エピローグ1 提出される事の無かった報告書の下書き
報告書 騎士ルパート記す。
カイロス村に大量のゴブリンの集団による襲撃が起こった。
事前の警戒もあり、カイロス村の村人達の協力を得て、できうる限りの防衛体制は整えた。
村の中央部に村人を避難させ、土塁と土壁による防衛線を築き、その内側には丸太による防護柵を多数設置した。
前者の構築にはカイロス村在住の魔法使いグレン・パラデュー(以下グレンと記す)と弟子ライム(以下ライムと記す)、孫娘のアリティアの協力があった。また後者の構築には木こりギルドカイロス村支部の尽力が大きい所であった。(必要経費は別紙にて記す)
防衛線を設置後、ゴブリン集団の襲撃を受けた。一度目の襲撃はおよそ二百匹のゴブリンが南の防衛線に現れた。その際にはライムが魔法による爆撃を複数回、行う事によって撃退に成功する。
その後、東と西より相次いで警戒の鐘が鳴った。その際ライムが東側へと救援に向かった。
私は戦力を三つに分けた。戦力の半数を南に残し、残り半数をさらに分けて西と東へと差し向けた。
東方向では到着時に戦闘は終わっていたようだが、西方向では戦力として防衛戦に参加したとの事。
私自身は南にて警戒を続けた。
その後、北にて警戒の鐘が鳴り、しばらく経った後に再び南にてゴブリン集団の襲撃を受ける。
二度目の襲撃の規模は一度目を上回り、ゴブリンの数はおよそ四百匹ほどであった。
私は人々を指揮し防衛線にて奮闘するも、土塁の一部を崩され防衛線を突破された。
その際の被害は死者だけでも十八名に及ぶ。(詳細は別紙、死者名簿にて)
しかし防衛線を突破したゴブリン、およそ三百匹の殲滅に成功する。
殲滅にはライムの力が大きい。
実質的にライム自らが指揮をとり、大半のゴブリンが彼女の魔法によって吹き飛ばされた。私は彼女の指揮に従う事が最良の行動であるとしか判断できなかった。
結果として彼女は死者を出す事なく、防衛線の内側に侵入してきたゴブリン集団の内、逃亡したゴブリン以外を殲滅した。
ライムの功績が大である事は、明白である。
また、東と北の防衛線における防衛でもライムの功績は大きい。
私は伝聞の立場であるが、彼女は東の戦線では襲撃するゴブリン集団の横合いより爆撃を行い、追い払う事に成功した。
北の防衛線では突破された小集団のゴブリンとの乱戦において、十数匹のゴブリンを討ち取っている。
東では被害は無かったが、北では八名の死者が出ている。(詳細は別紙、死者名簿にて)
また、西の戦線ではグレンの魔法による爆撃にてゴブリン集団の撃退が成功しており、こちらでは被害は出ていない。
魔法使いグレン・パラデューとその弟子ライムは両名共、防衛戦で多大な活躍をした。中でも弟子ライムの活躍は得筆に値する。
カイロス村へのゴブリンの組織的な襲撃としては、これが最後である。
しかしその後、防衛線の内側へと浸透した少数のゴブリンによる死者が一名出ている。
死者の名はアリティア。魔法使いグレンの孫娘である。
彼女がカイロス村へのゴブリン襲撃の最後の被害者となった。
死者二七名。負傷者多数。以上がカイロス村へのゴブリン襲撃による人的被害数である。
これは多大な被害であるが、襲撃してきたゴブリンの規模からすれば信じがたいほど軽微な被害である。
襲撃してきたゴブリンの規模は千匹は確実に超えていたと思われる。この数はカイロス村が壊滅してもおかしくない規模であった。
これほど軽微の被害で収まったのはやはり、防衛に加わった二名の魔法使いの功績が大きい。
しかし、この日の襲撃は先遣隊と言うべき数の少ない集団であった事が後に判明する。
ゴブリン集団のカイロス村への襲撃は、先遣隊のみで終了した。
この理由というのが信じがたい事であった。
のこりの本隊というべきゴブリン集団は、一人飛び出したライムによって大部分が殲滅されたという。
確かに防衛戦の後、まる二日にわたって、夜間であっても断続的な爆発音がカイロス村郊外から聞こえてきた。
また後日、騎士団が到着した後に行った調査によると、爆発の痕が残る森の中には大量のゴブリンの魔石が転がっていたのと事だ。
そのような爆発の痕と魔石の残っている場所は複数箇所、非常に広い範囲に渡っていた。
回収されたゴブリンの魔石の数は、合計で数千個を越えていたという。
少々疑わしい話である。
爆発音が聞こえてきた方向は、一度に一方向からではあった。しかし一箇所で爆発音が止んだ後に、別な方向から爆発音が聞こえるようになるまでの間隔が非常に短かった。
爆発音が聞こえてきた二つの場所はかけ離れているにもかかわらずである。
それこそ人が走る速度で移動したとしても数時間はかかる様な場所でも、一時間も立たずに爆発音が聞こえてきた。
それがライム一人の行動だとすると、非常に高速で二つの場所を移動する必要がある。平地であろうとも人の足で駆ける速度では到底不可能で、それが森の中ならば尚の事である。
しかし空を飛ぶならば可能であり、ライムは翼を生やして空を飛んでいるのだから当たり前ですと、我が従者ドミニクは主張している。
我が従者は、あの少女が人間では無いと主張しているのだ。何を言っているのかと彼の頭を心配したが、どうもそれは事実のようである。
他の村人達も、言葉を濁してはいるが明確に否定することが無い。
ライムの師匠であるグレンにも話を聞いたが、否定の言葉はなかった。詳しく聞こうにも、孫娘の死に消沈し、一気に老けこんだ様に見える彼を問い詰める事はできなかった。
彼は村に残った唯一の魔法使いである。村の防衛に必要な人材であり、ここで潰れてしまっては村の防衛がままならなくなる。
実に信じがたい話ではあるが、ライムが人外だというのは事実であるらしい。
だとするとライムという存在は人の姿を取り、防衛を指揮する能力があり、なおかつ魔法使いとしての能力を持ち合わせ、飛行能力を持ち合わせた人外である事に成る。
その能力によって、ゴブリン集団を複数、一方的に殲滅している。
この能力のみを見て、モンスターの危険度として評価するならば『軍隊組織の行動でも危険』であるBランクから『大軍を動員しても危険』であるAランクに相当するであろう。
しかし、彼女と直接話しをしたことのある自分の印象としては、ライムは理知的であり、温厚な性格を持ち合わせている。むやみに力を振るう存在では無く。また、積極的に人々を救出して回っている事からも分かるように、人に対して友好的な性格を持っている。
また、彼女はカイロス村防衛の最大の功労者でもある。彼女が森の中にいるゴブリン集団を爆撃しなかったのならば、再びカイロス村は襲撃を受けていただろう。
騎士団が到着していない内に再びの襲撃があったならば、カイロス村は壊滅していた可能性が非常に高い。
爆撃され殲滅されたと思われるゴブリンの総数は数千であり、カイロス村にはそのような大戦力に対しての防衛能力はない為だ。
ライムは森の中の爆撃を行った後、村に帰って来ることは無かった。
強大な戦力を持つ一体の人外が野放しになっているわけだが、私は彼女を危険なモンスターとして討伐するよりも、交渉によって彼女を国の味方に引き入れる事を提案する。
理知的であり温厚な性格をしているライムは、交渉の余地は十分にあると思われる。
いずれにしろ、継続した調査が必要である。




