エピローグ2 手紙
騎士団がカイロス村にやって来て五日後。騎士団がカイロス村周辺の安全確認を終えた。
森の中に集団となっているゴブリンの姿は無く、あっても数匹のハグレだけだったという。
未だ警戒は必要であり、騎士団の部隊が警戒にあたってくれているが、ゴブリンは掃討されたと判断された。
ようやく、長い避難生活が終わったのだ。
防衛線の外側に家がある者に帰宅が許された。襲撃の影響で、ゴブリンに荒らされていたり、戦闘の影響でガタが来ている家もあったが、カイロス村の村民達は自分の家に戻れる事を喜んだ。
しかし、単純にゴブリンの襲撃をしのいだ事を喜ぶ事ができない村人も、一定数存在していた。
家族を亡くした者達だ。
遺体は腐らせないように処置され、今は教会に安置されている。
彼らの葬儀は避難生活中にできず、これから合同葬儀が行われる事となっている。
グレンもその葬儀に遺族として参加する一人だ。
グレンが家に戻ってきたのは、その準備のためでもあった。
己の家に向かうグレンの様子は、家を出た時に比べ、十数年の時が経ったかのように老いていた。
足取りに力はなく、時折、ため息が漏れる。家を出た時には三人居たというのに、今では一人しか居ない。
孫は亡くなり、そして弟子は戻って来なかった。
ライムに関して、多くの者達から質問をされた。ライムは多くの者が見ている中で己の正体をさらしたという。その光景を目前で見たセリカとミリィは得に戸惑っていた。
けれど、村人達のライムに対する感情で悪いものは少なかった。ライムの存在を受け入れてくれた者は多かったのだ。
ライムによって助けられた者が多かったのと、アリティアの死に嘆くライムの姿を見ていた者が多かった為だ。
それに加え、村の外の森から響いてきた爆発音が、ライムがゴブリンを倒している音だと理解されていたのが大きかった。
騎士団の調査の結果、ライムが森の中に居たゴブリンの掃討を行った事が確実だとわかればなおの事だった。
グレンは村人すべてにライムの正体を話したわけでない。未だ心の整理がついていないというのが大きい。
けれど、すべての者に話していないというわけでも無い。話した相手は村長、セリカ、ドルフ、ウォーレン、そしてミリィだ。
セリカとミリィは目の前で、アリティアの死とライムの正体を見ている。そのため強く話しを聞く事を望んだという事がある。
村長とドルフは村のまとめ役であり、ウォーレンはライムとも関わりが薄い者だったが、娘のミリィが強く願った為に同席した。
ライムが家にやって来た事から、殆どを話しただろう。話しを聞いた彼らの感情は悪くなかった。
セリカとミリィはライムの事を直接知っているし、ドルフはライムに助けられている。村長はライムがこれまで村に対して行ってきた貢献を把握している。ウォーレンだけはライムと関わりが薄かったが、娘より話しを聞いて見知っている。
彼らがグレンを責める事は無かった。
しかし村人の中には人外を弟子にしたグレンを批難する者もいた。風当たりが強くなるのは覚悟していたため、グレンは気にはしていない。そもそも魔法使いに対して存在している批難が、僅かに強くなった過ぎないからだ。
それにその声はあまり強くは無い。ライムがいなければカイロス村が滅んでいた可能性が高いためだ。
彼ら以外に、ライムの事を詳しく話したのは騎士ルパートだ。
彼は従者ドミニクより、ライムの事を詳しく聞いていた。村を救った英雄が人ではなかった事に少年は非常に戸惑っていた。
それでも従者の話から、グレンに話を聞く事になった。
グレンは知り得る限りの事をルパートへと話した。
そして、推測になるが、ライムは帰ってくることはないだろうという事も告げた。
ライムはアリティアの魂を確保している。アリティアの魂を開放するべきだと言った自分の元に帰ってくるとは思えない。
おそらくライムは、アリティアを蘇らせる事に傾倒するだろうと。
話を聞いた彼は苦虫をかみつぶした様な顔をして頭を掻いた。
報告書にはライムはただの行方不明者という事にするとルパートは約束してくれた。
驚いたグレンが良いのかと逆に尋ねた。
「報告書に嘘は書けないが、彼女の事はゴブリン襲撃の事とは別の事だ。だから書かなくとも問題はない。私には彼女に助けられた恩があるからな」
そう言って彼は笑った。
グレンはただ頭を下げる事しかできなかった。
グレンが家に戻ると、彼は家を覆っていた土壁に変化がある事に気がついた。
ドアの場所にある土壁に、一度崩されもう一度修復されたような痕跡がある。
『土の操作』でその部分を崩して、ドアが開くだけの穴を開ける。
グレンは警戒しながら、家の中に入る。
家の中に荒らされている形跡は全く無い。
わかっていた事だ。この家に入り込んだ者が、家の中を荒らすなどしない事は。
ゴブリンが入り込んだ形跡もない。そのことに心の片隅で安堵しながら、家の中を見ていく。
――そして、それを見つけた。
リビングのテーブルの上にあった、置き手紙。その用紙はレポートを書かせる為、ライムに与えた紙だ。
グレンは手紙を手に取った。
――師匠へ。
ごめんなさい。私はやっぱり、アリティアの事を諦める事なんてできません。
私はアリティアを生き返らせます。
ごめんなさい。馬鹿な者と罵ってくださって結構です。
けれど、私は人しての生へのきっかけをくれたアリティアを、このまま死なせたくはないのです。
私の事は破門にでもしてくれて構いません。私はもう、師匠に合わせる顔がありません。
けれど、アリティアだけは許してやって下さい。
アリティアを生き返らせたら、必ず一度は戻ります。それまでどうかご壮健で。
師匠、今までありがとうございました。
不肖の弟子、ライムより。
追伸。
アリティアから貰った服を取りに家の中に入りました。
お許し下さい。
『不肖の弟子』の部分には斜線が引かれて、消されてある。
この手紙を読んで、グレンは憤りに拳を握ってテーブルを叩いた。
「あの、ばか弟子がっ!!」
これにて、ライムの旅立ちの物語は終わる。




