第67話 彼女の思い
襲撃の鐘が鳴り響き、ライムと別れたアリティアはミリィに連れてこられる形で教会へとやってきた。
教会の礼拝堂の中は多くの村人が避難してきている。女性や老人幼子が殆どだ。続々と村人達が礼拝堂の中へと避難していく。
そんな人々の流れに逆らうようにアリティアは礼拝堂の入り口近くにいた。
不安気な顔をする少女は、一緒にいる雑貨屋の娘であるミリィに問いかける。
「ねえ、ミリィさん? わたしも何か手伝った方がいいんじゃないのかな?」
「手伝うって何をだ?」
「それは、わたしも村を守るために戦った方がいいんじゃないのかな?」
自信無さげなアリティアの言葉にミリィは呆れた様子で首を振った。
「止めておけよ。アリティアが行った所で足手まといになるのがオチだよ」
「けど! ……わたしも魔法使いなんだよ? 一応は」
「足手まといになるのがオチって言うのは、魔法使いかどうかは関係ないさ。
お前はライムとは違うんだ。おとなしく、教会の中で避難してればいい」
「わたしもライムも魔法使いって事は同じだよ?」
納得していない少女に、ミリィはため息をついて説明してやることにした。
「あのな。そういう事じゃないんだ。アリティアが魔法使いだろうとなかろうと、お前は、戦いに向いていないから、やめておけって言ってるんだ」
「戦いに向いてない……のかな?」
「ああ、向いてない。
自分でも分かっているんだろう? そもそもお前は大きな生き物をその手で殺したことがあるのか? シカとかイノシシとか魔物とか。
少なくとも私はアリティアがそんな獲物を仕留めたってうわさは聞いたことが無いぞ?」
「それは……無いけど」
「だろう? その点ライムは違う。
村に出たイノシシを手にした石で殴り殺したとか、狩りに出れば確実に獲物を仕留めてくる凄腕の狩人とか、武勇伝には事欠かない。
言い方が悪いが、ライムは生き物の殺し方を心得てるんだ。
けど、アリティアは違うだろう? お前はゴブリンを殺す時に、ためらう事無く殺せるって断言できるか?」
「それは……わからないけど……」
「だろう? だから、向いてないって言ってるんだ。
アリティアが参加しようとしてるのは魔法使いとしてだろ?
大きな戦力になる魔法使いが、いざという時に『攻撃できません』なんて言い出したら、何人味方が死ぬか分からないだろ?」
「う……」
自分のためらいによって起きる人の死の危険性を指摘されて、アリティアは言葉が詰まる。
「だからアリティアは私と一緒に、教会の中で避難していることが一番いいんだよ」
ミリィの言葉にアリティアは俯いてしまう。
「……けど、わたしにもなにかできることがあるはずなんだ……」
アリティアのつぶやきに、ミリィはため息をつく。
「いまの私たちにできる事は、ここでおとなしくしていることだけだよ」
アリティアにはミリィの言葉に何かを言う事は出来なかった。
と、その時、遠くから爆発音が響いてきた。避難してきた人々は一様に不安の色を強くする。
そんな人々の中、アリティアだけが教会の外へ視線を向けて耳を澄ました。
爆発音はその後も数回聞こえてくる。
「お、落ち着いてるんだな。アリティア」
不安気だが気丈に振る舞うミリィは、少女の様子に驚いて声をかけた。
アリティアは意識を連続して聞こえてくる爆発音を向けたまま答える。
「この音は多分、ライムかおじいちゃんの魔法の音だと思う……。
『大玉』系の魔法を使ってるのは分かるけど……。多分『風の大玉』かな? あれは音がちょっと軽いし」
「いや、魔法の名前言われても意味がわからないんだが……。
つまり事の爆発音は、ライムかグレンさんの攻撃ってことでいいのか?」
首をかしげてのミリィの疑問に、アリティアは頷く。
「うん。多分だけど、ライムの攻撃だと思う。おじいちゃんの攻撃だったらもう少し爆発音の間隔が短くなるし」
「音の間隔でライムが使ってるって分かるのか?」
「うん。おじいちゃんならもっと早い間隔になるし……。
あ、止まった……」
耳を澄ましているアリティアの言葉にミリィも耳を澄ます。確かに、連続して聞こえてきた爆発音が止まった。
「爆発音が止まったって事はライムが攻撃を止めたってことだよな? ……それって勝ってるのか?」
「んー、多分。攻められてるなら『風の大玉』以外の魔法を使うと思う」
「そうか、なら良かった……」
しばらく耳を澄ますが爆発音は聞こえては来ない。
真剣に耳を澄ますアリティアとは違い、ミリィは集中を持続できずにその沈黙に気まずいモノを感じはじめてしまう。
何度かためらったあと、ミリィは沈黙に耐えられずアリティアに聞いた。
「……そういや、こんな時に聞くものなんだとは思うけどさ、アリティアは結構ライムの事を気にしているよな?」
「え? まあ、それはそうだけど……」
どういう意味だろうとアリティアは首を傾げる。
「お前らは、ほぼ同い年での親戚だろう? なのにお互いが、お互いの事を子猫を見る母猫みたいに行動しているように見えるんだ。
ライムがアリティアをそう見るのは分かるんだ。あいつはしっかりしてるし、落ち着いてるところがある。
けど逆が分からない。何でアリティアがライムを相手に、小さな子どもみたいに世話を焼いてるんだ?」
自分が子供扱いされるのは当然だという彼女の認識に、アリティアは納得いかず眉を寄せる。それでも答えた。
「ミリィさんがどう思ってるかはともかく。ライムのことを守っているのはわたしのほうだよ?」
「は?」
予想外なことを聞かされて、ミリィはぽかんと口を開けた。アリティアは言葉を続ける。
「ライムはいつも不安なんだと思う。自分の立場がはっきりしてないから、どうにかしようと頑張ってる。
だからいつもあんなに必死になって勉強を続けているんだ。
あんなに頑張る必要なんてないのにね。
ライムはおじいちゃんの弟子で、わたしの家族で友達。
それだけでいいのに。それだけじゃ不安で仕方ないみたい。
だからちょっと心配。わたしがいなくなったら、ライムはどうなるんだろうって。ライムは結構な無茶をする子だから」
「不安がってる、ねぇ? 私からはそうは見えないがな」
ミリィは納得がいかないと首をかしげている。
「ライム本人もわかっていないと思うよ。ただ、わたしが勝手にそう思ってるだけだけだから。
けどだからこそ、わたしはライムと一緒に居たいって思ってる。
きっとライムにとって、わたしはちゃんと立って要られるための……。
そうだね、クサビ? 土台? それとも命綱? ――ちょっと違うかな? でも、きっとそんなものなんだと思う」
「そこまでライムがアリティアの事を頼ってるのか? ライムが頼りにする人はグレンさんの方じゃないのか?」
ミリィは納得がいかない。
「おじいちゃんとはしっかりとした師弟関係を結んでいるよ。
けど、きっとライムはわたしがいなかったら、魔法を学ぶだけ学んだら、きっとどっかに行っちゃうと思う。
ライムにはそんな危なっかしい所がある。けど不思議と、ライムがわたしから離れていくって気はしないんだよね」
不思議そうにアリティアは首をかしげている。
「ふむ……。よく分からんが、私がわかるのは――」
と、そこでミリィはニヤリと笑い、からかうように続けた。
「アリティアは、ライムから好かれているって事に随分と自信があるって事だけだなぁ?」
「え? それは当然だよ」
恥ずかしげもなく肯定されて、ミリィは肩透かしを食らったように間抜け面をさらした。
「だからね、ライムをしっかりと繋ぎ止めるためには、わたしががんばらないといけないの」
にっこりと笑うアリティアは、誇らしげでもあった。
◇ ◇ ◇
しばらくして、再び襲撃を知らせる鐘が遠くから聞こえてきた。
それも西側と東側からほぼ同時に。
教会に避難する人々は、怯えて神に祈ることしかできない。
そして続いて、西の方から爆発音が響いてきた。時を置かず、再び東側からも爆発音が響いてくる。
西側はわかる。グレンの使用する『大玉』系の魔法だ。
けれど、東側の爆発音はなんだろう?
ライムがいるのは南側だ。東側から聞こえてくるのはおかしい。その疑問を抱いたミリィは最悪の予想を脳裏に過ぎらせる。
「お、おい。何で、西側と東側、二カ所から爆発音が聞こえて来るんだ?
魔法使いはグレンさんとライムの二人だけだろう?
ライムは南に居るはずだし……。敵側にも魔法使いがいるんじゃ……」
不安気なミリィが発する予想に、アリティアに頭を振って否定する。
「いえ――。多分違う。
東側から聞こえて来るのはライムの魔法だと思う。敵の魔法じゃない」
周囲の聞き耳を立ている人たちにも聞こえるようにアリティアは答える。
「西側から聞こえる爆発音は、音の間隔も早いしおじいちゃんの魔法であってると思う。
それに比べたら、東の音の間隔がちょっと長い。
爆発が起こったのも少し間があったし、多分ライムが南側から走って移動してきたんだ」
「そ、そうか……ならいいんだが……」
ミリィはクラフス神の像へと手を合わせ、神に祈りを捧げ、心を落ち着ける。彼女は信心深い方ではなかったけれど、今できることはそれだけだった。
教会内に避難してきたのは戦う力の無い女子供だ。神に祈ることしかできることがない。
人々が神に祈る中、アリティアだけは神に祈りを捧げることをしていなかった。
アリティアの信仰心が無いわけではない。信心深いとは言えないがミリィよりはある。
少女が祈りを捧げていなかっのは、ほかの人たちとは違って、祈りを捧げること以外にできることが明確に存在してたからだ。
アリティアは神に祈りを捧げるかわりに、無言で自問自答を繰り返す。
わたしにはできる事があるのに、ここで皆に守られてるのはおかしいんじゃないか。と。
確かにミリィが言うようにわたしは戦いには向いていない。
攻撃的な魔法をいくつも覚えているけれど、それは四大魔法の基礎がそういった体系になっているだけで、アリティア自身は攻撃的な魔法を実際に使ってみようとは、考えたことがない。
練習の中で、石や木などを的として攻撃的な魔法を放っているがそれは所詮、ただの練習だ。
魔法を教えるグレンも孫に戦に出られるように四大魔法を教えた訳ではない。将来の生活の糧として。そして、これから先に教える事になってる、五行魔法や陰陽魔法を覚える為の、前準備に過ぎない。
けれど今、その前準備に過ぎない四大魔法が、最も必要とされている。
四大魔法は戦いの為に確立されていった魔法系統であるだけに、今のアリティア程度であっても充分な戦力になりうる。
それなのに戦力になっていないのは、アリティアが戦いに向いていないせいだ。
それがとてつもなく悲しく、悔しい。
そう声を出す事なく嘆いていると、再び、外から襲撃を知らせる鐘の音が聞こえてきた。
今度は北側からだ。
きっと、わたしでもできることがあるはずだ。
そうアリティアは静かに決意を固めた。
自分でできる事をしに行こう。
しかし、少女の様子がおかしい事を察したミリィに服の裾を掴まれ、立ち上がる事もできなかった。
「何処へ行く気だ。前線には行かさねぇからな」
「けど……ッ」
「おとなしく皆を信じて待ってろ。いいな?」
凄んでくるミリィにアリティアは屈して、しぶしぶ従う。
そのまま不安な気持ちを抱いたまま、時が過ぎていく。けれどその時間の分、アリティアの心の中に後ろめたさは積もっていく。
また、鐘の音が聞こえた。今度は南側だ。
アリティアは再び立ち上がる。しかしまたもミリィにつかまれる。
「離して、ミリィさん! わたしにも、できることがあるはずだから……!」
「お前には無理だって言ってるだろっ!」
アリティアはミリィの腕から逃れようともがき、ミリィはアリティアを逃がさんと抱き着く。二人はもみ合う。
その攻防はしばらく続くが、体格の差からミリィに軍配が上がり、腰に抱きつかれたアリティアはその場から動くけない。
「ミリィさんのわからず屋っ!」
「わからず屋はお前の方だろっ!」
互いに息を切らして罵り合う。呼吸を整えるために小康状態になっていたその時だった。
外から声が聞こえた。
「あ。これ、ライムの声だ」
「なに?」
言葉の内容は良く聞き取れなかったが、鋭い様子の口調のライムの声だった。
聞き逃したミリィの注意が外に逸れ、その隙にアリティアが彼女の腕から逃れて駈け出した。
「おいアリティア!?」
声の聞こえた外へと走って向かう少女を、ミリィは慌てて追いかける。
外に出ると、教会へ繋がる道は張り巡らした柵によって封鎖されているのが見て取れた。柵に守られた教会の出口のすぐ前に、防備に身を固めたセリカが立っていた。
「アリティアちゃん?! 危ないから出てきちゃダメよ」。
彼女は教会から出てきたアリティアに気が付き、眉をひそめて注意をする。
けれどアリティアはその言葉を無視するかのように、ライムを探して周囲を見回す。
しかし柵に囲まれた内にも外にも、ライムの姿は見当たらない。
「セリカさん! 今、ライムの声が聞こえたけど、ライムは何処に行ったの?」
「アリティアちゃん……」
必死な少女にセリカは呆れた様子でため息をつく。その時に追いついてきたミリィに視線を向ける。
「ミリィちゃんも……。アリティアちゃんの事を止めなきゃダメでしょ?」
「ほら、怒られちまったじゃないか。さ、中に戻るぞ」
ミリィが促すが少女は必死になってその手を振り払う。
セリカはまずは質問に答えないと、何を注意してもアリティアは聞き入れないだろうと悟った。
「ライムちゃんは、南側に向かったわ」
「南側? また南に向かったの?」
アリティアは首をかしげた。最初に向かった先が南側だったはずだ。
「なんでライムはここまで戻って来たんだろ?」
「ライムちゃんがやって来たのは北側の方からよ。
何でも弓矢を持ったゴブリンを取り逃したから、警戒をするようにって。
さあ、教えたのだから中に戻りなさい。ここも危険です」
セリカの言葉にアリティアは首を振って拒否した。
「わたしもここにいます。わたしも見習いでも魔法使いです。
なにもしないままで守られてるだけなのは、もうイヤなんです。
わたしでも、何かできることがあるかもしれない」
その強い眼差しにセリカは困った様子でミリィに助けを求める視線を向ける。
しかしミリィはため息とともに首を振った。
「……無理にアリティアを連れ戻しても、何時飛び出すかわかりませんよ? コイツは。
下手に閉じ込めておくより、セリカさんが監督しておいた方が安全だと思いますけど」
自分が少女を抑える事を既に諦めているミリィは肩をすくめてそう告げる。
セリカは二人を見比べて、ため息をついた。
「わかってわ……。ただし、アリティアちゃん。勝手に前に出だりせず、私の言う事はちゃんときくこと。いい?」
「わかりました」
頷くアリティアに、セリカは不安気な様子だったが、少女が教会の防衛戦力となる事を了承した。




