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第64話 撃退


 女性や子供、老人が教会へと向かい。逆に男たちは武器を手に移動を開始し始める。

 道の端に置かれていた移動式の柵を、道を塞ぐように設置し始める者も居る。


 ライムはそんな人々を横目に、全力に近い速度で駆ける。武器をもって戦線へと向かう男たちを追い抜いて、やがて、防衛線が見て取れる場所までやって来た。


 道の先の防衛線となる土塁ではすで戦いが始まっていた。

 土塁を乗り越えて侵入してきた複数匹のゴブリンと人々が接近戦を行っていた。


 ゴブリンは人間の子供のような大きさの人型の魔物だという。

 しかしライムが遠目で見たそれは、胴体に頭と手足がついて二足歩行をしている、という点以外、人とは似ても似つかなかった。

 耳が大きく、口は裂けて、尖った大きな乱杭歯がのぞく。目は二つあるが、昆虫の複眼のようにも見える。


 そんな人に似ているが、決定的に人に似ていない存在が複数。四本指の大きな手に掴んだ棍棒を、撃退しようとする村人へと振っている。


 村人たちも武器を手にして戦っているが、数名は殴り飛ばされてゴブリンと同数になった戦いは、形勢不利に傾いているようだ。


 今のライムが居る場所から距離がある。ライムの足でもたどり着くまでには、不利な状況から敗北へと大勢が決まってしまいそうだ。


 ライムは今すぐ戦闘に介入することに決める。

 走りながら魔力をかき集め魔法陣を構築する。使用する魔法は『風の矢(ウィンドアロー)』だ。


 真っ直ぐ伸ばした手の先からガラスの様に透明な矢が三本、次々と放たれる。

 一本は転んだ村人に、棍棒を振り下ろそうとしているゴブリンに命中し、残りの二本もそれぞれ、別のゴブリンに命中した。順に頭、胴体、頭にガラスの様な矢を生やし、倒れる。


 突然、仲間が矢で射たれ、数が減った事にゴブリン逹に動揺が走る。矢が放たれた方向へと注意がいき、目の前の今戦っている相手から注意をそらしてしまう。


 その隙をついて村人達が逆襲を始める。

 村人たちの武器は、槍や斧といったちゃんとした武器を持っている者もいるが、大半は鍬や鎌などの農具を武器代わりにしている。しかし、農具と言ってもその攻撃力は高い。

 手にした鍬や鎌の刃が直撃すれば、ゴブリンの命は容易く奪われていく。


 そんな村人の活躍の間、ライムも走り寄りながら『風の矢(ウィンドアロー)』を放ち続けてゴブリンを減らしていく。

 魔法陣を維持し続けていれば、新たに魔力を流し込むだけで連射も可能だ。


 ライムが戦いの場にたどり着く頃には、ほとんどのゴブリンが討ち取られていた。

 その場にいた最後ゴブリンが村人の槍によって討ち取られると同時にライムがたどり着く。

 ライムが『風の矢(ウィンドアロー)』で打ちとったゴブリンの数は八匹だ。


「助かった! 援護が無かったらやられていた」


 村人はライムに感謝の声をかける。


「どういたしまして。状況はどうなっているんですか?」


 ライムは聞きながら、周囲の状況を視線でも確認する。


 数人の怪我人が出ているようだが、人の死人はいないようだ。


 死んだのはゴブリンだけだったようだ。しかしゴブリンの死体は地面に転がってはいない。

 転がっているのは血のように赤い魔石と持っていた武器と粗末な衣服代わりの毛皮だ。魔物の一種であるゴブリンは死体は残さず、体内に存在している小さな魔石のみを残して、肉体を霧散させてしまう。


 土塁の内側に侵入してきたゴブリンは一匹残らず倒されたようだ。


 しかし、土塁が破壊されたような形跡は見た限りない。どうして、内側に入ってきているのか疑問に思う。それにはその場にいた村人の一人が答えた。


「見張りの隙をつかれたんだ。ゴブリンの集団が見えて、そっちに気を取られてる隙に、別の方角から家の陰に隠れてゴブリンの小隊が土塁をよじ登られた」


 彼の指差す方向。土塁の先に広がる休耕地には確かにゴブリンの集団が見える。その数はゆうに百は超える。ただし、こちらに進軍してきていないのか、近づいてくる様子はない。


 侵入してきた経路は所々に存在している家の陰からだという。見張りが少なく、家を潰して視界を確保できない以上、ある程度の死角が生まれる事は承知していることだが、しょっぱなから、そこを突かれるとは思ってはいなかった。


「侵入してきたゴブリンはもう全部倒したの?」

「ああ、見かけた分はこれで最後だ。侵入してきた場所に人をやってるから、もうそこからは入ってはこないだろ」


 侵入してきた様子を最初から確認できていない以上仕方ないだろう。今は、新たに侵入されて無いことでよしとする。


 ゴブリンの集団に動きは無い。別働隊が警戒の薄い場所からの侵入を手助けする、陽動部隊なのかもしれない。


 ゴブリンの集団が居るのは弓矢の射程の外だが、魔法攻撃ならなんとか届く位置だと思う。


 他の場所を警戒するか、此処からすぐさま攻撃をするか、ライムは悩んだ。


 ライムがすさまじい速さで走ってこの場に来てしまったので、戦える者たちの大半がまだこの場所に到着していない。今ここにいるのは始めからこの場で警戒をしていた者が大半だ。


 今すぐにあのゴブリンの集団に攻撃を仕掛けては、こちらの迎撃態勢が整う前に、ゴブリンが攻勢を始めてしまうかもしれない。


 かと言って、放置していればゴブリンの数は減らない。


 今、選ぶべき事は、集団の動きがない限りは迎撃態勢が整うまで待つべきだと決める。


 ライムは土塁の直ぐ側に立ち、休耕地の先に居るゴブリンの集団の動きを見逃すまいと観察を行う。


 と、ライムに声がかけられた。


「あー、スマンが、魔法で怪我人の治療とかできないかい?」


 おずおずといった様子で声をかけられ、ライムは応急手当を受けている怪我人に視線を向ける。

 大きな怪我は無いようだが、苦痛にあえいでいる。戦いに支障をきたしそうだ。


 ライムは申し訳なく思いながら首をふる。


「残念だけど……。私に人の怪我を治すような魔法は使えないんだ」

「ああ……、そうか。スマンな」


 声をかけてきた事自体を詫びられて、ライムは気にしないでいいと無言で首を振る。


 動きのないゴブリンの集団を観察していると、やがて武器を持った男たちが集まってくる。ゴブリンの集団を見かけて驚くが、怯む様子もない。彼らには戦意に溢れている。


 また、これ以上は戦えそうもない怪我人も後方へと移送されていく。


 すると騎士ルパートもやって来た。彼は戦いに参加していた兵士から状況の報告を受けて、指示を行う。


 指示が一段落すると彼は、一番前で土塁を睨みつけていたライムの隣に立った。


 ライムは彼がグレンと共に来なかった事に疑問に思う。彼は師匠と共に、防衛線の最終確認を行っていたはずだ。


「ルパートさん? 師匠はどうしたんですか?」

「グレン師には、別方面に現れたゴブリン集団に対する攻撃要員として、そちらの方に待機してもらっている」

「ここだけじゃないんですか?!」


 ライムの驚愕の声に騎士は重々しく頷く。


「ああ、同規模の集団が姿を現した。もっともこちらと同様に、ただの陽動だったようだが」


 そちらの方に人が居るのか気になった。ここに集まってきた人たちは襲撃の鐘の音に引かれてやって来た者が多い。ここにばかり集まり、そちらが手薄になっているのでなないか。

 その疑問を察してルパートは言う。


「そちらの方にも人を回すように指示は済ませた。

 それより。ライムと言ったな? キミは魔法使いとして使えるのか?」


 彼はライムが魔法使いであることは、土塁作りの際にしっかりと理解しているはずだ。

 今聞く事は、戦いにおいて魔法使いとして使えるのか、という問いかけだ。


「問題ありませんよ。ここに侵入してきたゴブリンの内、数匹は私が魔法で倒しましたから。

 それに、あそこの集団にもやろうと思えば攻撃を仕掛けられます。下手にちょっかいを出すと、ゴブリンたちがどう動くか分からないから、今まで手出しはしてませんが」


「あそこまでは弓矢も届かない位置だぞ? 『火の大玉(ファイヤーボール)』は弓矢と同じくらいの射程距離だろう?」

「『火の大玉(ファイヤーボール)』じゃありません。それの風版で射程距離が少し長い『風の大玉(ウィンドボール)』です。もっとも威力は低いんですが」

「そんな魔法があるとは初めて聞くぞ……」


 ルパートの魔法に対する知識は、軍に納品された武器として使う発動器からのものが大半だ。そして、軍の使う発動器に『火の大玉(ファイヤーボール)』のものはあっても、『風の大玉(ウィンドボール)』はない。


 威力が低くとも射程が弓矢より長いのなら、使い道があると思うのだが。何故、その発動器を軍は購入しないのだと憤りを覚える。

 しかし、今は軍の備品に思い煩っている場合でない。ルパートは首を振ってその考えを頭から追い出すと、ライムに聞く。


「その『風の大玉(ウィンドボール)』は、どれぐらいの時間で何発ぐらい撃てる?」

「『大玉(ボール)』系は使い慣れてないんで、五秒で一発打てれば良い方でしょう。

 撃てる数は、集中が切れるまでは延々と撃てます」


「その集中が切れるまでの時間は?」

「三十分くらい延々同じ魔法を使い続けると、流石に集中力が切れます」


 ライムの言葉に、ルパートは表には出さずに舌を巻く。五秒に一度、三十分間延々と攻撃魔法を放てるということだ。

 『火の大玉(ファイヤーボール)』に比べると、威力が落ちるものだとしても『火の大玉(ファイヤーボール)』は一つの家屋くらい一発で吹き飛ばせる威力がある。

 『火の大玉(ファイヤーボール)』の発動器に習熟した軍の兵士でも、十秒に一発撃てるかどうかだ。そして三発も撃ったら消耗がひどくて使い物にならなくなる。


 こんな子供でも魔法使いは魔法使いであると改めて思う。しかし、いまの襲撃を受けている中でこれほど頼もしい者もいない。


「わかった。それじゃあ、ゴブリンの集団へ向けて徹底的に撃ちこんでくれ。奴らが村へと襲い掛かってくる前に、一匹でも多く数を減らしておきたい」

「奴らがどう動くか分かりませんよ?」


「まとまってこちらに攻勢を仕掛けてくるかも知れない、というのだろう?


 それでも放置し続ければ、同じ事になる。散り散りになって逃げてくれたほうがありがたい」


 その後は、散発的に襲い掛かってくるようになるだろうが、それでも部隊が到着するまでの時間稼ぎになる。


 ルパートは振り返り、その場に集まっている人々に告げる。


「これより、敵! ゴブリン集団に対して、魔法使いによる攻撃を行う!

 敵集団がまとまって進軍してくることも十分に考えられる。


 迎撃態勢を速やかに取れ! 弓矢を持つものは構えろ! それ以外の者は投石準備だ!


 合図と共に迫ってくるゴブリン集団に一斉に放つのだ!


 そして土塁まで這い上がって来き奴には、登り切る前に掘りに叩き落とせ!」


「お、おう!」


 ルパートの声に人々が土塁の後ろで弓矢や、投石の為に石を掴む。それらを確認した後、騎士はライムへ視線を向ける。


 ライムは一つ頷いた後に、土塁の上に飛び乗る。少女の体重で壊れるような脆い作りではないし、追加で強化もされている。


「魔法攻撃! 行きます!」


 宣言した後、ライムは魔力を集め魔法陣を構築する。

 使用する魔法は『風の大玉(ウィンドボール)』だ。『火の大玉(ファイヤーボール)』に比べたら攻撃力は落ちるが、今の標的となっている、バカにしたようにたむろしているだけのゴブリン集団ならば、一撃で十匹は巻き込める。


 端から順に掃射するように撃って行くか、それとも一番ゴブリンが密集している中央から撃って、左右に振るかをライムは一瞬考える。


 今回はゴブリンの数を減らすのが目的だ。

 そもそもライムの『風の大玉(ウィンドボール)』連射は連射と言えるほど次弾の発射速度は早くない。

 ならば最初に密集した中央に撃ち込んだ後に、左右へと次を撃ち込んだ方が多くのゴブリンを巻き込めるだろう。


 構築した魔法陣に、かき集めた残りの魔力をすべて注ぎ込む。この魔法が連射が利かせにくいのは、一発を撃つ為に大量の魔力を必要とするからだ。次を撃つには、再び魔力の収集が必要になる。


「『風の大玉(ウィンドボール)』っ!」


 ライムの言葉と共に透明な球体が高速で放たれる。その色と速度により、視認できた者の方が少ないだろう。

 標的となったゴブリンもそれは同じで、何の警戒もなしに集団の中心に着弾した。


 ドガァァァンッ!!


 炎を上げることのない爆発は、着弾点を中心にゴブリンを木の葉のように吹っ飛ばす。


 ゴブリン集団に動揺が走る。ゴブリンたちは何が起こったのか分からないと、爆発地点に視線が集中した。が、その時に第二弾が着弾する。


 再び炎のない爆発がゴブリンを吹き飛ばした。


 その瞬間、雪崩を打って逃げ出す。


 二つの爆発があった近くでは散り散りになってに逃げ、そこから離れた場所ではある程度、集まりとしてまとまって逃げ出す。


 ライムはそんな状況を見逃す気などない。ゴブリンの数を減らすため、集団へと優先して『風の大玉(ウィンドボール)』を放つ。


 まとまっているゴブリンたちは吹っ飛び、散り散りになり、それでも残る小集団に『風の大玉(ウィンドボール)』を撃ち放す。


 六発を撃つ頃には集団としてまとまりになっているゴブリン達はいなくなった。


 七発目は、散り散りに逃げるゴブリンへと放たれた。それまで一発で八匹はふっ飛ばした『風の大玉(ウィンドボール)』は、その時は三匹を吹っ飛ばすにとどまった。


 八発目を撃つ頃には、健在であるゴブリンはすべて『風の大玉(ウィンドボール)』の射程外まで逃げ散ってしまった。

 射程内に居るゴブリンはすべて、吹き飛ばされて地面に転がり、逃げる事のできなくなったゴブリンだ。


「ルパートさん? 射程内に居るゴブリン。トドメさしておきますか? 『風の大玉(ウィンドボール)』の攻撃力は低いんで、今の攻撃で転がってるヤツはしばらくしたら復帰してきますよ?」


 そこが『風の大玉(ウィンドボール)』が『火の大玉(ファイヤーボール)』と違う点だ。後者は爆発と同時に炎で敵を舐める。吹っ飛ばせれば、同時に重度のヤケドを負う事になるので、爆発で生き延びても後で死ぬ者が多い。


 ルパートは呆然とゴブリンたちが吹っ飛ぶ光景を見ていたが、ライムに尋ねられ、慌ててうなずいた。


「あ、ああ。そうだな。トドメを頼めるか? と言うか、此処からトドメを刺せるのか?」

「ええ、『風の矢(ウィンドアロー)』を使います。そっちは慣れてるんで、連射速度も早いです」


 答えてライムは『風の矢(ウィンドアロー)』で倒れているゴブリンのトドメを行う。『風の矢(ウィンドアロー)』と『風の大玉(ウィンドボール)』は射程距離はほぼ同じだ。

 優先してトドメを刺すのは、起き上がって逃げ出そうとするゴブリンだ。気絶でもしているのか、倒れたまま動かないゴブリンは後回しだ。


 幸いにもゴブリンは死ねば魔物であり、死ねば死体を残さないので、死体にムダな追撃をしないで済む。


 ライムの目にはゴブリンが死亡するたびに体が魔力として霧散すると共に、魂が天に上っていく様子も見て取れた。


 魔物にも魂が有るのだな。


 とライムは思う。こちらを殺すために集団となって襲いかかってきている存在だ。殺すことにためらいは無い。


 けれど、魂が有る存在を大量にトドメを刺して行く作業は少々――いや、かなり気が滅入る。


 それが、背後の人々の目に晒された中で行うとなれば尚の事だ。トドメは他の誰かに任せたいと思う。


 けれど、距離がある中で攻撃手段を持ち合わせているのもライムだけだ。


 人々は、ゴブリンたちが吹っ飛ばされて居る頃は、驚愕と同時に、頼もしい者を見る尊敬の視線があった。


 けれど、ゴブリンが連続して吹っ飛ばされて行くと、徐々に僅かな恐怖の色が混じっていった。

 そして、トドメを刺していく作業を行っている今になると、尊敬よりも畏怖の視線が強くなっている。


 スライムの体を持っているライムにとって、視界は全周にわたって存在している。そのせいで、人々の目に宿る感情の変化を見るはめになってしまった。


 その事を気にしない用に只々、無心で『風の矢(ウィンドアロー)』を放って、ゴブリン達のトドメを刺していく。


 やがて、射程内のゴブリンはすべてトドメを刺し終わる。吹っ飛ばされて動かなくなったゴブリンの中には、トドメを刺す前に死に、魔力として体を霧散させたのも多かった。なので、思ったよりライムが直接トドメを刺した数は少なくて済んだ。

 射程外の死ぬことの無かったゴブリンは這いずるようにして逃げられたが、これは仕方ない事だ。


 ライムはため息を漏らし、土塁から降りる。その時に人々から一歩引かれたのは、勘弁願いたかった。

 その事は極力意識の外側に追いやってルパートに聞く。


「ルパートさん? この場のゴブリンたちは逃げ散りましたけど、どうします? 師匠の所へ行ってもいいですか?」

「あ、ああ。そうだな……」


 戸惑った様子を見せながらも、ルパートは思案する。彼も隠している様子だったが、周囲の人々と変わらぬ様子だった。

 ただし、その感情を隠そうし、通常と変わらぬ様子で対応しようとしている所は好感が持てる。


 彼はしばし思案し、首を振った。


「いや。グレン師がいる所に合流してもらうより、他の場所に行ってもらいたい。グレン師がいる西側方面より、反対に行って、そちらが襲われた時の対応をお願いしたい」


 確かにルパートの言うとおり、そちらの方が村全体の安全度は高まるだろう。

 師匠に愚痴を聞いてもらいたかったがそういう事なら仕方ない。


「わかりました」


 頷き、ライムは師匠のいない東側方向へと歩き出そうと踵を返す。

 その瞬間、進行方向にいる人々が、ザッと道を開けた事に、ライムの神経を削る。


 勘弁して欲しいと心の中で願いながら、表面上、なにも無かったかのように歩き出す。


 ――と、その時。再び襲撃を知らせる鐘の音が響いた。


 西側と東側、両方からだ。僅かに東側が早かったが、ほぼ同時刻。鐘の音色が僅かに異なっていなければ、何処で鳴ったか混乱してしまっただろう。


 しかし、二箇所で同時に襲撃を知らせる鐘が鳴った事は、この場にいる人々の混乱を呼び起こすことには十分だった。


 それを鎮めたのはルパートだ。


「部隊を三つに分ける! まず半分はここに残り襲撃の警戒を続けろ! 残り半分をさらに二つに分けて、西と東それぞれに救援に迎え! 班ごとで行動することを忘れるなよ!」


 指示を与えられ、人々は混乱に右往左往することなく、速やかに行動を開始し始める。


 ライムはどうするかと一瞬悩んだが、今回は迷う必要もないと気がつく。

 西側には師匠がいるのだ。そちらの方は師匠に任せ、自分は東側の防衛を行うべきだ。


「ルパートさん! 私は東側に防衛に先行します!」

「あ、おい!」


 告げてから、ライムは走りだす。ルパートは一度声をかけるが無視した。この場でこれ以上の最良の指示が出されるとは思えなかったからだ。

 問題となるのは、彼の指揮権をないがしろにしているところだろうか。しかし、明確な指揮下に有るわけでもないから問題ないと、自分に言い聞かす。


 ライムは東側へと向かい走り出したが、一つ問題があった。多くの人々が防衛のために土塁の内側に居るため、走るための障害物になってしまっている。


 彼らを蹴散らしていくわけにはいかない。どうしようと焦り、ふと、すぐ近くにもっと走りやすい場所が有ることに気がつく。


 ライムは土塁を飛び越えて、防衛線の外側を走りだした。人も居らず全力で走ることになんの問題もない。

 ライムの足の速さに、目撃した人々はあっけにとられるが気にしてなどいられない。


 やがて、ゴブリンの大集団が築かれた土塁へ向けて進行しているのが見えた。

 幸いな事に土塁にとりつかれる寸前の事だ。土塁の内側から放たれる矢と石の雨に怯むこと無く、ゴブリンたちは粗末な盾を掲げて進行する。


 どこからこれだけの量のゴブリンが湧いて出たと、ライムは驚愕する。

 村の東側で襲い掛かってくるゴブリンの集団は、先ほど『風の大玉(ウィンドボール)』で散らした南側の集団とは明らかな別集団であり、明らかに数も多い。


 この集団に加えて西側にも同様の集団が居ることになる。カイロス村は大丈夫かと不安に思うが今は動くべき時だ。


 行進するゴブリン集団の勢いを殺さねば、防衛線が突破されるのも目に見えている。


 ライムは魔力を収集すると、魔法陣を構築する。使用する魔法は『火の大玉(ファイヤーボール)』。

 幸い射程距離にはなんの問題もない。


「『火の大玉(ファイヤーボール)』ッ!!」


 ゴブリン集団の中心へ向けて、炎の玉が飛び込む。

 飛来する炎に驚愕して、逃げ出そうするゴブリンもわずかながらに存在して、集団としての動きが鈍る。しかしその動きは、次の瞬間に炎の玉が引き起こしたものに比べたら微々たるものだった。


 炎の玉がゴブリン集団の中心に着弾すると同時に、爆発がゴブリンたちを吹き飛ばし、同時に爆炎が広がる。


 軍団としてのゴブリン集団の動きは、そこで完全に一時停止する。


 矢や石の雨の中だろうが、あらかじめ分かっていて、覚悟を決めれば士気を保ったまま突入できる。

 しかし、横合いから不意打ちで撃ち込まれた『火の大玉(ファイヤーボール)』に対して、士気を保つことは不可能だった。


 完全にゴブリン集団の足は止まり、炎の玉が飛来してきた方向へと注目が集まる。


 視線を向けてくるのはゴブリンだけじゃなくて、土塁の内側にいる攻撃を続けねばならない村人たちも同様だった。


 あなた達が動きを止めてどうする!


 内心、怒鳴りながらライムは二発目の『火の大玉(ファイヤーボール)』を放つ。


 迫る炎の玉を見たゴブリン集団は一気に瓦解した。


 我先にと逃げ出し、転んでしまい仲間を踏み潰されるゴブリンも相当数存在した。

 『火の大玉(ファイヤーボール)』の直撃を受けて死んだゴブリンもりも、仲間に踏みつけられて死んだゴブリンの方が多かった程だ。


 敵集団に与える、恐怖に関しては『風の大玉(ウィンドボール)』よりも『火の大玉(ファイヤーボール)』方が圧倒的に強い。


 前者では何が起きたのか、敵集団が理解するのに時間がかかる。そのため、軍勢の士気をくじくには向いていない。

 後者では射程が長い為、確実に攻撃できる回数は増えるが、攻撃力が低いためにこういう時には――そう、戦争時には『火の大玉(ファイヤーボール)』の方が遥かに優秀だ。


 ライムは散り散りになって逃げていくゴブリン集団に、追撃の『火の大玉(ファイヤーボール)』を放つ。


 減らせる機会に数を減らさねば、村を守り切れない。そういう薄ら寒い確信が、ゴブリンの数を実際に見たライムの心の中に生まれてしまった為だ。

 また畏怖の視線に晒されることになろうとも、奴らに攻撃の手を緩めてはならない。


 ゴブリンが逃げる分だけ距離を詰めて、撃てるだけ『火の大玉(ファイヤーボール)』を撃ち込む。


 深追いはしない。防衛線とゴブリン集団の間に入るように位置取る。追撃をする以前に、散り散りに逃げるゴブリン相手に、効率的な追撃など不可能だ。


 結局、半分以上を取り逃す。けれど大戦果だろう。


 南側での待機している場所へ『風の大玉(ウィンドボール)』を打ち込んだ時よりも、はるかに多くのゴブリンを殺した事になる。


 魔物は死体を残さないが、持っていた木の棍棒と、身にまとっていた毛皮や樹の皮でできた粗末な服は別だ。畑の刈り残る藁がそれらと一緒に燃えて、周囲に焼け焦げた臭いを撒き散らしている。

 燃えるものは少ないので放っておいても延焼することはないだろう。


 燃えているものから出る煙と共に、大量の魂が天へと上っていく。


 ライムは土塁の外側から、内側へと視線を向ける。この時、ライムはまた人々から畏怖の視線を向けられるのかと、やるせない気持ちでいた。


 だが、その予想は良い意味で裏切れた。


「よくやってくれた! お嬢ちゃん!」


 その言葉にキョトンとライムは間抜けな顔を見せた。声をかけてきたのは木こりのジェイクだ。いや、彼だけだろうと、ライムは周囲の他の者にも目を向ける。


「いや助かった!」

「よくやってくれた!」

「ザマァ見ろゴブリンども! 見たか? アイツらの間抜けな逃げっぷり!」


 何故か大絶賛だ。

 先ほどの『風の大玉(ウィンドボール)』でゴブリン集団を蹴散らしたのと大して変わらぬのに、何故か好意的な視線と言葉を向けられている。


 そこでライムはその理由に気がつく。

 前の時は、一度ゴブリンの小集団に侵入されて戦いになり、怪我人すら出た。しかし、その後のゴブリン集団のへ魔法を撃ち込んだ時は、戦いの最中ではなかった。

 今回は土塁に張り付かれる寸前のことであり、土塁の内側にいた人々は必死になって弓を引き、石を投げつけていた。違いは、人々が必死になって戦っている時に、攻撃を行ったか否かだ。


 前回のような、危険がない状態で一方的に攻撃した方が、被害が出る可能性が低く、良い事だ。

 しかし危険性が高い状態でないと、畏怖の視線に晒されてしまう。痛し痒しだ。


 ライムは称賛と感謝の声をかけられて、思わず照れてしまう。


「あ、う……。ど、どういたしまして……」


 ライムのそんな様子がおかしいと感じたのか、人々がどっと笑った。笑われてしまった本人も釣られて笑顔がこぼれた。



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