第52話 教会への案内
ずいぶんと失礼な少年だなと、ライムは距離をとってついてくるドミニクと名乗った少年従者に対して思う。ただし、その感情を表に出す事はしない。
ドミニク少年はライムが魔法使いであると名乗った瞬間に、顔をしかめて後ずさりしたのだ。
全く失礼な少年だ。
ライムは気にしていない風を装って再び歩きだしたが、不満を抱いた。せっかく魔法使いを名乗れるようになって、はじめての名乗り上げだというのに、こんな反応をされては興ざめだ。
もっと尊敬の目を向けても良いはずだとライムは思う。
もっとも、心の奥底では、少年の反応は仕方ないものだとも思う。この世界における魔法使いとは敬意を払って遠ざけられる存在だ。
だとしてもあの露骨な反応は無いと思う。
ドミニクは従者という下級だが、支配階級の人間だ。彼の魔法使いに対する反応を見ると、支配階級の人間達の魔法使いに対する反応も透けて見える。
あまりお偉いさんとは近づかない方がいいかと、ライムはこれから先の漠然とした生き方の方針を定める。
今回はこのドミニク少年と関わってしまったが、村へと案内するまでの関係だ。村にたどり着けばそこでさよならだ。
だというのに、もう少し歩けば村にたどり着くという頃にドミニクが何故か話しかけてきた。
「な、なあ。お前、魔法使いと言ったな。じゃあ、あれも魔法なのか?」
「? あれってなに?」
魔法使いとは名乗ったが、ライムはドミニクの前で魔法を一度も使ってはない。何のことだか心当たりがない。
「とぼけるな。オオカミを殺した時の攻撃の事だ」
「ああ、アレのことか」
納得し、ライムはバックからその時に使ったモノを取り出してみせる。
白い色をした一辺が十センチ程の長さの正方形の板だ。
「あの攻撃はただ単にコレを投げつけただけだよ」
「何だ、それは?」
渡してやる。ドミニクはしげしげと観察する。
「そいつは石を切り出しただけのモノだよ。フチを尖らせているから勢い良く投げれば突き刺さる」
「これは……魔法で作ったのか?」
「それはまあ、そうだね。けどあの時に魔法を使ったわけじゃない」
石のフチをとがらせる事には石の皿を作った時と同様のスライムとしての特性を使った。
しかし、板というまっすぐに切るだけで済む単純な形であるならば、簡単に加工が可能な魔法が存在している。四大魔法の中級に位置している『円鋸』という魔法だ。
直線に切るだけでも石の一部を食らう必要があると師匠に知られてしまい、強制的に覚えさせられた魔法だ。
「そうか、魔法の攻撃ってわけじゃないのか……」
ドミニクは残念そうにつぶやき、石の板を返して続ける。
「攻撃魔法って言うものを見てみたかったんだがな……」
その言葉はおかしな事だとライムは思った。領の騎士の従者だということは、ドミニクは領軍の一員でもある。領軍は武器の一つとして、発動器を採用しているのでは無かっただろうか?
魔法道具を製作するグレンの世間話として、そんな事を言っていたような気がする。
その話が正しいとするならば、従者のドミニクが攻撃魔法を見てみたいというのは変な話だ。
「領軍じゃ発動器を使っていると聞いたけど。キミは発動器を使った攻撃魔法を見たことがないの?」
「それならあるさ。けど発動器の魔法は所詮まがい物だろ? 一発射つのに集中する時間が掛かるし、出せる弾も一つだけだ。
発動器を使う位なら、弓矢を使った方がマシだってみんな言ってる。
けど魔法使いの攻撃魔法なら、一度に複数の弾を飛ばしたり、爆発する炎の玉を出せたりするんだろ? そういう魔法を見てみたいと思ったんだよ。
お前もそういう魔法は使えるのか?」
「使えるよ」
今のライムは四大魔法に関して初級の基本だけではなく、応用の段階をこなしている。師匠であるグレンはそちらの方にこそ力を入れて教授しているし、ライムにとっても将来必要となるのは応用の力量となるので、師の熱心さに負けまいと懸命に学んでいる。
複数の弾を飛ばすというのは『小玉』の応用である複数弾の事であろうし、爆発する炎の玉は『火の大玉』だろう。
後者の方は初級魔法として習得済みだし、前者の方の複数の弾を飛ばすという応用方法も身に着けている。
ライムが一度に放てる弾の数は今の所は六個までだ。ちなみに師匠が手本として見せた時には、数十発の弾を放っていた。
「なら、見せてくれないか!?」
勢いこんで頼むドミニクにライムは首を振る。
「魔法は見世物じゃない。軽々しく使っちゃダメだと師匠から言われてる。それが攻撃魔法なら尚の事だ」
「別に少し位ならいいじゃないか。それとも使えないだけじゃ無いか?」
挑発するようにドミニクはからかう。だがライムは反応せず。もう一つの理由を付け加える。
「それにもう村に着く。村の中で攻撃魔法なんてぶっ放せないよ」
ライムが言い終わる頃に森を抜ける。すると、そこには村の風景が広がっていた。
「あ……」
突然の村の風景にドミニクは言葉を失う。
「じゃあここでお別れだな。私には行く所があるから」
魔法を見たがる少年が絡んでくる前に、ライムは別れの言葉をかけるとすぐさま歩きだす。だがそのまま逃げる事はできなかった。
「ま、まて! 村まで案内してくれた事には礼を言う。だがあと一つ、村の宿屋は何処にある? それだけを教えてくれ」
ドミニクのその言葉にライムは一瞬だけ、顔をしかめて足を留めて振り返る。
「キミの目的地は宿屋なのか?」
「あ、ああ。そこに徴税官様もお泊りになられるから」
ライムは一度ため息をつく仕草をする。
「……分かった。なら私についてくるといい。私も目的地も宿屋の近所だ」
ここで別れるつもりだったが、もうしばらく一緒に行動することになった。ライムの目的地が宿屋の近所にある教会だからだ。
ライムはあまり目立ちたくはないという思いを常日頃から抱いている。それは自分の正体が露見すれば討伐の対象になるかもしれないという恐怖を抱いているからだ。
だからこそ、あまり目立つようなマネはしたくはない。
けれど、オオカミの死体を抱えて歩く後ろに従者がついてくるという構図は非常に目立つ。
数人の村人に目撃されたが、遠巻きに興味深げに見られる事になった。
「……お、おい。見られているぞ?」
「キミの存在が目立つからでしょ」
「いや、お前が抱えているオオカミの死体のせいだろ」
目立つ理由は両方の相乗効果の結果だった。二人はその後、人の視線から逃れるように無言で足早に村の中央部へとむかう。
教会の前までやって来ると、ライムはそこにいた人物に声をかけた。
「師匠!」
ライムの呼びかけに振り返ったのは、グレンだけではなかった。グレンと話をしていたらしい、鎧に身を包んだ騎士も振り返る。
騎士はライムの姿を目に止め、すぐにその隣にいたドミニクの存在にも気がついた。
「こらぁっ! ドミニクっ! すぐに戻ってこいと言っただろうが!!」
騎士は罵声浴びせかけながら、足音も荒くこちらに近づいてくる。しかしライムは慌てる事はなかった。目的が自分では無いと分かっていたからだ。ライムは道をゆずるように速やかに避難した。
騎士の怒りの標的になったドミニクに盾となる存在は無かった。
「ルパート様っ! これはその……っ!?」
「言い訳はいらんっ!」
ルパートと呼ばれた騎士は速やかにドミニクの頭に拳を振り下ろした。少年は痛みに声を上げる事もできずに、頭を抑えてうずくまる。
そのまま騎士ルパートの説教が始まる。
ライムは二人を気にした様子もなくグレンに歩み寄る。
「ただいま帰りました師匠」
「うむ。彼を見つけたのはライムかの?」
怒られているドミニクを見やり、師匠は聞いてくる。
「ええ、森の中でオオカミに襲われていたので、助けたついでに。迷子になっていたみたいです」
「そうか。無事でよかった。騎士様からあの子を探してくれないかと頼まれていた所だったのだ。もう少し戻ってくるのが遅かったら、大々的に人手を出して捜索するところじゃった。
ライム、よく連れ帰ってくれた。ライムは森で迷子を拾うのが得意なのかの?」
グレンはからかうに笑いかける。ライムは苦笑して首を振る。
「偶然ですよ。それにアリティアの時とは違って、あの少年の場合は道案内をしただけです。拾ったわけじゃありませんよ。
それで師匠。あの少年に聞いたんですが、麦の徴税量はいつもどおりらしいんですけど、本当ですか?」
「ああ、どうやらそうらしい。ただの噂であってホッとひと安心といったところじゃな。ライムにも狩りを頼んでしまって悪かったな」
「いえ、私でもできることがあってよかったですよ。もっとも今日はこんな獲物でしたが……」
と、ライムは自分の抱えているオオカミを見やる。グレンもあえて視線をそらしていたそれに目をやり、困ったような表情を浮かべた。
「コイツはあの少年を襲っていたオオカミなんですが……。どうします? 保存食に使えますかね?」
「そうじゃな……。毛皮はともかく、肉をどうするかは保存食を作っている奥様方に聞いてくれ」
「わかりました」
ライムが、保存食の製作を行っている教会の裏庭へ向かおうとすると、説教を中断した騎士ルパートがドミニクの襟首を掴んで引きずるように連れてきた。
「お嬢ちゃんがこのバカを助けてくれたんだってな。いや、感謝する」
「あ、いえ。大したことじゃ無かったので」
「いやいや、大したことだ。コイツの腕じゃオオカミ三匹に襲われたら、ただじゃすまなかっただろう。ほら! お前からもちゃんと礼を言っておけ」
「あ、はい。あの、助けていただき。ありがとうございます」
ルパートがほぼ力ずくで少年の頭を下げさせる。ドミニクはほぼ棒読みで礼を言った。
「まったく心配かけさせおって! 森の捜索など一人でできるわけ無いと少し考えれば分かることだろうに」
「ですか! 騎士の務めは人々の安寧を守ることでは!」
「ドアホウ! 被害も出ていないのに、村の近くを飛んでいたというだけで、謎の鳥を探し出すなんてできるわけ無いだろう! 森を捜索するのにどれだけの労力が必要だと思っておるんだ!」
「そ、それは……」
森の中を迷子になったドミニクは反論できずに口ごもる。
再び起こった説教を必要もないのに聞くハメになったライムは、ふと疑問に思った事を隣のグレンに聞いた。
「少年は怪鳥の捜索をするとか言ってましたが。怪鳥ってなんの話ですか? 師匠は知っていますか?」
「ああ、わしも騎士殿に聞いてはじめて知ったんじゃが、なんでも夜に空を飛んでるのを見た村人がいるらしい。
ゴーっという奇妙な鳴き声を上げながら飛んでいたそうだ。真っ黒で鳥らしくはない鳥ですぐに村を離れていったそうだが」
「真っ黒で、ゴーっという奇妙な鳴き声を上げながら飛ぶ、鳥らくない鳥。ですか……」
ライムはグレンの説明を繰り返し、ピタリと動きを止めた。
あれ? どこかで聞いた事のあるような鳥だ。ライムはその考えから目をそらすように言葉を続けた。
「けど、夜飛んでたっていうのに、よく真っ黒な鳥らしくない鳥だってわかりましたね?」
「聞こえた鳴き声から目を向けたら見つけたそうだ」
「ああ。奇妙な音が聞こえたら、音の出処を探しますからね……。
あ、じゃあ私はオオカミを置いていますね」
ライムはグレンに告げて、その場を離れる。あくまで自然な足取りでだ。向かう先は教会の裏庭だ。そこに教会の中を通らずに行くには、狭い路地を通る必要がある。
自然と周囲の目線から遮られた場所も通る。
ライムはそんな場所で立ち止まると、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「やばい……。見つかってた……」
怪鳥とは確実に、空を飛んでいたライムの事だ。
よくよく考えて見れば、『風の放射』は暴風を放つ魔法だ。それが周囲に大きな音を撒き散らかさないはずがない。
そして大きな音を立てれば、夜で目立たないような真っ黒な姿をしていたとしても目立つに決まってる。あの時は大きな推進力を得るアイデアを得た事に舞い上がっていた。そのせいで欠点を見過ごしていた。
「どうしよう……?」
考えるがどうしようもない。このまま噂が収まるのを待つしか無い。
しばらくは空を飛ぶ事はできないなと思う。少なくともカイロスの木の広場では無理だろう。あそこは村に近すぎる。
ため息をついて立ち上がる。ただでさえ安全性の問題もあるのに、練習もできなくなると、空からの風景をアリティアに見せてやるのは更に遠のいてしまう。
「嘆いても仕方ないか……」
己を慰めて、教会の裏庭にやって来る。裏庭は多くの人々が集まりそれぞれの作業を行っていた。そのせいで、それなりの広さを持つその場所は少々手狭に感じるほどだ。
集まっているのはほとんどが女性たちだ。数人の男性の姿もあるが彼らは力仕事要員だ。
主力は女性陣であり、彼女たちは今、各々の家から持ち寄った調理器具を手に大量の保存食の製作を行っていた。
その作業場にはセリカとアリティアの姿もあった。アリティアは多くの奥様方の間で作業を行っていたのでライムには気が付かなったようだが、近くに居たセリカは気が付いて近寄ってきた。
「ライムちゃん。また獲ってきたの? ってオオカミ?」
「ええ、人助けのついでに獲ってきたんです。それでセリカさん、このお肉、どうします?」
「どうしますって……、どうしましょう?」
セリカは困惑の表情を見せる。
「一応置いておきますんで、肉を使わない場合も皮だけはお願いします」
今回、保存食を大量に作るために村の有志で大体的な狩りを行ったのだ。狩りを行った有志の報酬としては毛皮の権利が狩った当人のものになる。
有志達の成果として、シカやイノシシが数頭、その場には並べられている。すでに解体を済ませ料理になっているもの含めれば今回狩られた獲物は十数頭にも登る。そこにオオカミの死体も並べる。これだけは異彩を放っていた。
「それにしても……、随分と量が多いですね」
「狩りに出た皆さんが頑張ってくれた結果ですよ」
首をかしげてつぶやいたライムにセリカは笑顔で言う。
「それはそうですけど……」
狩りを行ったのはここ三日間だ。狩りの腕に自信がある者が十数人でも、この獲物の数は多いと思う。
ライムが夜に己の体を維持する為に狩る時は、夕食後から深夜になる数時間で大体二頭の獲物を獲っている。しかしそれは、人の姿を崩して決して獲物から見つからないようにした擬態の効果が大きい。
ライムが人の姿のままで行ったここ三日間の狩りの成果は、イノシシ一頭、オオカミ一頭の計二頭だけだ。
数が少ないのは、普段とは時間帯が異なる昼間の狩りと言うこともあるが、人の姿のままでは獲物を見つけても先に逃げられてしまう事が多い為だ。
それでも人間の狩人としても、なかなか良い腕前だと自負している。
今回狩りに参加した人たちは、その自分と同じくらいに良い腕をしているのだろう。それにしても、こんなに村の近くで毎日変わらない数が獲れるものなのか?
「いっぱい食べられる物があるということは、幸せな事ですよ?」
本当に幸せそうな笑顔を浮かべるセリカの言葉に思考を遮られた。
ライムは同意せざるを得ない。
「まあ、確かに幸せな事ですね」
まともなご飯を食べる事は本当に幸せな事だ。
そう言えば、オオカミが現れた場所も結構村に近い場所だった気がする。
まあ、ドミニクが相当走っていたようだから、村の近くまで引き連れて来たのだろう。
まったくあの少年は迷惑しかかけてこない。
その少年が森に入る事になった元凶が、自分であることは棚に上げ、ライムはセリカと話ながらそう、頭の片隅で思った。




