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第63話 襲撃の始まり


 防衛線を作り始めて三日後。当初は派遣部隊がカイロス村に到着しても完成しないのではないかとも思われた。

 しかし、魔法使い三名の活躍により、三日目の午前中には大部分が完成した。


 防衛線の外側に位置する家の住人も、最初は家を離れるのを嫌がった。同じ村の中なのだから少し移動しても変わらないだろう。というのが言い分だった。

 しかし、急速に作り上げられていく防衛線を見て、不安にかられて家を離れることを決意した。


 また、防衛線ができた後に移動してもゴブリンに襲われた時に救出はできないと、騎士たちに脅かされ、しぶしぶ移動を決意した者もいた。


 今では防衛線の外側の住人にはすべて内側へと移動した。


 想像以上に早くに完成したので、今の防衛線の外側に新たな防衛線を築くかの検討も始めているらしい。


 ともかく、それらは、完成したばかりの防衛線の最終確認が済んだ後の話だ。


 最終確認にはグレンがルパートと共に行っている。そしてライムとアリティアは功労者として、何もなければ今日の午後はお休みとして好きにして良いと、自由時間を貰った。


 しかし、防衛線で囲まれており、外側にあるカイロスの木の広場や川原へ遊びに行くことはできない。

 防衛線の内側にしても、多くの人逹が不安そうにしているので遊ぶのははばかられる。


 かと言って屋内で過ごすにしても気分が滅入る。


 宿屋の一室が三人にあてがわれたが、元々は一人部屋だ。足らないベッドは、積んだ藁にシーツをかけて簡易ベッドを設けた。狭いし寝る事以外にできるような部屋でもない。


 他の部屋も、防衛線の外側から避難してきた村人逹が同じように寝泊まりしている。当然宿屋だけでは対応しきれない数なので、木こりギルドの宿舎の空き部屋も提供されているそうだ。

 避難してきたほとんどの人は、内側の友人関係の家に居候させてもらっているという。


 広い教会の礼拝堂も宿泊所として使われているが、教会に宿泊している者の数は少ない。


 できる限り教会ではなく、別な場所で寝泊まりするように通達が合ったからだ。なぜならここは最後の砦だ。宿泊場所となれば多くの簡易ベッドとして燃えやすい藁を敷き詰めることになる。そんな状況になるのを嫌って、騎士たちが通達を出した。


 防衛線の内側の教会に通じる道には、木の柵がたくさん設置されている。防衛線が突破された時に、ゴブリンの移動を妨害し、教会まで到達できなくするためだ。


 ただし、中央の通りは通行量が多いので、移動式の柵で今は脇に置かれている。


 なので、今の村は防衛線の内側と言っても、自由に動き回れる場所でもない。


 自由時間となったライムとアリティアにとっても、防衛線の内側を意味もなく歩き回る事はためらわれた。


 なにより、あまり人目のある場所には行きたくない。

 防衛線の構築という、魔法使いとして実力が有ることを見せつけてしまった為に、村人たちの視線が微笑ましい子供を見るそれではなくなってしまったからだ。

 敬遠したいが、今のような緊急時には、頼りにするべき存在として見られている。


 ライムはその状況の変化に不満を抱いていたが、アリティアは仕方のないことだと諦めているようだった。


 そんな状況で二人がやって来たのは、『ウォーレンの雑貨屋』だった。


 雑貨屋は普段と変わらぬ様子で開店し、普段と変わらぬ様子でミリィが気だるい様子で店番をしていた。


「こんな状況でも開店するんだね」


 呆れとも感心ともつかない様子でライムがつぶやくと、ミリィは呆れた視線を向けてきた。


「こんな状況だから開店するんだよ。親父曰く、厳しい状況にあるからこそ人々は物を買い求める。んだそうだ。

 そういうお前らだって買い物に来てるじゃないか。お前らは防衛線を作るのに駆りだされていたんじゃないのか?」


「防衛線の方はできたよ。だからわたしはお休みを貰ったの」

「へぇ。もうできたのか。なら少しは安心できるな」


 アリティアの言葉にミリィは感心した後、安堵のため息をもらす。普段と変わらぬ様子だが、やはり不安に思っているようだ。


 ライムは何気なく店の中を見回し、変化があったことに気がつく。


「あれ? 武器の類が無くなってる?」


「何だライム? 武器を買いに来たのか?」


 ミリィは呆れた様子だ。


「残念ながら、武器の類は全部売り切れだ。ゴブリンの襲撃が有るかもしれないって話が広まった時点で、買いに来た人が多かったからな。

 それに武器代わりになりそうな物はほとんどが売れ切れた。

 そればかりじゃなくて、束であった矢の在庫も全部村に提供したからな。


 おかげさまで、今のウチの店には武器になりそうな物は小さなナイフくらいしかない。それで良ければ安く売るが?」


 勧められるがライムは首を振って断る。


「ナイフは持ってるからいりません。ここにはお菓子を買いに来たのと、休憩しに来ただけです」

「ウチは雑貨屋で、休憩をするような店じゃないんだが?」


 そう言い返しつつミリィはしっかりと注文を受け付けて、渡したお菓子用の袋にお菓子をつめていく。


「今の村じゃ、落ち着ける様な場所なんて無いからここに来ただけど。思ったよりお客さんが来てるの?」

「ああ。今日は少ないが、それでもいつもよりは多いな。細々とした物を家に置いたまま持って来れないから、ここで買ってく客が多い。

 ああ、そういえばお前らも避難組だったな。今は何処で寝泊まりしているんだい?」


「今は宿屋の一部屋で三人で雑魚寝だね。ミリィさんの所も避難してきた人を誰か受け入れたの?」

「ああ、親父の友人一家だ。もうちょい防衛線が広けりゃ、避難する必要は無かったって言ってたけどな」


 ミリィの言葉に二人は困った様な顔をする。


「今の防衛線が早くできたから、新しく外側に広げられないかって検討するらしいけど……」

「お。じゃあ、なんとかなるのかい?」


 アリティアの言葉にミリィは期待する。だがライムが代わりに否定する。


「友人の家族が家に戻れるかは別な話ですよ?

 防衛線を広げて、その内側に入った家に人を戻せば、その分守らなければならない範囲が広がるって事ですから。

 今の広さでも防衛人員が足りていないのに、さらに範囲を広げるのは難しいって話です。


 防衛線の土塁を作ること自体は私たちでなんとかできるでしょうけど。防衛線が広がったとしても、家に戻れないと思いますよ?」


「そうか、やっぱり状況は厳しいのか……」


 厳しい顔でミリィはつぶやく。ライムとアリティアは代金を支払い、お菓子の入った袋を受け取る。


 防衛人員が足らないというのは、昼夜問わずゴブリンの襲撃を警戒する見張り役の数が足らないという話だ。

 徴税官の護衛としてやって来た兵士と村の有志がいくつかの班を作り、交代で警戒を行っている。しかし昼はともかく、夜の見張り役として訓練を受けてない村人だけには任せられない。

 結果として夜の警戒には、班に一人は兵士が必要となる。今の広さでギリギリの人数だ。これ以上の広さを守る事になれば確実に、警戒に穴が開いてしまう。


 襲撃があった場合には、騎士や兵士逹だけでななく、村の動ける男たち全員が武器を手に迎撃することになっている。

 しかし見張りが機能しなければ、迎撃態勢をとることもできない。



 ――とそこに、遠くから激しく打ち鳴らされる鐘の音が響いてきた。


「え……?」


 その戸惑いの声を誰が出したのか、全員が開きっぱなしの扉の外へと視線を向けた。


「ゴブリンが来たのか……?」


 今もなお、打ち鳴らされ続けている鐘の音は、ゴブリンの襲撃を知らせる鐘の音だ。


 いち早く気を取り戻したライムは、二人の顔を見やる。アリティアとミリィ、二人とも呆然と外へ視線を向けるだけで動く様子がない。


「ミリィさん!」

「お。おう……」


 ライムが強い口調で呼びかけるが、まだ状況を飲み込めていない様子だった。


「ミリィさんは今すぐお店を閉じて!」

「え? けどまだ開店時間――」

「これはっ、ゴブリンの襲撃を知らせる鐘の音です! 今すぐ教会に避難してください!」

「わ、わかった!」


 強くライムが言うと、ミリィははっとした様子で我に返り、鍵を手に慌てて扉へと向かう。店の中は他に誰もいない。

 ミリィと同様に気を取り戻したアリティアと共に、彼女について店の外へ出る。

 ミリィは扉を閉めると鍵をかけ、開店を示す看板を閉店へと裏返す。


 その様子を横目で見て、ライムはアリティアに言う。


「アリティアはミリィさんと一緒に教会の方に避難するんだ」

「う、うん。わかった」

「ミリィさん。アリティアのこと頼めますか?」

「それはいいが、ライムは一緒に避難しないのかよ?」


 調子を戻した彼女が聞いてくる。


「私は防衛線の方に向かいます」

「え? おい。戦う気か?」

「ええ。自分で言うのも何ですが、見習いとは言え魔法使いである以上、私はそれなりの戦力だと思いますから」


「それじゃあ、わたしも……一緒に戦う」

「ダメだ」


 アリティアの言葉を一言で否定する。


「アリティアは戦えない。戦いっていうのは魔法が使えるって事じゃないんだ。アリティアはイノシシとかオオカミとか、大きな生き物を殺した事ないだろう?」

「それは、無いけど……!」

「殺すことには結構覚悟が必要なんだ。動揺して、魔法が失敗したら死ぬのはアリティアなんだぞ? 教会の方に行って、みんなを守っていてくれ。


 アリティアが安全な所に居れば私は安心して戦えるから。

 な? 頼むよ」

「う、うん……」


 懇願するライムに、アリティアは頷くしかない。

 ライムはホッと安堵の息をついて、ミリィに視線を向けて改めて依頼する。


「ミリィさん。アリティアを頼みます」

「あ、ああ。ライムも、無茶はするなよ」


 彼女の言葉に送られて、ライムは鐘の音が鳴り続けている方向――南の防衛線へ向かって走りだす。そして、ミリィがアリティアの手を引いて、反対方向にある教会へと走りだした。



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