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第07話 雨の日と不安


 狼に住処の前に居座られ、撃退してから二日目の朝が来た。


 今日は晴れのようだ。岩の住処の唯一の出入り口に強めの光が見えた。寝起きの意識のまま、昨日はそんなに強い光は無かったなと、昨日の事を思い出した。


 昨日は激しい雨がずっと降り続いていた。そのために住処の中に引きこもっていた。

 度々、外を覗いたが幸いにも狼の姿はこの付近では見かける事は無かった。だが姿が見えなかったのは、狼達も巣に引きこもっていたからかもしれない。油断はできない。


 雨はこの世界で初めての天気だった。この世界の雨は地球のそれとなんら変わりは無かった。強酸というわけでも、色がついているわけでなく、ただの水だった。


 考えてみれば今まで、飢えは感じても渇きを感じたことがなかった。そのため、スライムに変わった自分の体には水は毒かもしれないという危惧があった。


 試しに触手を伸ばし雨に触れてみると、雨はただの水でしかなく、スライムの体としても何の問題はなかった。

 全身を雨に打たれてみてもなんの問題もない。逆に心地よさもあった。


 スライムは水生生物なのかとも考えたが、人としての記憶が、雨に打たれたままは余りよろしくないと考えさせ、大人しく住処の中に引きこもった。


 大人しく引き篭もっている間、色々なことを考えていた。


 何故、自分はスライムの姿になっているのかと。生まれ付いてのスライムだという疑いが頭をもたげてきた。

 初めにあった人としての記憶は、このスライムが食った人間の記憶であり、本当はただのスライムが自分の記憶だと誤認しているだけに過ぎないじゃなかろうかと。


 今まで食った獣の記憶は、人間の記憶とは明らかに質が違った。


『人間の記憶は自分の記憶である』という実感がある。


 けれど食った獣の記憶は自分の記憶である、という認識こそある。だが、あくまで昔に読んだ本の記憶、見た事のある映像作品程度の認識だ。


 つまり、捕食収奪のスキルで手に入れた記憶は、次々と追加される見終わった本や映像ソフトのようなものだ。


 人間としての記憶を基本にして、食った獣の記憶を思い出そうするのは、本棚に突っ込まれた本を見て、その本の内容を思い出す事に似ている。


 そんなわずかな感覚に頼って、自分が元は人間であると認識している。


 けれどその認識は、知的生命である人間を喰らい、その大量の知識を奪った為に起こった錯覚ではないと何故言える?


 知識の全く無いスライムが捕食収奪スキルを手にした時、初めて食って記憶を奪った相手が人間だったとしたら?


 自分は元は人間だったと勘違いしてもおかしくはない。


 そんな筋が通る仮説も、不安に思いつつも全く信じていない。いや、信じない。


『自分は元人間である』という確信がある。

 その事自体が根拠のない認識であっても、揺らいではいけないと己に言い聞かせた。


 自分が何者であるか? という恐ろしい暗闇の迷宮に踏み込む前に、無理やりの別な事し思考を向けた。


 色々と考えていた。


 雨に濡れても大丈夫だったが、水の中で体が溶け出したりしないのか? とか。

 その事を安全に検証するにはどんな事をすればいいのだろうか? とか。

 この世界の魔法はどのようなモノがあるのだろうか? この世界に生きる人はどんな考えをもっているのだろうか?とか。

 この世界は地球と違うというのなら、地球の知識があるのは何故なのか? とか色々な事だ。


 グダグダと考えるだけではなく、住処の中で使っても問題ないスキルを使って、いくつかのことを検証もしていた。


 その中で小型化のスキルには、小さくなるだけではなく別の性質があることに気が付いた。


 ここまで大きくなった体を、小型化すると硬質化を使わないでもある程度の体が頑丈になるようだ。巨大な体の分が小さくなると、その密度が高くなるようだ。その結果だろう。


 考えてみれば体重が変化するのは体重適正化のスキルの効果だ。小型化のスキルだけならば、当然大きい時と変わらぬ重さだ。小さくなった分、圧縮されているという事だ。


 これは硬質化のスキルを使った部分は動きが阻害されるというデメリットを有る程度消せるという事だ。

 今の小型化を使用しないときの体大きさは、直径2メートルを超えている。その大きさでも動き自体は鈍くなる事は無かった。ある意味すさまじい能力だろう。俊敏な小動物なみの動きを、直径二メートルと超える、丸い球体が備えているのだ。このまま大きくなっても、動きが阻害されなかったとすると、それだけで敵はいなくなるだろう。


 だがこれ以上体を大きくする為には、食料が問題になるだろう。


 今のペースで、二日に一度、確りと狩りを続ければ体はドンドン大きくなる。しかしこのペースでの狩りならば、もう少しで限界点はやってくるだろう。肉体成長のスキルからなんとなく分かる。


 その体の大きさで満足していいものか。大きさとは、強さだ。基本的に大きければ大きいほど強い。

 このペースでの狩りで限界点に達した時の大きさで満足して大丈夫なのだろうか? という問題がある。

 この世界は地球ではなく異世界だ。どんな巨大で強大な生物がいるか分からないのだ。


 しかし、巨体を維持するために、どれほどの量を食べればよいのかは、分かっていない。

 体を大きくした後、その巨体を維持するためにモノを食べ続ける必要があると判明したら、苦労するのが目に見えている。

 欲望に従って肉を喰らい続けて、大きく成っても、その維持をするのに忙殺されるかもしれないのだ。


 肉体の一部を切り捨てて体を小さくする、という選択肢も選びたくはない。


 食べるものは肉ばかりではなく、植物もその範囲に入れた。けれど、植物を食べても肉を食べた時と比べても強い喜びは起きない。それに植物は岩石と同程度の価値しかなかった。わずかに植物の方がマシといった程度だろう。

 

 まあ、食事量に関しては、その時になったら考えるしかないと、この考えを棚に置く。



 と、そこで考えるべきことが無くなってしまった。


 不安が湧き上がる。


 この森でずっと暮らしていくのか? 食べる事だけならばどうとでもなる。けれど、それはまさに獣のような生き方だ。獲物と捕らえて食らい、外敵に怯えなから森の中を歩きまわり、巣穴の中で明日こそ、これが夢であって目が覚めますようにと願いながら眠りに付く。そんな生活をただ続けていくのか?


 頼れる者もなく、話す相手すら居ないこの場所で。たった一人で。


 人の存在は確認できている。だが、こんなスライムが人に遭ったらどうなるか? 答えは見えている。討伐されるか、怯えられ逃げられるだけだ。

 

 これからどうするべきかの全く道筋が見えない。


 いっそ、人の記憶などなければよかった。ただのスライムとして生き、何も考えずに生きられればどれほど楽だったろう。


 かと言って、自ら死を選ぶ事もできない。死ねばこの不安は沸き起こらないと分かっているが、鹿による攻撃魔法を受けた時の恐怖を思い出してしまう。


 死にたくは無いのだ。一人は寂しいのだ。けれど、スライムという化け物が人と会えるわけがない。


 だから、この場所にいるしか無いのだ。


 けれど――


 思考が堂々巡りを始めてしまう。気分がドンドンと沈んでいく。


 これは昨日も陥った悪い流れだ。それに気がついて、あえて大きな声を上げた。


「ああっ! やめやめっ! 考えても仕方がない! こんな暗い巣穴の中にいるから、考えも暗くなるんだ。狩りに出かけよう。そうすれば、そんなことを考えてる暇なんてない!」


 住処から外に出る。出る前に見回したとおり、特に変わりはない。いや、木の一本が枯れている。


 標的にしていた木だ。


「氷結魔法で凍らせたから、枯れちゃったか?」


 その木だけ、葉の色が抜け、散らしている。投石の的にもしていたから、幹もボロボロだ。後でどうにかしようと心のメモに記す。


 空を見上げると青く晴れ渡り、気持ちのいい朝だ。先ほどの自分の気持ちとは正反対だ。


「さて、今日は何を狙うか?」


 努めて明るい声でつぶやく。

 今まで食ったことのある生き物以外を狙いたい。狙いはスキルとその記憶だ。スキルの取得時の不快感を我慢しなければならないが、それを踏まえても有用な存在だ。

 鳥のような行動範囲の広い生き物の知識を得られれば、数日間を探索に費やした事に匹敵する。


 今はこの世界の事を知る事に全力を注ごう。その間は考えずに済むのだから。

 

 全身に擬態を施し、森のなかへと進んでいった。


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