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第06話 日々

 草むらの陰にいた兎は草を食んでいた。


 わずかな物音にも反応し、視線をめぐらせる。防御手段を持たない小動物にとって、警戒し、危険から遠ざかることが最も重要な生存手段となる。だが、唐突に飛んで来た石に反応する事はできなかった。


 飛んで来た石は兎の頭を吹き飛ばす。その衝撃で兎の体も吹っ飛んだ。


「よし、当った」


 その事を確認し、自分は木の陰から出る。距離は八メートルほどか、この距離からならば投石を外す事はなくなっていた。


 絶命した兎を取り込み喰らう。強い快感が全身を巡る。




 投石の練習をはじめてから四日。投石の腕前はめきめきと上がり、石を手にしてから一瞬で標的に当てることができる腕前になっていた。


 それに従い、狩りの成果も安定してきている。


 これまで投石で仕留めた獲物は今の兎を除いて、兎が三羽、鳥が一羽、猪が一頭に大虫が一匹だ。


 その中で一番驚いたのは大虫を仕留めた時の事だ。

 大虫の見た目はカナブンだ。ただし大きさは一メートルほど。外殻が硬いことを見越して、大きめの石を思いっきり頭にぶつけたら、一発で仕留めてしまった。数発打ち込むつもりだったので拍子抜けしたものだ。

 けれど、驚いたのはあっさりと仕留めた事では無い。

 仕留めた以上、大虫を食べようとした。元からそうだったのか、それともスライムになった影響なのかはわからないが、虫を食べることに拒否感は無かった。


 しかし、大虫の死体は一瞬にして霧のように解けて消えてしまった。残ったのは小さな赤い色をした小石だけだった。驚きの中で、せっかく仕留めたのにと残念な気分でその石だけを食べる事になった。

 普通の石とは違うようだったが、食べた感想としては普通の石と変わらなかった。


 一番地球の生き物と違ったのがその大虫だったが、他の生き物も地球の生き物と微妙に違った。

 兎には長い尻尾が付いていたり、鳥にはくちばしに一対の牙が生えていたり、猪には青色の模様が付いていたりした。


 それらの生き物は普通に死体が残ったので、ちゃんと食べる事ができた。その時に手に入れた知識はとても有用なものだった。

 中でも有用だったのが鳥の知識だ。どうやら渡り鳥らしく、この森から遠く離れた場所の知識が存在した。


 北と西の山脈の間を抜けると海があり、その先の大陸の湖の傍で夏を過ごす。そして冬には南の山の先に存在する田園地帯で過ごす。今の季節は初夏で、南から北に移動の途中だった。この森はその通過地点だったようだ。


 重要なのは地形の話ではなく、田園地帯が存在する事。つまり、人が存在している事だ。


 鳥の知識から人間の姿も確認できた。基本的に白い肌をした白人のようだが、髪の色はバラエティに富んでいた。金や赤、黒といった髪だけじゃなく、地球では実際には存在しないだろう、銀や紫、ピンクといった髪の色もあった。


 幾つかの言葉を鳥が聞いたようだが、自分には分からない。どうやら日本語を喋っていたり、日本語に自動翻訳されていたりするなどの、ご都合主義が適用される事は無いようだ。


 また、空から見た限りではこの森の近くにも集落はあるようだ。此処から南西方向に、一時間ほど歩けばたどり着けそうなほど近い距離にある。

 異世界の人間の生活がどのようなものが興味はある。しかし、スライムの自分が人間の集落に行ったところで追い立てられる事は目に見えている。

 そんな危険地帯に近付く気は今のところはない。その内、こっそりと見に行く事は有るかもしれないが。


 この四日間でいくつかのスキルを手に入れた。

 

 ・隠密行動  使用中、他者から発見され難くなる。

 ・速射    飛び道具の発射後、次弾の発射までの間隔が短くなる。

 ・擬態(兎) テールラビット(雄雌)の姿に擬態する事ができる。

 ・擬態(猪) ブルーボア(雌)の姿に擬態する事ができる。

 ・擬態(鳥) ファングバード(雄)の姿に擬態する事ができる。

 ・鳥目    使用中、遠くが良く見えるようになる代わりに、暗い場所では目が見えなくなる。

 ・方向感覚  方角を見失うことがなくなる。

 

 隠密行動は狩りの移動の際に手に入れた。

 速射は投石の練習中、どれだけ早く連射できるかを試していた時。

 擬態シリーズはそれぞれの獲物を食った時。

 鳥目と方向感覚は鳥を食った時だ。


 隠密行動と速射以外はあんまり使える物じゃないと思う。まあ、無いよりはマシなのだろうけど。

 鳥目のスキルは光りの量に依存しているらしく、スライムの視界とはまた別物のようだ。だから、暗い中で鳥目のスキルを使用したところで、スライムの自分としては視界が全く変わる事は無い。反対に明るい所で使うのなら、実に遠くの景色が良く見える事になる。

 喰らった獲物の知識を元に頭の中で地図を作って、その地図から外れずに行動している今、方向感覚は使い道がない。もっとも、後々使うかもしれないのでよしとする。




 全身を巡る快感が去った。


「ふう。さて、帰るか」


 満足できたので今日の狩りはこれでおしまいだ。

 食べる事自体はいくらでもできるがそれは暴食のスキルの効果によるものらしく、食べた時の快感がとても小さい。危険を冒してそのわずかな快感を得るよりも、石ころをスナック感覚で食っていたほうがマシだ。


 肉と石ころは別の勘定になっているらしく、石をいくら食べていたとしても、肉を食べる間隔が開いていれば、肉を食らうと強い快感を得られた。


 住処の近くまで帰ってくると別の生き物の気配を感じた。そっと様子を伺いながら戻ると、狼の群れが住処の前にたむろしていた。


 狼達はのんびりと寛いでいる。他にも沢山場所はあるだろうに何故ここで寛いでいるんだ。内心突っ込む。理由は分からないが、ここに居座られると困る。


 此方に気が付いている様子はない。これならば、奇襲をかければ比較的安全に狼を狩る事もできるかもしれない。

 

 狼の群れは潜在的な敵である事は間違いない。ここで数を減らしておいた方が後々安全になるかもしれない。


 けれど、この群れを殲滅したところで、別の群れがこの場所を縄張りにしたら意味が無い。


 この場所が危険であると認識させないとまたやってくるかもしれない。そうすれば、安全の度合いが高まるだろう。


 脅かすだけで追い払えるかもしれないが、少々痛い目になってもらおう。


 今回は追い払う事を優先して、ある程度の数を減らすことにきめた。


 狼なのだから木登りは恐らく不可能だろう。こちらが木の上から一方的に攻撃すれば、なす術なく逃げていくだろう。


 気を付けることは狼が魔法で遠距離攻撃を行ってくる可能性だ。もし魔法を使ってきてこの場から去る事が無かったとしたら、あの住処は諦めた方がいいだろう。


 持ち歩いている石の数は四つ。5匹以上居る狼の群れには少々足らない。拾い集める為にその場を離れる。この当りは石ころが多く転がっているので、集める事に心配はない。立ち去ってくれるとお互い幸福になれるのだが。と思いながら石を集めて戻る。

 

 小型化を解いて、細身化をつかうとスライムの体は全長30メートルほどになる。その長大な体を木の上で狼の群れを囲むように伸ばす。囲むといっても、包囲するには長さが足りないし、相手の逃げ道を塞ぐ気はないので、反対側へ向かえば簡単に逃げられるだろう。


 狼の数は八匹。一匹に二発づつ石を使っても足りるだろう。足らなかったら魔法を使うか、一旦離れないと駄目だろう。こちらが逃げ去るという事態は避けたい。


 長く伸ばした体の片端で石を掴むと、狼に向けて投げ放つ。


 標的にしたのはリーダーと思われる一番大きな狼。その頭部。


 勢い良く飛翔した石は反応させることなく、狼の頭部を吹き飛ばした。


 一発目を放ち、着弾前に二発の準備を整える。


 狼の群れは一斉に動揺したが、すぐに逃げ出す個体は無かった。すぐに逃げ出せば威嚇射撃で済ませたのだが。二発目の狙いは最も近い固体に。


 頭部を狙ったが、当ったのは背中だった。とはいえ致命傷だろう。


 狼の群れはまだ動揺か立ち直らない。


 さっさと逃げないと駄目だろう。と苛立ちも感じつつ、三発目を放つ。

 二匹目の近くにいた狼の頭部に当る。


 と、そこでようやく、逃げ出す個体が現れて、そいつに釣られて他の狼も逃げ出した。

 やっと終わったかと、安堵にも似た感情を抱きつつ、四発目を威嚇射撃に逃げる狼の脇に投げて放っておく。


 狼達は森の中に姿を消した。アレだけ脅しておけば、もう近付いてこないだろう。


 残ったのは地に伏した三匹の狼。一匹目と三匹目は絶命しているのが見て取れたが、二匹目は血の泡を吐いているがまだ息があった。早くと楽にしてやるかと五発目の石を二匹目の頭部へと放った。


 絶命を確認し、周囲に何かが居る様子も無い事を確認してから、細身化を解いて地面に降り立つ。


 小型化と擬態を使った状態で死んだ狼達の元へと移動する。


 狼を取り込み食べる。


 既に食べていたことから強い快感は得られなかった。

 それでもいくつかのスキルを手に入れることができた。

 

 ・擬態(狼) グレイウルフ(雄雌)の姿に擬態する事ができる。

 ・帰巣本能  自分の住処への方角が分かる。

 ・振動魔法  物理魔法の一つ。物体を振動させる魔法。

 

 擬態はいつもの事だ。

 帰巣本能は方向感覚のスキルと似ているが少し違う。帰巣本能は自分の住処への方角で、方向感覚は東西南北が分かるスキルだ。


 そして、不思議なのは振動魔法だ。

 このスキルが存在するという事は狼が魔法を使ってくる種族だという事だ。けれど、狼から奪った知識には、狼自身が魔法を使った記憶がない。


「どういう事だ? 奪った知識に欠けがあったのか?」


 狼の知識を探ってみるが、どうも違うようだ。狼の知識の中には魔力を扱った記憶がない。


「ひょっとして、魔力操作基礎が無いせいか?」


 魔力操作基礎のスキルが会って初めて、魔力の存在を認識できた。そこから考えると魔法のスキルは魔力操作基礎のスキルが無い限り使えない代物だという事になる。


 捕食収奪の下位能力も自動的に収奪する機能が無かったら、魔法はいわゆる『死にスキル』になるところだった。


「まあ、一応試してみるか。使う事は無いと思うけど」


 遠距離攻撃は今のところ投石で間に合っている。振動魔法という言葉ではいまいち理解しにくい魔法が、使えるとも思えない。


 使い方は知らないが、スキルになっている為だろう。なんとなくこうすれば使えるという事が分かる。


 凍結魔法と同じ物理魔法という種類らしいから、凍結魔法と同じようにすればできるだろう。


 標的は、氷結魔法と投石の的になっていたせいで、一部枯れ、ぼろぼろになってしまった木だ。


 体の手前に魔力をかき集め玉にして、振動魔法を使用。氷結魔法とは形の違う魔方陣が目の前に出現する。魔方陣は魔力の塊を一定方向の性質に染め上げる。


 けれど、魔力の玉は光を放つことは無い。


「ん? 見えない?」


 氷結魔法の場合は光りを放つことによって、肉眼で見えるようになった。けれど、今回は魔力操作基礎のスキルによって見えるようになった魔力しか感じることができない。これでは魔力操作のスキルが無いものには、何も見る事はできないだろう。


 速度は氷結魔法と同等に、魔力だけの時よりも遥かに早い速度だ。標的にした木へ突き進み、当る。


 パチッ……! と小さな音がした。


 が、それで終わりだ。


「何だ? この魔法は?」


 標的の木に近付いて当った場所を観察するが、何か特別変わっているようには見えない。その木の枝も見上げるが、葉っぱ一枚たりとも落ちては来ない。


 振動というのだから、大音響が響いて、葉っぱが一気に揺さぶり落ちるような代物だと思っていたのだけど、何の変化もない。


「これ、本気で死にスキルなのか……」


 心底呆れ、自分の住処の中に戻っていく。結局、狼に関して得られた収穫は小さなものでしかなかった。


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