に手を伸ばす。


 スライムの姿ではないためだろう。少女は呆然としているが逃げる様子もない。


 それを幸いと汚れをぬぐい取り、粘液の絆創膏で傷を塞ぐ。他に怪我をしているところを探す。見える限りで出血をともなう怪我の残りは、手のひらのすり傷だ。


 少女の手をとり、手のひらのすり傷に手当を施していく。


「他に痛いところは?」


 これ以外に台詞を言っていない気がする。と思う。


「え……? あとは、背中の方だけど……」

「ちょっと見せてもらうよ」


 言って座り込んでいる少女の背後に回る。ベストの背中の部分は擦れた痕跡があるが破れてはいない。ベストを捲って見ると、白いシャツにわずかで血がにじんでいる。


「ちょっと失礼」

「ひぁあ!」


 シャツを捲り、素肌を見る。血がにじむ程度のかすり傷と赤く腫れになっている。


 粘液の絆創膏を施しながら、軽めに押してみる。少女が強い痛みに反応することはなかった。どうも打撲だけでホネが折れている様子はない。


「足以外はわりと軽傷だね。頭に怪我があったけど、意識が朦朧とするとか、気持ち悪いとはない?」

「え? ないけど……」


 もしも頭の中に重大な損傷があったとしたら、手の施しようはないが、聞かざるをえなかった。少女の返答に安堵する。


「そうか、それなら良かった」


 うなずいて、スライムの少女は笑った。その顔に初めて表情が生まれた瞬間だ。


 少女はその笑顔を見て、ぽろりと涙を零した。


「え?」


 少女は戸惑いの声の中でボロボロと鳴き出した。


「な、何で泣く!?」

「よかった、助かった、わたしは助かったんだとおもって……」


 涙を流しながら少女は言う。それに対するスライムの少女は戸惑いの表情を浮かべるしかない。


「そ、そうか。それなら仕方がない。のか?」

「うん。よかった。うん……」


 スライムの少女は、人間の少女が落ち着くまで、そこにいるしか無かった。


 人間の少女が落ち着いたころ、スライムの少女は聞いた。


「君はこんな所で一人でなにをやっていたんだ? ここは人間の村から離れた森の中だぞ? 子どもが一人で歩き回っていい場所じゃないぞ」

「道に、迷ったの……」

「あー。まあそうだろうな……」


 一つうなずき納得する。


「村まで歩いて帰れるか?」


 問いかけに、少女は首を振る。


「村がどこにあるかわからないの。それに、この足じゃ歩けない……」


 少女の折れた足を見やって、スライムの少女はため息をつく真似をした。人間に姿を似せても、呼吸をしているわけではない。声は体表面を震わせて発生させているだけだ。


「仕方がない。私が村まで送ろう。そら、乗りな」


 言って、人間の少女に背を向けてしゃがみ込む。

 彼女は戸惑った様子で、ためらう。が、おずおずとその背におぶさった。

 体格がほぼ、というかまったく同じ幼い少女だが、何の問題も無いように立ち上がり、歩き出す。


 背におぶさった少女は、背負う少女に疑問に思ったことを尋ねた。


「ねえ、あなたは……。いったい……なんなの?」

「私か? 私は……、なんなんだろうな? 君は、何だと思うんだい?」


 苦笑するかのようにはぐらかす。

 人間の少女にとって首をかしげるしかない。


「ヒト……じゃあ、ないんでしょう? 今はヒトに変身してるけど、スライムに見えた。

 けど、今はヒトの姿をしてるし。わたしに手当をしてくれた。

 モンスターはそんな事はしない。……とおもうし。

 じゃあ、ヒトなの? それともスライムなの?」


「私は……私の心は、人だと……。人間だと思っている。

 けれど、身体は化け物のスライムだ。


 それでも私は人間だ。だから、怪我をした人がいたら助けるし、迷子の子どもがいたら村まで送る。


 私は、人間でいたいんだ」

 

「うーん」


 少女は難しそうな顔をしてうなる。背負う人間でいたい少女は苦笑をした。


「変なことを言ったな、まあ気にしないでいいよ」

「わたしはムズカシイ事はわからないけど。


 わたしを狼からたすけてくれたし、ケガの手当もしてくれた。それに村まで送っていってくれるんでしょう?

 なら、化け物じゃないってことだけは分かるよ? だから、あなたはとてもいい人だよ?」


 少女の言葉に、化け物じゃないと言われたモノは思わず足を止め、まじまじ少女の顔を見返した。


「……私は……化け物じゃないのか?」

「化け物は人をたすけたりはしないでしょう?

 あ、そうだ。わたしはアリティアっていうの。あなたの名前は?」


「名前?」


 きょとんと問い返す。


 そうだ、名前だ。自分の名前はどんな名前だろうか? 日本で、人間だった自分はどんなふうに呼ばれていたのだろう?


「名前は……わからない……。人間だった時の事はほとんど覚えてないんだ。だから、自分がどういう名前かも、覚えていないんだ」

「じゃあ、今は名無しなの?」

「ああ。そういうことになるな」


 諦念の笑みを浮かべて、頷く。


「なら、わたしがあなたの名前をつけていい?」

「え?」


 戸惑う。名前をつける? それは自分の名付け親になるということだろうか?


 そんな重い感情だとは思っていないのだろう、アリティアは楽しそうに首を捻っている。


「うーんそうだねぇ……。

 スラちゃん? スーちゃん? あ、緑色だからミーちゃん?」


「猫みたいな名前はやめてくれ」


 ぼやきにアリティアは反応する。


「そう? じゃあ。うーん、そうだね。

 あ、そうだ。ライムっていうのはどう?」

「ライム?」

「そう、スライムからと、緑色をしていたからライム!! 気に入らない?」

 

 不安げなアリティアに、スライムの少女は首を振った。


「いや、それでいいよ。名前は呼んでくれる者が使うモノだからね」


 安易な命名法に思う所は無いわけでないが、名前という自分だけの特別を与えてもらえたことに喜びを覚える。


「アリティア……だったな、君はどうしてこんな所にいたんだ?」

「山菜を採っていたの。けど道に迷っちゃって……。ライムはどうしてあそこにいたの?」

「あそこにいた理由か? あそこは私の住処のすぐ近くなんだ。

 私は気がついた時にはこの森の中にいたんだ。理由はわからない。だから此処らへんは私の庭みたいなものだよ」

「ご近所さんだったの?」

「ご近所と言うほど、ここと村は近く無いと思うが……」


 いや、そうでもないのか? 田舎に住む者が考える『近所』の範疇に入る距離かもしれない。


「ここから村まで歩いて一時間ほどかかる。それで近所と言うなら、近所だろうな」

「じゃあ、近所だね」


 笑顔で楽しそうにアリティアは言う。

 ライムはあきれた。

 アリティアは少々警戒心が足りないのではなかろうかと、こちらが人ではない事は彼女も分かっているだろう。それなのにその背に乗って、楽しげな笑顔を浮かべる事ができるのは、少しおかしいと思う。


 けれど、ライムにとってそれはとても嬉しい出来事だった。

 アリティアはライムの事を、一人の個性として扱ってくれている。それがたまらなく嬉しい。


「アリティアは年はいくつなんだ?」

「わたし? わたしの年はね、十二才になったばかりだよ。ライムはいくつ?」

「私は自分のことがわからないんだ。けど、多分だけど、私は生まれたばかりだと思う」


「それじゃライムは赤ちゃん?」

「赤ちゃんじゃないと思うな。私は自分でご飯をとれるから」

「そうなの? でもわたしの方がお姉さんだよね?」


 そうなるのか?


 いや、確かに行きている年月ならばそうなるだろう。けれど、精神年齢はその限りではないはすだ。

 ライムは心に抵抗するようなもの感じつつも、頷く。


「まあ、そうなるだろうな」

「じゃあ、おねえちゃんのわたしが、村の事をいろいろ教えてあげようか?」

「いいのか?」


 楽しげなアリティアに、思わず確認してしまう。ライムは村の人間ではないどころか、人間ですら無いというのに。


「なんで? 何か問題でもあるの?」


 アリティアはきょとんと不思議そうな顔をする。


「いや、スライムに教えるのは問題があるだろう?」

「ライムに教えるんだから、問題ないでしょ?」

「な……?」


 何でそうなる。あまりの信頼の厚さにライムは絶句する。


「なんでそんなに、私を信用するんだ?」

「だってライムはわたしを助けてくれたよ? 父さんが言ってた。人は見た目で判断してはダメだって。人を判断するときは、その人の行動で判断するようにって。


 ライムはわたしを助けてくれた上に村まで送って行ってくれるんでしょう?

 なんの得にもならないのに。だから、ライムは信用できる人なんだって思ったの」


「それが間違いだったらどうするんだ?」


 アリティアが言ってくれる事は嬉しい。しかし、逆に心配になってしまう。


「間違いだったらしかたないって、父さんは言ってた。

 母さんは怒っていたけど、わたしはそうだよねって父さんと一緒に言ってたよ?」


「君のお母さんの気持ちがよく分かるよ。今もお母さんが心配してるんじゃないか?」


 ライムの言葉にアリティアは表情を曇らせる。


「父さんと母さんは家には居ないよ」

「ん? そうなのか? じゃあ、今家に居る家族は誰だい?」

「おじいちゃん。きっと心配してると思う。すぐ帰るって言ったのに帰れなかったから……」


 気落ちするアリティアに、元気をださせようとライムは口をひらく。


「おじいちゃんはどんな人なんだ?」

「おじいちゃん? おじいちゃんはね。魔法使いなの」


「魔法? 人が魔法を使えるのか?」


 驚いた。いや、不思議な事じゃないのだろう。ここは地球ではない。人が不可思議な力を扱えたところで不思議ではない。


「使えるよ? おじいちゃんはね、村で一人だけの魔法使いなんだよ。」

「魔法使いってどんなことをしてるんだ?」

「治療したり、害獣よけをしたり、迷子探しとか」

「ん? 迷子探し?」


 ならば今、一番に迷子になっていて、その恩恵を受けるべき子供はここにいるのではないか?

 なら、おじいちゃんがやって来るのでは? とライムが思ってすぐの事だった。




 ガサガサッと遠くから茂みをかき分けながら近づいてくる音が聞こえたかと思うと、木陰の向こうから、一人の人物が飛び出してきた。


 手に節くれだった杖を持った白髪の老人だった。こちらを見つけて足を止めた彼は警戒した様子で相対している。ライムも警戒し、文字通り身体を硬くする。


 機敏に反応できるように身構えるのと同時に、気取られないように硬質化スキルを使用して胸部に位置している核の回りの肉を硬質化させる。


 今まで己の核の安全を確保していなかった事を反省する。常に確保しておくべき安全を、アリティアと話す事が嬉しくて失念していた。


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